お見合いで妄想が暴走~風わたる草原にはカーペンターズ~
アイは、このお見合いに対して本気だった。本気と書いて「マジ」と読むぐらいに。
しかし、アイには恋愛経験がなかった。幼い日の想いをずっと引きずり続けて大人になっちゃったせいだ。片思いの経験もない。
今、お見合いの席として、こうしてふたりきりになると、ただもう胸が高鳴ってしまって、どうすることもできなかった。
写真で見るより、生身のライトは魅力的だった。黒目勝ちの瞳がステキだった。
ふいに、頭の中を、カーディガンズの甘いラブソングが流れる。ラブ・ミー♪ラブ・ミー♪
(ヤバいよう!ふがー!落ち着けー!)
「ご趣味は?」
と、ライトに聞かれて、
「そうですね……。音楽とぉ……映画、あとお散歩とか(ニッコリ)」
と、答えたアイだった。嘘は言っていない。
音楽が好き。ただ、一般的な「好き」よりは、だいぶ踏み込んでいる。
ギターを何本も持っている。それらに対するこだわりや愛情を語り出したら日が暮れる。
それから、アンプやらエフェクターにも凝ってる。この話題で二日目の日が暮れる。
マニアなお友達とツイッターでやり取りするのも好きだ。こうなると他のフォロワーが入る余地がなくなり、延々とふたりで返信し合う状況が生まれる。
いずれ完璧に機材を揃えた、自分用のスタジオを持ちたいと思ってる……。
なんてことは言えない。言い出したら歯止めが利かなくなる。
(そんなことして、ドン引きされたら、あたし……)
乙女は、切ない気持ちに瞳を潤ませるのだった。
そして訪れる、沈黙――。手のひらに汗をにぎる。
会話が途切れるのがイヤで、彼のことも知りたいし、すがるような想いでアイは聞いた。
「ご趣味は?」
完全な、質問返し。芸がないなと、ちょっと自虐。
「実は、僕も音楽が好きで……」
はにかみながら答えるライト。アイは胸が弾んだ。あの日のラッシュよろしく、飛び上がりたいぐらい、嬉しかった。
「それと、おすすめの映画なんかあったら、教えてもらえますか?」
彼のよく通る声は、まるで歌っているみたいに、心地よく、アイの耳に流れ込んできたのだった。
(モチロン!すすめて、すすめて、すすめまくっちゃうわ!)
心の中で、アホの子みたいにはしゃぎ回る気持ちを抑えながら、アイは微笑んで頷いた。変なキャラを出して、彼にガッカリされるなんて辛すぎる。胸がキュンとなった。
だから、当たり障りのない映画のタイトルを言ってみた。とは言え、古い映画ばかりだった。それらの映画を、ライトは知らなかった。
恥ずかしくなるアイ。でも、ライトは楽しそうに聞いてくれて、興味をしめしてくれた。嬉しくて、また、胸がキュンとなった。
趣味の話題は、とりあえず、これで終わりかな、と思っていた――。
でも、彼は再び「ご趣味はなんですか?」と、聞いてきた。
(どうして?)
