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第七歌 金糸雀の誘い

※注意※ 男女の恋愛部分が少しあります。

『その華を見なければ良かったと後悔する。

 至上の美たる大輪のその華を見なければ

 私は私の最愛の者の手を離さずに済んだのに。

 金糸雀(カナリヤ)小夜鳴き鳥(ナイチンゲール)の元に飛んだ。

 私の元から飛び去った。

 たったひとつの約束を残して。

 私が死を迎えるその日が来たら、必ず私を迎えに来ると―――――』





 楓は本を閉じる。

 『小夜鳴き鳥に関する考察』と銘打たれたその本はその一文で締め括られている。

「華、か」

 論文とも自叙伝とも架空の物語とも受け取れるその話が、何故か頭から離れない。

「またその本か」

 颯二に声をかけられて、顔を上げた。

「ああ」

「今日はあのちびっこいのは居ないんだな」

「うん」

 ここ数日、桃の姿は見ていない。

 構内で菫の姿も見ていないと思う。

「どうしたんだろう」

「さぁな」

「あれ? 颯二、午後の授業は?」

「ああ、今日は欠席。じい様の見舞いに行かなくちゃならないから」

「そ、か」

 自分たちの曽祖父が入院しているのは知っている。

 悪性の腫瘍を抱えたその身が、もう長くはないであろうことも。

 けれど付いている曾祖母がどうにもおかしなことを言いだすようになってから、楓はすっかり疎遠になってしまっていた。

「来るか?」

「いや、いいよ」

「そっか。じゃあ、ばあ様待たしてるから、またな」

 そのまま、颯二は立ち去る。

 残された楓は、もう一度最後の文を読み返す。

 金糸雀は本当に彼を迎えに来るのか、ふと、考えた。





「窓、開けとくよ」

「ああ」

 病に侵されても、颯二の曽祖父は弱いところは見せない人だった。

「窓は開けないでおくれ!」

 急に叫ばれて、颯二は声の主を振り返る。

「……ばあ様」

「金糸雀が来る。金糸雀が、来てしまう」

 長く続く看病疲れのせいか、時におかしなことを口走るようになった。

 颯二は彼女の肩を抱えて、病室を出る。

「少し、出てくるよ」

「うむ」

 祖父、颯一郎はそのまま、ゆっくり目を閉じた。





(颯一郎さんに会えて良かった)

 微笑んだ、その表情を憶えている。

(ずっと、一緒に居れたらいいのにね)

 金の髪と人懐っこい笑みの、少女。

(でも、俺は……)

 胸が、痛んだ。





 ほんの10cmほど開けられた、窓辺。

 きちんと閉められていなかったその窓辺に。

 ちちち、と小鳥の囀りがした。

 雄一郎は閉じていた目を開いた。

 そこに、居たのは。

「……てっきり、もう来てくれないんじゃないかと、思っていた」

 桃は、ふ、と微笑んだ。

「約束、したでしょ?」

「そうだったな」

 もう満足に動かすことも出来ない手を伸ばして、颯一郎は桃に触れようとした。その手をそっと握って、しわがれた甲に目を閉じて頬を摺り寄せる桃の長いまつげがいつもは快活な表情に影を落とす。

「……幸せだった?」

「後悔したよ。何度も、何度も」

「後悔?」

「あの時、お前の手を離したこと」

「でも、それなりの名声も手に入れてそこそこ長生きも出来たでしょう? それにひ孫さんまでいるし」

 ふふ、と笑って桃は触れたその手をゆっくり撫でる。

「……そう、だな」

 雄一郎はそれとは対照的に寂しげに微笑む。

「あたしが()ることが出来るのは、あたしたちを選ばなかった場合のあなたの未来だけだから」

「幸せだと、思ったか?」

「……少なくとも、あたしたちと共に来るよりかは」

 ゆっくり、桃の身体が近付く。

「今夜、あなたの命は尽きる。悶え苦しみ、死を遂げる」

「……そうか」

「でもあたしは、あなたのそんな姿は見たくない」

 ベッドに横たわる雄一郎の身体を抱きしめると、桃はいつになく真剣な声音でそう囁く。

「約束を果たしに来たんだよ」

 ずっとずっと待っていた、と桃が告げた。

「ああ、そうだな」

「颯一郎さん」

 柔らかな笑み。

「今度こそ、連れていっておくれ」

 触れる吐息。

「私の金糸雀(カナリヤ)……」

 甘い、甘い、口付け。

 甘美なほどに、深く、交わされる、蜜。




「じい様?」

 戻ってきた颯二は、窓際に小さな小鳥を見つける。

 鮮やかな色をした、それは、

金糸雀(カナリヤ)?」

 そのまま、小鳥は飛び去った。

「じい様? じい様っ」

 呼びかけに答えはない。

 そこにあるのはただ、冷たい、肉の器だけ。





 桃は窓を見上げる。

 それから、己が胸に手を押し当てた。

「これからは、一緒だね」

 ほのかにあたたかい、その温もり。





「さっきまで、あんなに元気にしてたじゃないか」

 そして、颯二は気付く。

「この、馨りは……」

 ほのかに、残っていたのは、

「金木犀?」

 時季外れのあまやかな匂い。

 ふと、一人のことが思い浮かんで頭から打ち払った。

 けれど、疑惑は晴れなかった。


ガールズラブメインなのにこの部分を入れるかどうか迷って、でもどうしても省きたくなかったので入れました。桃と菫は一体何者なのか。少しずつ明らかになっていきます。

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