第三歌 夜のお茶会への招待状
―――彼女らは互いを「つがい」と言う
互いが互いにとって、なくてはならぬものなのだと
語って聞かせてくれた
柔らかな微笑みで
甘やかな声で
「おい」
「わっ」
突然声をかけられて楓は手にしていた本を取り落とした。
「なんだ、颯二か」
ついでにずれてしまった眼鏡を直す。
颯二は楓の双子の兄だ。二卵性双生児なので外見はあまり似ていない。彼はどちらかといえばがっしりとした体格をしていて、今は亡き曽祖父によく似ていると言われていた。
「こんなとこで突っ立ったまま、何を真剣に読んでるんだよ」
落ちた本を拾おうと伸ばした水沢の手の先で、ひょい、と颯二がその薄いがしっかりした造りの古めかしい本を手に取った。
「……『小夜鳴き鳥に関する考察』?」
「あぁ、うん。それ、読んでみたかったんだ」
この間、検索していたページの中に、それは載っていた。
「何が何やら分からないな、こりゃ」
ほい、とそのまま手渡される。
「いくら敬愛する人の本だからって、なぁ」
「いいんだよ、別に」
それが目的なわけでもないから。
なんとなく、彼女との、因縁めいたものを感じたから。
「あ」
小さな声。
楓が振り返ると、そこに、今さっき考えていた彼女……桃がいた。
「お邪魔、だよね」
ごめんね、と謝ってそのまま立ち去ろうとする。
「あ、ちょっと待って」
本を片手に、楓が桃を追う。
颯二は少し驚いて、その様を傍観する。
「だ、大丈夫、だから」
「え? だってお話中、でしょ?」
違うの? と小さな声で言った後小首を傾げる。
「大した用でもないから」
「そうなの?」
「君は?」
颯二の訝しげな視線を、桃は笑顔で受けとめる。
「あ、えと、初めまして」
大柄でぶっきらぼうな物言いをするので女性にはとにかく人気がない、というより遠巻きにされがちな颯二は人懐っこいその笑顔にちょっと驚いた。
「ああ、どうも」
ぺこりとお辞儀をされて、つられて颯二も礼をする。
「桃っていいます。えと、友人の付き添いで、この大学に出入りしてるんだけど」
「へえ」
なんとなく桃を颯二に取られたような気がして楓はちょっとむっとした。
彼女と知り合ったのは自分の方が先なのに、桃は誰にでも物怖じすることなく話しかけるのでなんとなく気に入らない。
「それより、今日はどうして?」
少し割って入るようにして楓が問いかけると、桃は楓を見つめてにぱっと笑った。花のように。
「ここに来たら楓に会えるって思ったから」
笑った瞬間、またあの香りがした気がした。
あの、甘い、花の馨りが。
「菫が構ってくんないから暇で」
「菫?」
「うん。あたしの大事な友だち」
「菫とはまた古風な名前だな」
「そうかなぁ? 普通だと思うけど」
桃はまったく、まるっきり、最初っから警戒心の欠片もない。まるで最初からの知り合いのような気軽さで、双子たちの間にいる。それが少し不思議だな、と楓はぼんやりと思っていた。
「ああ、そうだ」
「ん?」
「あのさ、今夜、暇?」
「「今夜?」」
声を合わせて言われて、桃は苦笑する。
「あたしの家、小さな喫茶店なんだけど、夜にだけ開いてるの。それで、今日はいいお茶が手に入ったから、もしよかったら来てくれたらなぁ、って思って」
「行くよ」
楓の即答に、今度は颯二が苦笑した。
「場所はどの辺り?」
「あ、招待状持ってきたんだ☆」
じゃじゃーんっ、と着ていた紺色のダッフルコートのポケットから白い封筒を取り出す。
「一応2通持ってきてたの。よかったぁ」
えへ、と笑って手渡す。
「これは楓に」
「うん」
「で、これは……名前、聞いてないや」
「颯二、です」
「んじゃ、これは颯二に」
はい、と手渡してから、桃は、ん、と不思議そうな顔をした。
そのまま近づいていって、颯二の側で香りを探る。
「な、なんだ?」
「なんか、似たような香りがした気がしたんだけど……気のせい、かなぁ」
う~、と考え込むように俯く。
そして楓が持っていた本に気付いた。
「あ、それ」
「ああ、この前、桃が暗号解いてくれたお蔭で見つかったんだよ」
「それ、探してたのね」
「読んだことあるの?」
「ま、ね」
「実はこれの著者はね」
そこまで言って、楓は傍らの颯二へ視線を移す。
「私たちのひいお祖父さんなんだよ」
「へえ」
じっと彼を見る。
「そういえば似てるかなぁ」
「「は?」」
「いやいや、こっちの話」
誤魔化すように桃は満面の笑みを浮かべた。
「じゃ、今夜、待ってるからね」
そう言って立ち去ってしまう。
残された二人は、なんとなく、顔を見合わせていた。
男性が出てきました。楓の双子の兄、颯二。
それでもガールズラブがメインなのには変わりありません。
次回はお茶会です。