アイはライトの顔を見た。ライトもアイを見、ふたりは見つめ合った。すると、ライトはパッと目を逸らし、恥ずかしそうに頭を掻きむしりながら、
「あ!すみません……。この話はさっきもしたんでしたっけ。はは……」
と、笑った。
「大丈夫です!」
とっさに前のめりになるアイ。再び目が合う。なんか、すっごくムキになっちゃってた。
「やだ……。あたし……」
今度はアイが恥ずかしがった。
「でも、全然……大丈夫ですから……」
その時、遠くから微かにピアノの音が聞こえてきた。同じフレーズを繰り返し練習しているらしい。
「ピアノか……懐かしいですね……」
ライトが呟いた。
「こう見えて、僕、子供の頃ピアノ習ってたんですよ。もう、止めちゃいましたが……」
「え!?ライトさんも?」
名前を呼んでしまってから、恥ずかしさがこみ上げる。頬が熱い。そんな彼女の顔を見て、ライトも照れながら、それ以上に嬉しそうに、
「ということは、アイさんも習っていたんですね?」
と言った。言ってしまってから、やっぱり照れている。
「はい、あたしも、止めちゃったんですけど。やりたくない!って号泣して……」
ふたりはまた、喜びに頬を染めて見つめあった。
世の中に、子供の頃ピアノを習いながら、投げ出しちゃう人なんか、ごまんといる。でも、今のふたりには、素敵な偶然にしか思えなかった。神様ありがとう。ピアノをやめた自分は正しかった……。
「今は、何か、演奏されるんですか?」
ライトが前のめりになって聞いた。アイのことは何でも知りたい。
一方のアイは、言葉に迷った。エレキギター、と言ってイメージが壊れないだろうか。親世代の影響が強くて、ちょっと古い曲ばかり弾いているとか。憧れのギタリストのサウンドを作りたくて、ギターをいじったり、エフェクターに凝ったり、それからアンプも……。もちろん、スロウなナンバーもやるけど、やっぱり割合で言うとロックが多い。メタルもやる。
アイは口を開いた。
「あ、あの……ギターをちょっと」
「エレキ」の部分をはしょってみた。嘘は言っていない。
「その……、もともと、兄がギターをやっていて、それで、良いなって……」
恥ずかしそうに、付け加える。
嘘つけ。モテたい盛りの兄貴が必死に練習しているギターを聞いて、
(あー耳が腐るほどひどい……。ていうか、あたしがやったほうが絶対に、百万倍マシなんですけど)
とか、思っていたくせに。
「ギターやらせて?お願いお願い!」
なんて、おねだりして、兄貴のギターをぶんどったくせに。あっという間にアドリブまでできるようになって、兄貴のギター心を完全にへし折ったくせに。
「へえ!それはすごいですね!ギターか……ギター女子か……。もう長くやってるんですか?」
「子供の頃からなんで……」後は想像に任せる。
「すごい!じゃ、そうとうお上手なんじゃないんですか?」
「そんなことないです……」
上手とか、そういう次元ではない。ことは、黙っている。ただ微笑む。
「沈黙は金よ、ボロが出るようなことは、言わないに越したことはないわ」と、母が言っていた。
ライトは好奇心を刺激されたらしい。
「どんな曲をやるんですか?」
「あの……古い曲ばかりで恥ずかしいんですけど……」
「え!?そんなことないですよ?僕も古い曲、実はけっこう好きで。70年代とか、下手したらもっと古いのも……」
「そうなんですか!?」
ようやく、ふたりの間に漂っていた緊張感が、ほどけた。
それどころか、互いに、好きで好きでしょうがない、音楽について語りたくて仕方がなくなってきた。でも、互いに一歩が踏み出せないでいた。どこまで語って良いものかの加減が分からない。
この時のライトは、アイが弾いているギターのことを、完全にアコースティックだと思っていた。
(どんな感じなんだろう……。やっぱり弾き語り系かな……。いい声してるもんな……)
ライトの頭の中に広がる光景。気持ちのいい、見晴らしのいい草原にシートを敷いて、ふたりで寄り添い座る。彼女は羽根のついた髪飾りをつけ、コットンの柔らかなスカートをはいている。風が彼女の髪をなびかせる。甘い香りが漂い、胸がしめつけられるよう……。
やがて、彼女はギターを抱えて歌い出す。そよ風のように、透明感のある声が、心地よい。カーペンターズとか?
ふたり一緒にいるから、見える景色があるのよ……。
そんな歌詞だったか……。そう。ひとりじゃなくて、ふたりだから。景色も色を変える。鮮やかに、美しく!……。
ライトは、
(このぐらいのソフトな話題の振り方なら、ぎりぎりセーフなはず!)
という思いを信じて、アイに言ってみた。
「ぜひ、聴かせてください。僕、アイさんの弾くギターなら、聞いてみたいから……」
それは、「また会うチャンスを作りたい」という思いもあった。
「え!?」
アイは驚いて聞き返す。ふたりの瞳がきらめいた。
不器用なふたりが、次回はいよいよ本領発揮……?