ライトのハートはノンストップ~いろいろな曲にのせて~
そういう訳で、ライトは本気だった。本気と書いて「マジ」だった。昭和か。もうすぐ平成も終わると言うのに。
ライトは口を開き、また、閉じた。変に喉が渇く。お茶をひと口。その手が震える。
初恋のドキドキと緊張のドキドキがあいまって、もう、どうしようもない。ドキドキどころか、ドドドドだ。バイクのエンジン音みたい。そのまま疾走していきそうだ。BGMの「Born to be wild」と共に。革ジャンにブーツカットデニム、革のショートブーツを決め込んだ、チョイ悪オヤジライダーがどこからともなく集まってきての集団走行で。
いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。ライトは頭の中からオヤジライダーたちを追い払った。彼らはそれぞれに走りたい道に散って行った。
時計の針が進んでいく。急かすように、また、カコーン……と、鹿威しの音が響いた。
(とにかく、何か、話さないと……)
ライトは、必死に、声を出そうとした。声が喉の奥に引っかかる。焦るから、余計に言葉が出なくなるのに、やっぱり焦りが先行してしまう。短ラン(極端に着丈の短い学ラン。昭和のヤンキーが着ていた)、ボンタン(太ももまわりが不必要に太い学生ズボン)にリーゼントのヤンキーが、煙草を吸い散らかしながら便所座りして言う。「おい先公」
いや!だから!
焦りながら、小さく咳払いをする。コホン。
目の前の彼女が、わずかに顔を上げた。はたと目が合う。美しい瞳。胸の奥にひらめく稲妻のような衝撃。高まる鼓動が止められない。
ふたりは、また俯いてしまった。
(頑張れ!頑張れ俺!)
ライトは自分を奮い立たせる。
ここは、自分の運命を決める、何がしかのコンテストか何らかのステージ(ざっくり)だ。ステージの前には満員の観客が、次の出場者を待っている。
ライトは今、バックステージにいて、照明の落ちる無人のステージを見つめている。飛び出せ、光の中へ。そして歌うんだ。心の奥から。
ライトは深呼吸すると、口を開いた。
「あのぉ……」
(しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!思いっきり、声が裏返っちまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)
心の叫びが風を呼び、波を荒立て、岸壁に叩きつけてザバーン。火サスのクライマックスよろしく、某大物俳優が犯人を呼び出して謎解きを始める勢いだ。
「できすぎたアリバイ工作が、かえって命とりになったんですよ!さぁ!もう諦めて、罪を認めなさい!あなたの大切な人を、これ以上、苦しめるんじゃない!」とかなんとか。
ライトの顔面が、パァッと赤くなる。額から汗がにじみ出た。彼の頭の中でセリフをまくし立てていた、某大物俳優も満足の演技に頷きながら出て行く。
だから、目の前の女性が、ほんのわずか、リラックスして微笑んだことにも気がつかなかった。
ハンカチで汗を拭き拭き。もう一度、深呼吸をして、喉を確かめてから、声を出した。
「ご趣味は……」
聞いてしまってから、違和感。そして、すぐに違和感の正体に気がついた。
(あ、この質問はさっきもしたな)しくじった感が満載だった。
それどころか、お見合いの「つり書き」にも書いてあったはずだ。しかし、写真を見て有頂天になっていた彼は、彼女の名前を見るのだけで胸がいっぱいになり、それ以外の情報を華麗にスルーしてしまっていたのだった。その先に大迫選手あたりがいたら、半端ないシュートを放ってくれることだろう。
目の前にいる、淡い色合いに花柄の入った振袖姿の彼女。髪をふんわりとアップにして非常に魅力的だった。写真で見るよりも、イキイキと美しかった。瞳の美しさも比ではなかった。
彼女の名前はアイ。恥ずかしそうに、頬を染めている、それがまた可憐さを添えていた。
髪は少し明るめの茶色で、赤い口紅が若い頃のシンディ・ローパーみたいに似合っていた。でも、シンディみたいにドレスの裾を思いっきり振り回したりなんか、しないだろう。そういうキャラクターには見えない。
ライトは記憶を辿る。
先ほどは、音楽が好きなのだと言っていた。休日には、散歩をしたりもするという。お気に入りの散歩コースがあるとか。川沿いの土手とか、商店街、焼きたてのパンの香りに、色とりどりの花。
足取りも軽く、楽しそうに歩くアイの姿が思い浮かぶ。花のような彼女の笑顔。風景に紗がかかってステキ。
八百屋のオヤジは見惚れて奥さんに抓くられ、散歩嫌いの犬は喜んで走り出す。盗難自転車を疑って職務質問していた警察官も、なんだか細かいことがどうでも良くなり、すし屋のオヤジは店先に水を打ちながら、通りすがりのヤクザ者にぶっかけてしまう。思わずキレかけるヤクザ者も、彼女と目が合うと怒りを忘れて。
そのうち、みんなで大通りに出てのフラッシュ・モブ状態。どこからともなく、アップテンポのBGMが大音量で流れてきて、歌えや踊れやの大騒ぎ。でも、ハッピーだから良いじゃん、それで。
その先頭で、いつの間にかヘア・バンドをしたワンピース姿のアイは、華麗にターンを決める。
それから、映画も好きで、よく観ると言っていた。最近の作品はよく分からなくて……と、すまなそうに。それもまた、可愛らしかった。
ライトの中で、想像がどんどん膨らむ。
明るい日曜日の昼下がり、アイと並んで川沿いを散歩する。カフェで焼き立てのパンに微笑む彼女。ウィンナーコーヒーのクリームが、彼女の鼻の頭にくっついて可愛い。
電車を乗り継いで、都内の名画座に行く。感動する彼女にハンカチを貸してあげる。帰りにソフトクリームを買って食べる。彼女の鼻の頭にクリームがついて可愛い。
いっしょにコンサートに行く。コンサートが終わって外に出ると真っ暗だ。星なんかでちゃったりして。夜道は危ないから、その……、手を……手をつないじゃう……!
(それはヤバい!)
思わず髪をガシガシ掻き毟るライト。その様はエレカシの宮本の如し。落ち着け。
と、そんな経緯があったのにも関わらず、ライトは再び、アイの趣味を聞こうとしてしまっていた。不器用にも程がある。こんなだから、今まで誰とも付き合ったことがないのだ。
少なくとも3曲、出てまいりました。1曲はタイトルだし、もう1曲もなんとなく決まっちゃっている感じですが、残りの1曲はお好きにイメージしてくださいませ☆