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第四歌 茉莉花の憂鬱

「ねぇねぇ」

 いつもの練習室。

 ふたりきりの空間。

 ひとしきり歌った後、菫は葵に声をかけた。

「もしよかったら、今夜、ここに来ない?」

「何、それ?」

 葵は訝しげにでもためらいなく蝋で封のされた白い封筒を受け取る。

「知人がやってる喫茶店で、小さなお茶会をやるっていうからさ」

「へぇ」

「わたし、歌うから」

「……じゃあ、行こうかな」

 少しぶっきらぼうに葵がそういうと、菫はすごくうれしそうに笑った。

 ついついその顔が見たくなって彼女が喜びそうなことを言いたくなるのはどうしてなのか、葵にもわからない。

 ただ、いつもの鼻をくすぐるような甘い花の香りを感じていた。




 招待状を渡した後。

 学校の構内を菫はひとり、歩いていた。

(桃、何処行ったんだろう)

 人懐っこくて目を離すと何処に行くか分からない相棒を思い出す。

(この前もそうだったのよねぇ)

 目立つ姿をしている割には人の中に溶け込むのが上手いから。

 ぼーっとしながら歩いていると、角から現れた人影にぶつかった。

 ばさばさっと人影が持っていた数冊の本が床にばらまかれる。

「あ、ごめんなさっ」

「いやいや、こちらこそ。大丈夫ですか」

 床に座りこんでしまった菫に、彼は手を差し出す。

 菫は目の前の背の高い人を見上げて、その手をしっかり握って立ちあがった。

「すみません」

「いやいやいや、こっちこそ前方不注意で」

 落ちた本を拾った後、そう言って、颯二はにかっと笑って見せた。

 菫は、それにつられて微笑う。

 ふぅわりと甘い、花の香りがする。

「あれ?」

「へ?」

 くん、と鼻を鳴らす。

「なんか、知ってる匂いがする……」

「?」

「何か、誰かに、もらいました?」

「! ああ、これかな?」

 取り出したのは白い封筒。

「それ、なんで……」

 菫は颯二を見つめる。

「桃、って子がくれたんですよ」

「桃が?」

「ああ、もしかしてあんたが菫さん?」

「そう、だけど」

 大きな目をぱちくりさせる菫を、颯二は不思議そうに見る。

「何処かで、お会いしましたかね?」

「さあ?」

 しげしげと二人、見つめあう。

「ああ、でも招待状貰ったってことは貴方も今夜?」

「ええ。呼ばれたので行こうかな、って」

「そうなんですね」

 ふぅん、と言ってにっこりと笑う。

「じゃあ、待っていますね」

 その言葉と微笑みが急に違う意味を含まれた何かに変化する。何とは言えない違和感を感じて、颯二の心中は穏やかではなかった。




「桃!」

「あや、菫」

 大学の正門近くでようやく桃を見つけた菫は彼のもとに駆け寄る。

「あんまり走ると危ないよ?」

「平気、平気。それより」

「ん?」

「お前、招待状渡したの?」

「うん」

 こくん、と桃が頷く。

「何人に?」

「二人」

「ひとり、知ってる匂いがする人が居なかった?」

「ああ、颯二ね」

 桃は笑みを浮かべる。

「颯一郎さんの血縁なんだってさ」

「血の繋がり、か」

「そ」

 くすくすと桃が微笑う。

「今日のお茶会はにぎやかになりそうね」

「そうねぇ」

「で、もうひとりが桃のお気に入り?」

「どしたの、菫。ヤキモチ?」

「そうじゃないけど」

「じゃあ、なんでそんなに気にするの?」

 顔を覗きこまれて、菫はぷい、と横を向く。

「べっつにぃ」

「ふぅん」

 素直じゃないなぁ、と桃はまた微笑っていた。




「あれ?」

 颯二は持っていた本の中に、一枚のカードが混ざっていたことに気付いた。

「前の人の忘れ物か?」

 ほのかに立ち香る匂いが、何かを思い出させる。

「さっきの……」

 菫と、同じ馨り。

 カードに描かれているのは、白い小さな花を散らした樹木。

 小さな字で何事か書かれている。

「茉莉花?」

 本の内容をたぐっていた思考を止めて少し考える。

「ジャスミンか」

 その、可憐な花の姿が、どこか菫と重なる。

「先ほど初めて会った人相手に何考えてんでしょうねぇ」

 ふぅ、とため息をひとつついて、颯二はページをめくる手を再開させた。


次こそはお茶会。今回のお話が短いので今日のうちに続きを載せられたらいいな。

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