プロローグ
数年前のこと。
大きなグラウンドに木製バッドが球を弾く音が鳴り響いた。それと共に歓声と悲鳴が湧き一喜一憂する人々がいる。走者がホームベースに滑り込んだとき花の女子大生、相澤春は大きく手を叩いた。
「やったー!一点追加だー!」
声を上げ小さく飛び跳ねる横で、彼女を見ていた友人がため息を吐く。
春に野球を見に行こうと誘われ付いてきたが、彼女が思う野球とは少し違ったのだ。
「春さあ、野球って普通プロ野球か高校野球じゃない?なんで社会人野球なの?」
片眉を上げた友人の質問に春は彼女を指差し何も分かっていないと言わんばかりにふんぞり返る。目の前に指がきた友人は思わず寄り目になり息をのんだ。
「甘いなお主!」
「お主って。」
「社会人だからこそ面白いのだ。高校野球を経た選手たちがプロになるのか、そのまま続けるのか。そこにもドラマがあるのだよ……あー三振。」
説明をして胸を張ったり試合を見て肩を落としたり、大忙しの春に友人は再びため息を吐く。彼女が応援している球団の攻撃が終わり、次は守備の為に投手がマウンドに上がった。面倒くさそうにダラダラと歩く彼はこのチームのエース投手。
「でもほら、見て!ピッチャーの人かっこよくない?私、あの人応援しようかな。なんかモデルさんみたーい!」
画面に映し出された投手の姿を見てもう一人の春の友人は、色めきだった声を上げている。そんな女性は他にもいるようで、別の場所からも同じような嬌声が上がる。
社会人野球にしては観客が入っていると思っていたが、どうやらその投手目当てが多いらしい。左からは黄色い声が聞こえ、右にはそんなイケメン投手など目もくれず、外野手に向かって熱心に声を掛ける春がいる。そんな二人に挟まれた友人は気だるそうに浅く椅子に座りなおした。
「頑張ってー!」
「いや、この距離は聞こえないでしょ。」
なんて言っていたがライト側に座っていた春の声は見事に右翼手に伝わったようだ。正式にはセンターを守る選手が、ライトの選手に春の存在を教えていたのだ。すごく熱心に声を掛けている人がいると。
少し見渡したライトはセンターが指差す方向に振り返る。そこで応援団長のように手を振る春に気付き、グラブを上げて挨拶をした。
「はあ!見た?ねえ、今見た?!私に向かってだったよね!」
「あー、はいはい見ました。春ちゃんにでした。あんたも好きねえ。」
選手と交流を持てただけで感無量な春はその場で座席に座り込み悶えている。
そんな二人のやり取りを見ていたセンター小山田は、マウンドで投手と捕手がまだ話をしていることを確認し、ライトに近づいた。球団きっての我儘投手は話を始めたら納得させるまで時間が掛かる。
「内藤、あの子知り合い?」
「いや?ただの野球好きでしょ。」
そうかと小山田は不思議そうに頷き、内藤も熱烈なファンの存在に首を傾げる。そんなとき捕手との話を終わらせたエース投手高坂が振り返り、集まって話をしている外野手に冷めた目を向ける。
それを見た二人はさっさと解散する。そこで試合が開始された。
「プレイ!」