プロローグ
テレビ越しから聞こえる大きな歓声。それと重なるように、興奮気味の男が捲し立てるように言葉を連ね叫んでいる。
聞こえてくるのは record 記録という単語。誰かが何か記録に残るような、歴史的快挙を行ったらしい。それがニュースになって、たった今映し出されている。
テレビは点けっぱなしにしていたが、真剣には見ていなかった。だからそれが誰かも分からない。分かるつもりもない。ただ騒音に感じテーブルにあるリモコンで電源を消した。
急に夢から覚めたように部屋の中に静けさが戻る。聞こえるのは、食パンを焼くために稼働しているトースターの音と洗濯機が回る音くらい。
朝から嫌なニュースを見た。反吐が出る思いで欠伸をしてコーヒーを飲んでいると、携帯の画面が光る。アルファベットが羅列し、英語の文章が映し出されていた。
「おはよう兄弟。今日は夜八時に、いつものクラブの前で集合な。」
彼は携帯電話を手に取ると、慣れた手付きでアルファベットを打ち出した。今日はバイトがあるから、終わったあとすぐに向かわなくてはいけない。
「OK, bro.(了解)」
一体自分はなんのためにアメリカに残っているのだろうか。何度も答えを考えた疑問が浮かび不意に壁を見た。そこにはアメリカンロックミュージシャンのポスター。野球に関連したグッズなど、一つも置いていない。
やはり日本に帰るべきなのか。
今度は携帯が震えた音が意識を遮りもう一度画面を見る。きっと先ほどの友人から返信が来たのだろう。気軽に見た画面には違う言語が並んでいた。
「こんばんは。アメリカでは朝ですね。今日も一日体に気をつけてください。」
そのメッセージを見たときに思わずため息が出る。思い出した。何故未だにアメリカにいるのか。
自分は日本に帰ることを恐れているからだ。