表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

第六歌 謳う小鳥

―――金糸雀(カナリヤ)は歌わなくなった。

 ただ、不思議なほどに曖昧な微笑を浮かべるだけ。

「俺だけのために歌って」

 小夜鳴き鳥(ナイチンゲール)がそう囁くので。

 甘い、甘い、その声で。

「何を、歌って欲しい?」

 金糸雀が問うと、小夜鳴き鳥はふわりと優美に微笑む。

 彼女からたちのぼるのは、茉莉花(ジャスミン)(かお)り。

「桃が歌うのなら、何でも」

 そう言われて、金糸雀は考え込む。

 小夜鳴き鳥がそう言うのは知っているから、問う前から考えている。

「じゃあ、今夜はサティの『あなたが欲しい』を」

 その選曲に小夜鳴き鳥が満足げにするのを見て、金糸雀はほっとする。

 店の中央に置かれた古びたピアノの前に座る。

 小夜鳴き鳥はピアノに寄りそうようにして、金糸雀の手元を見つめる。

 やがて、ゆっくりと爪弾きながら金糸雀は歌い出した。

 声。

 歌声。

 甘く、甘く、響く。

 たったひとりのためにだけ、歌われる、その歌声。

 小夜鳴き鳥はうっとりと微笑んでいる。

 彼女から立ち昇るのは、茉莉花の馨り。





―――茉莉花(ジャスミン)の花言葉は、

 優美、穏和、官能的、

 そして、あなたは私のもの……    





 歌い終えた金糸雀に小夜鳴き鳥はその後ろから彼を抱きしめる。

「どうしたの?」

 金糸雀が問う。

「……いいや」

 問いには答えず、ただ、抱きしめている。

「あのひとは、気に入ったの?」

「うん。いい歌声を持ってる」

「そう。じゃあ、菫の『永遠(とわ)』はそこにあるかもしれないね」

「でも」

 ぎゅう、と抱きつく力が強くなる。

「でも」

「……ぼくとの別れは仕方のないことだよ?」

「桃」

「あたしたちは、互いの『永遠(とわ)』にはなれない。知っている、ことでしょう?」

「けど」

 振り向いた金糸雀を、じっと、小夜鳴き鳥は見つめる。

「『永遠(とわ)』の相手候補になる人間が、いくら居ても、わたしの『つがい』はあなただけなのに」

「菫」

 少しだけ、苦笑して、そっと指先を伸ばす。

 涙の伝うその頬を、ゆっくりと撫でる。

「愛しているよ」

 その声が。

 その眼差しが。

 映しているのが、互いだけならば。

 怖いものなど、何もないのに。

 ふいに、小夜鳴き鳥が動いた。

 椅子に座ったままの金糸雀はずっと小夜鳴き鳥を見上げていた。

 柔らかく、甘く、その唇に、自分の唇を重ねる。

「……不安なの?」

 問いには答えない。

 ただ、胸が苦しくて。

「……明日は、ここに居て」

「菫はどうするの?」

「桃と居る」

「……そう」

 強く、強く、抱きしめられる。

 金糸雀は遠くを見ている。

 切ないほどに、遠くを。

 愛しい者の腕の中で。

 彼女には見えない、遠くを。



今日は二本立て!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