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第一歌 花のひと

 夜の(とばり)が降りる頃。


 美しい声で(さえず)る小鳥。


 (かぐわ)しい芳香を放ちほころぶ華。




 私立(おおとり)女学院。

 お嬢様学校と呼ばれ、清廉潔白を尊ぶ校風を持っていることでこの辺りでは有名な学校だった。

 女生徒の多くは音楽に親しむことを好み、放課後になればどこからかピアノや弦楽器、そして声楽の歌声が聞こえてくる。 

 町田(まちだ)(あおい)もそのうちの一人だった。

 ショートカットに浅黒い肌をしていてお嬢様とは呼び難い見た目をしていたが、両親からの希望でこの学校に通うことになった。中学校までは陸上部に所属していて、まさにスポーツの申し子のような生活をしていたのがいきなりお嬢様になれと言われて困惑しなかったといえばうそになる。

 だが、妹に比べて粗野ともいえる言葉遣いをしていた葵が、見よう見まねでお嬢様たちの振る舞いや言葉遣いをしてみせたところ両親は感涙して喜んだ。

 ただ、それがうれしかった。

「いい声ね」

 いつもの稽古場で練習をしていた葵は、突然声をかけられて驚いた。

 声の主である少女は出入り口の扉に手をかけながら微笑んでそこに立っていた。

 しっとりと艶めいた長い黒髪に陶磁器もかくやという白い肌。

 小柄な身体に大きな黒い瞳。

「……誰だ?」

 つい素が出てしまった葵のぶっきらぼうな言葉にもまったく動じない。

 ただただ艶然と微笑んでいるその姿に、少し背筋が寒くなった。

(すみれ)!」

 別の少女が黒髪の少女を呼ぶ。

 金色の髪を揺らして同じくらいの背丈の少女が黒髪の少女に駆け寄る。

 肌色は黒髪の少女よりも健康的で、どこか活発な印象が残る幼い顔立ちをしている。

「桃」

 菫、と呼ばれた黒髪の少女が振り向く。

 桃、と呼ばれた金髪の少女は、ちら、と葵を見る。

「帰ろ」

「うん」

 菫は葵の方を振り向く。

「また聞かせてもらいに来てもいい?」

「あ、ああ」

 そのまま桃に引きずられるようにして菫は去っていく。

 葵は呆然とそれを見送った。




 てくてくと歩きながら、桃はちら、と菫を見る。

「気に入ったの?」

 菫はにっこりと笑ってみせる。

「うん」

 桃はふぅんと頷く。

「そっかぁ」

 てくてくと歩きながら、桃はにっこりと笑う。

「じゃあ、手ぇ回しといた方がいいかなぁ」

 小悪魔が微笑んだらこんな感じなのではないだろうか。

 菫もにっこりと笑う。

「そうして」

「おっけぃ」

 くす、と微笑み合う。




 二人の住む部屋。

 家財道具はほとんどない。

 生活感のない部屋で、大きな蕾をつけた鉢植えの華だけが違和感を放つ。

「ねえ、菫」

 ベッドに寝転がりながら、桃が菫を呼ぶ。

「ん? 何、桃」

「歌ってよ」

「いいよ。何がいい?」

「じゃあ、そうだなぁ、セレナーデを」

「ん」

 すぅ、と息を吸いこむ。

 零れ出す桃しいメロディーライン。

 その声に、桃の声が重なる。

 しばし、美しい旋律と和音が室内に響き渡る。

 す、と音が止むと、二人見つめあう。

「いい相手が見つかるといいね」

 桃が菫を見る。

「そうだね」

 菫が桃を見る。

 ふ、と笑う。

 そのまま、二人ベッドの上に寝転がって、眠りに、ついた。



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