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若林音楽堂~愛すべきホワイトソックスのあいつ~

 商店街の角を曲がったすぐの場所にある、中古CDショップ・若林音楽堂は、ライトのお父さんがひとりで切り盛りしている小さな店だ。彼のことを、友人たちは「若ちゃん」と呼んでいた。

 彼は、かつて音楽雑誌の出版社で編集に携わっていたのだが、急に思い立って会社を辞め、家の敷地に中古CDショップを作って開業してしまった。ちょっと変な人だ。

 店頭に小さなテレビを設置し、60~80年代の洋楽を中心にライブ映像やミュージック・ビデオをエンドレスで流していた。

 店に入ると、手狭な店内にいくつかワゴンがあって、CDが詰め込まれていた。壁面にはガラスのショーケースがあってレアものっぽい風情のアルバムが飾ってあった。「販売不可」とか書いちゃって、だったら出しておく必要がないだろう、とツッコミを入れたくなる。


 ライトのお父さんは今、なじみの客と音楽談義に花を咲かせていた。カウンターに腰かけて、お茶なんか飲みながら、商売っ気がさらさら無い。お客の名前はコニシさんと言った。商店街の一角で居酒屋こにちゃんをやっている。

 店の片隅で、金髪に白いTシャツの若者が一生懸命にCDを漁っている。彼もまた、なじみの客のひとりだった。


 今日の音楽談義のお題は、兄弟でバンドをやることの意義についてだった。マルコム・ヤングとアンガス・ヤング、リアム・ギャラガーとノエル・ギャラガー……。自分たちの兄弟関係と照らし合わせたりしながら、好き勝手に喋っていたのだが、


「そういえば、若ちゃん。どうだったの。お見合い」

と、急にコニシさんが言った。


 この時、若ちゃんは、

「だいぶ冷めたな……、ま、しょうがねえか……」

などとブツブツ言いながら、お茶をすすっていた。頭の中では、アンガス・ヤングは、白いソックスを何本ぐらい所有しているのだろうか、と考えていた。だから、とっさに、


「え?お見合い?誰の?」

と、聞き返した。


 コニシさんがびっくり顔になった。それから笑って言う。

「何いってんの!?やだなぁ!若ちゃん、ボケちゃった!?お見合いっていったらライトくんのことに決まってるだろう?」


「あぁ~」若ちゃんが、なんともいえない笑顔を浮かべた。「付き合うことにしたらしいよ。あいつさ、ちょっと変わってるだろう?」


「ああ。若ちゃんの息子だからね」


 CDを選んでいた金髪の若者が思わずうなずいている。


 若ちゃんは手元のラックから適当なアルバムを取り出すと、お気に入りのプレイヤーにセットして再生ボタンを押した。アンガス・ヤングのことを考えていたせいでAC/DCが聴きたくなった、という単純な理由だった。


(分かりやすいなぁ、若ちゃんは)

と、コニシさんも思っていたが、あえて言わなかった。


「あいつさぁ……」若ちゃんが言う。「お見合いの席で歌ったらしいんだよ。ディープ・パープルとクイーンだって。で、相手の子がギター弾いて」


「はぁ!?」コニシさんが身を乗り出した。「なんだい、それ。前代未聞だね」


「だろう?でもさ、それで、なんかこう……運命の相手だって思ったらしいんだ」


「えぇ!?それ本気かい?」


 コニシさんの問いに、若ちゃんは無言で頷く。金髪の若者も呆然として立ち聞きしていた。その手にはAC/DCの「地獄のハイウェイ」を持っている。どいつもこいつも影響され過ぎだ。

 ていうか、アーティスト名「ABC順」で並んでいるワゴンで、さっきからCDを漁っているはずなのに、いまだに「AC/DC」って、どんだけ見るのが遅いのだ。ずっとABBAで引っかかっていたとしか思えない。それか「ZYX順」に見てきたのか。


 沈黙をギターサウンドがかき消していく。


「それは、相当、変わってるね……」

 コニシさんが言う。若ちゃんは、ポットのお湯を急須に注ぎながら、

「ま、当人たちがそれで良いっていうんだからさ……」

と、ポツリと言った。


「それにしても、今どきお見合いってのも珍しいんじゃないか?それにライトくんイケメンだろう?ほんとうはモテてたんじゃないの?」


「モテないんだよ。どうしてかな……。誰に似たのかな……、まわりに女の子がいないわけじゃないんだ。バレンタインのチョコもらっても意味が分かってないっていうか……。こういっちゃなんだが、超がつく鈍感なんだよ、あいつは」


「若ちゃんとは大違いだ」


「それ、どういう意味だよ!そういうこと言うやつは帰れ!帰れ帰れ!」


「言われなくったって帰るよ!こっちだって、そろそろ仕込みしなきゃなんだからさっ。女房がコレんなっちゃったら、たまんないよ」


 コニシさんは、アンガス・ヤングみたいに両手の人差し指を立てて額にかざすポーズをとってから、

「お茶、ごちそうさん」

と言って、出て行った。


 カウンターにひとり残された若ちゃんは、ライトのことを思い出していた。今日、たしかデートだとか言っていた。普通のデートにスーツで行こうとする息子を引きとめ、着替えさせたのが記憶に新しい。


(あいつ、ほんとうに大丈夫かな……)


 そこへ金髪の彼がCDを持ってやってきた。結局、さっき手に取ったアルバムを買うことにしたらしい。


「最近どうよ、順調?」

 若ちゃんの問いに、親指を立てて応える金髪の彼。会計を済ませると、片手を上げて出て行った。


 誰もいなくなった店内に、ハードなロックミュージックが流れる。若ちゃんはカウンターに頬杖をついて、不器用なのか何なのか、とにかく遅めの初恋に向かっていく息子のことを思うのだった。

 

 

ちょっとブレイクタイム的に、音楽おじさんを挟んでみました。兄弟でバンドをやるってどんな感じなのでしょう?想像しにくいです。

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