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最終歌 約束を果たす小鳥

 それから、月日は過ぎた。




 楓は大学と家をせわしなく往復しながら日々を過ごしていた。

 何度か、桃の住んでいたはずの場所に足を運ぼうとしたが、そのたび現実に打ちのめされた。そこに辿り着くことは二度と出来なかった。

 夢だったのだ、と颯二が言う。

「夢を見てたんだよ、お前さんは」

 そう言われても、楓が納得するはずもない。

 たった一度きりの出会い。

 忘れられようはずもない、愛しい、ひと。




「よぉ」

 路地の入り口を捜して回っている時に、丁度葵に出会った。

「お前も、探してんのか」

「ってことは、あなたも、ですね」

 楓の視線を受けとめ、葵は笑った。

「ああ」

 路地の入り口は見当たらない。

 あたかも、それが夢であったのだと、言わんばかりに。

「……なぁ」

「はい?」

 少しの沈黙の後、葵が問いかけた。

「お前は、信じてんのか?」

 不安に揺れる瞳。

 楓は、少しだけ目を見開いた後、くすりと笑った。

「信じる他に、俺には何も出来ないから」

「もう会えねぇ可能性の方が高ぇんだろ」

 あの夜の後。

 夢から醒めた楓は大学へ行き、葵を探した。

 そして、同じ夢を見たという彼に、自分が桃に聞いた全てを伝えたのだった。

 華が咲くということの意味。

 それが、指し示すことを。

「百年、か」

「必ず、もう一度、逢えますよ」

 笑顔で楓は言う。

「『約束』したんです」

 その瞳は揺るぐことがない。

「羨ましいな」

 ぽつり、と葵が本音を漏らす。

「私は……」

 約束すら交わすことなく、別れの時はやってきたから。

 楓は俯いた葵を見つめる。

 何を、言えるというのか。

 何を、言えばいいのか。

 それを考えているうちに、時間はただ過ぎていった。





 ひんやりとした空気の流れる図書室。

 窓際の席に座って、楓はぱらぱらと本をめくっていた。

 借りたままのそれは、彼らのことが綴られた、あの本。

「楓」

 時が、全てを解決するのだと、颯二は思っていた。

 今、この瞬間に楓に抱いている特別な感情も、すべて、時が包んでどうにかしてくれるはずだと。

「何?」

 顔を上げた楓は、颯二を見つめる。

 楓は知らない。

 颯二が、彼と桃の関係を菫に告げたことで、華が咲いたことを。

「いや、喉、乾かないか?」

「? 少し」

「なんか買ってくる」

 そのまま、颯二は立ち去る。

 楓は立ち上がって窓を開けた。

 窓の外を見上げる。

 図書室は地上4階にある。

 その外には大きな樹が張り出していて、見上げなければ空は見えないのだ。

 澄み渡る青空が目にしみる。

「楓」

 ふいに、名を呼ばれた。

 目を疑った。

 視線を少し下げたその先に居たのは、やわらかな金髪の持ち主。

 愛しい、笑顔。

「もも」

「本当はね、同じ人の前には現れちゃいけないんだけどね」

 樹の上で、桃は笑う。あの時見た、最高の笑顔のままで。

「逢いに来たよ。時の流れすら遡って、楓に逢うためだけに」

 手を差し伸べる。

「一緒に、来てくれる?」

 最後の問い。

 答えは、

 もちろん、

「ああ」

 楓は窓から身を乗り出す。

 自然とバランスは崩れそうになる。

「楓っ!」

 背後から颯二の声が聞こえた。

 楓は、窓の桟に足をかけて、外へと身を乗り出す。

 その手を、桃がしっかりと掴む。

「行こう」

 微笑む桃に、楓が微笑み返す。

 誓いは破られない。

 約束は、かなえられるためにある。

 颯二の視界から楓の姿は消えた。

 走り寄った彼がその先に見たのは、仲睦まじく飛び去っていく「二羽」の金糸雀カナリヤ

 颯二は、その場に立ち尽くしていた。




 講堂で、葵は一人。

 ぎ、と軋んだ音を立てて扉が開いた。

 反射的に葵はそちらを見る。

 そこに、居たのは。

「……菫」

 何度も恋焦がれて、求めた相手。

 ふらりと立ち上がり、彼女に近付いていく。

「桃に、振られちゃった」

 はにかんだように、菫は微笑む。

 目の前で立ち止まった葵を見つめる。

「眠ってる間、沢山考えたんだ」

 少しだけ俯いて、ぽつり、ぽつり、と彼は語る。

「わたしは、誰が好きなのか」

「……」

「言おうと思ってたんだ。でも、気持ちの整理がつく前にああいうことになっちゃったからさ」

 へへ、と笑って、顔を上げる。

「わたしは、葵のことが、好きなんだ」

 葵は菫を抱きしめる。

 その手の中の感触を確かめる。

「本当に、今、ここに居るんだな」

「本当だよ」

 抱きしめられたまま、菫が微笑む。

「永遠の伴侶を、わたしは捜してた」

「ああ」

「葵は、ずっと一緒に、居てくれる?」

 見上げてくる眼差しに葵が微笑む。

「離せって言われたって離したりしないよ?」

「うん」

 互いの温もりを。

 信じていた自分を。

 その全てに、感謝していた。




 交わされた誓い。





「やはり失敗したのだね」




 それから数ヶ月の後、颯二は老人に出会った。

 大学では二人の人間が行方不明になった噂が徐々に風化し始めていた頃。

 颯二は老人を見つめる。

「あんた、何者だ」

「さて、何者だろう」

 くつ、と老人は嘲笑った。

「お前さんのお蔭で小夜鳴きナイチンゲール金糸雀カナリヤも良き伴侶を得た。礼を言うよ」

「なん、だと?」

「お前さんは良い駒であったよ」

 老人の身体はかき消すように消える。

 颯二の目の前に居たのは、一羽のふくろう

「な」

 何かを颯二が言うよりはやく、梟は飛び去った。

 ただ、疑問だけが、颯二の胸には残っていた。





 夜に啼く鳥は永遠を生きる。

 たった一人の半身と共に、生きていく。

 それはけして離れることなく……




というわけで、どこか不思議な雰囲気を目指して書いたガールズラブものでございました。

四人の少女はどこへ消えたのか。いつか書けたらいいなと思います。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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