色彩検定受験
午前11時20分、私は家を出た。最寄りの地下鉄の駅から約30分で会場に着くことを昨日確認していた。イヤホンをつけ、深夜ラジオを再生しながら列車を待つ。お笑い芸人の軽快なトークが心地よく、待ち時間は気にならない。列車がホームに到着し、乗客たちが乗り込む。私もその最後尾に続き、入ってきたのとは逆方向のドア付近にポジションを固めた。休日のこの時間はそれほど混んでいる事もなく、それなりに快適だ。
リュックから色彩検定の参考書を取り出し、最後の追い込みに入る。昨日何度も見たページに再び目を通す。覚えきれていない箇所は多く、どこに焦点を合わせるべきか。ふと車内に目を向けると、少し離れた座席に四十路間近と思しき外見をなさった貴婦人が僕と同じく色彩検定の参考書を開いている。たしかに、会場に向かうためにこの路線を使うのは最もスタンダードな方法であり、珍しくはない。それはそうなのだが、何となく気恥ずかしい気持ちになった僕は参考書をリュックにしまった。貴婦人は熱心に参考書を熟読している。さらに目線を変えると、向こうの角の若い女性、その反対側に立つ女子大生、髪を染めキャップを浅く被った男らが同じく検定の参考書を読んでいる。
ところで、家を出る前に私は漫画アプリで「バキ」という作品を読んでいた。この作品は世界中の死刑囚がある地に集まり街中で突然の格闘を繰り広げるというストーリーである。その内容が、どうしてか、その時の僕にオーバーラップした。車内にいる幾人もの受検者が私に戦いを挑んでくるのではないか、瞬間的にそう思ったのである。列車内にいる一般人に被害を与えないで戦うにはどうしたらいいか、そんなことを考えていた。
しかし実際はそうはならなかった。受検者たちは各々参考書を読んでいる。そもそも色彩検定受験者同士で争う意味がわからない。誰も何も特をしない。そして多分誰も強くない。色彩について学ぶものはおそらく穏やかな性質だろう。色で言うなればアップルグリーンのような人たちばかりのはずだ。そんな人たち同士で戦って何になるというのだ。
いつの間にか、列車は目的地に到着していた。列車内の三分の一ほどの人が降りる。全員が受検者だろうか、と思いながら私も最後に降りる。
階段をあがっている折、ふと目を上げると前に短いスカートをはいた女性が昇っている。私は一瞬瓶覗かめのぞきしたいような気になったが、それは鶸色ひわいろと思いすぐにかき消した。少しオールドローズな気持ちで会場へ歩く。
会場までの道程は頭に入れていたので何事もなく到着。受検にあたり準備を整え、参考書を開く。あまり時間もないので確認程度に目を通す。
問題と解答用紙が配られ、試験開始。一問目に手を付ける。時折迷いながらも問題を解き進める。自信のない解答が多く、ミッドナイトブルーな気持ちで試験終了。これではお先真っ暗だ。ロドプシンが合成されればいいのだが。
帰り道。ナイルブルーな気持ちで歩く。ちゃんと列車の中でも勉強すればよかった。こんなダメな人間は地獄に落ちてカマイユで(釜茹で)にされるのだろう。トーンイントーン(遠い遠い)ことだろうけれど。いっそ世界が滅びてしまえば、とランプブラックなことも考えたがもし落ちていても納戸色(何度でも)やり直そうと心に蛍光ランプを照らした。コンプレックスはあるけれど、ナチュラルに生きればいいさ。帰ったらダイアード(ダイハード)でも見よう。
途中で100円ショップに寄って、前に買ったさトーナル(砂糖なる)ものを彩度(再度)購入。タダでほしかったが、商品だ韓紅(からくれない)。よく見ると日本製だ。MADE (明度)IN JAPAN。100円ショップを出ると少し寒くなっていた。風を色相(引きそう)。
家に帰り、ライトをつけほっと一息。ダル(怠)い体をソフトな布団にディープに沈めると、目がストロング(とろんと)してきた。おやすみ、マンセル。