突然にやってきたのはチャンスか、それとも……
公園ライブは大盛り上がりの内に、幕を閉じた。
居酒屋こにちゃんの店主コニシさんは、数回に及ぶ妻からの「帰ってこい」電話を無視し続けた代償として、人生最大の全力疾走を余儀なくされていた。
しかし、心の中はハッピーで、妻の顔を思い浮かべながら、「I was made for lovin' you」をエンドレスリピートしていた。
例の夫婦と浮気相手の若い女は、なんだかよく分からないけど、笑顔で3人揃って公園から出て行った。新しい次のステージに進もうとしているのかもしれなかった。
警官も「ライブ会場の警備に当たっていましたが何か」ふうを装い、マジメで勤勉な公務員、という空気を身にまとって公園を後にした。
これから、しばらくは、交番に道を聞きに来た人や、落し物を届けに来た人、絡みに来た暇な人に対してすら、笑顔で対応できるような気がしていた。
老人たちは元気がみなぎり、これからカラオケで懐メロ三昧することになった。
アイにギターを貸した今井川タケシは、リンコの肩を抱くと、黙って歩き出した。そのまま、振り返ることなく、公園を後にした。
リンコは今井川の横顔を見て、何も言わずに共に歩いた。
(きっと彼は前を向いて生きて行ける)
彼女はそう感じていた。
そんなふうに、彼らのライブを聴いた人たちは、元気になったり、笑顔になったり、新しい幸せを見つけに行くことに決めてみたりしたのだった。
ステージの脇では、今回のライブを成功させた4人が固く握手を交わしていた。みんな、やり遂げたという思いで胸がいっぱいになっていた。そんな彼らを、山ちゃんも幸せそうに見守っていた。
そこへ、ひとりの男が近づいてきた。
「どうも」
山ちゃんに声をかける。振り返る山ちゃん。彼の目の前に立っていたのは、ポロシャツにカーディガン、チノパンにスニーカーという、どこにでもいそうなラフな服装の中年だった。営業職をやっていそうな雰囲気が滲み出ていた。それが証拠に、にっこり笑顔だったが、瞳に鋭いものがあった。
「わたくし、こういう者です」
いきなりの名刺。見ると、芸能プロダクションのようだった。「木下秀樹」という、どこにでもいそうな名前が書かれていた。
「え!?これってもしかして?」
芸能プロダクションがお忍びで見に来るほど、うちのバンドは名が売れてきたのか!?と、山ちゃんは胸が熱くなった。のも、束の間。
「実は私、この近所に住んでまして。散歩しようと思って公園に来たら偶然、ライブをお見かけしましてね。久しぶりに素晴らしいバンドに出会ったので、お声をかけました」
(あ……。偶然だったのね……)
そこへ、何事かと気になった寺門や栗栖が駆けつける。
「こんにちは。私こういう者です」
木下秀樹が、ふたりにも名刺を渡した。
寺門と栗栖が名刺を見て固まっている。突然の、芸能プロダクション関係者の登場に、思考が完全ストップしたらしかった。
山ちゃんが、気を利かして、
「ベース担当の寺門と、ドラム担当の栗栖です」
と、紹介する。紹介された2人は、ぎこちなく挨拶をした。さっきのライブは、上手いこと、こなしたのに、今はすっかりテンパってしまっている。
「あちらのお2人は?」
木下秀樹が、アイとライトのことを見た。彼の視線の先では、アイとライトが互いに頬を紅潮させながら、イキイキとライブの成功について話しているところだった。
「やっぱりアイさんのギターは最高です」
「ライトさんのヴォーカルこそ。あたし、弾きながら感動が止まりませんでした!」
「ほんとうですか!?最高に嬉しいですっ!でも、アイさんのリードギターが良かったから……」
「あたしだって、ライトさんのヴォーカルにエネルギーをもらったから……」
とか、なんとか……。
「あの2人は、実は今回、急きょバンドに参加してもらってて、正式なメンバーじゃないんですよ」
山ちゃんが木下秀樹に説明をする。
その横で、寺門と栗栖は顔を見合わせた。正直なところ、今回のライブで、彼らの心は揺れていた。
今日ドタキャンしたメンバーの力量や可能性を、彼らはイヤというほど知っている。彼らが自分の実力を過信して、もっぱら女の子を口説くことに情熱を傾けがちなのも。
今日、初めてライブを共にした、アイのギターサウンドと、ライトの伸びやかなヴォーカル。どちらも素晴らしかった。その上、彼らはそれを鼻にかけている所が全く無く、ただひたすらに「気持ちいい奴ら」だった。
どっちがメンバーとして欲しいか……そう問われた時に、今までのメンバーの名を迷わずに言えるか、と言えば、答えは「NO」だった。薄情者と言われることの方が、まだマシに思えた。
その空気を、山ちゃんも感じた。そして木下秀樹も察したらしかった。
木下秀樹は、自らアイとライトの元に行き、同じように名刺を出して自己紹介をした。すでにバンドでインディーズデビューをしているライトは、先ほどのメンバー程、派手には驚かなかった。
ちなみに、「Lights'n' Holly」というバンド名で、「ライツ・アンド・ホーリー」と読み、ライトの名前と、ギタリストの名前(柊=ホーリー)をくっつけただけのものだった。もちろん、ガンズ・アンド・ローゼズを思いっきり意識している。
「あなたのギター素晴らしいですね。本家にも劣らない。いや、本家を凌駕するようなサウンドでした」
木下秀樹が褒めちぎり、アイはひたすらに恐縮していた。そんな彼女のことが、ライトは愛おしくて仕方がない。
アイは特に決まったバンドには所属していなかった。いろいろなバンドやミュージシャンのサポートをしたりして暮らしていた。彼女のギターにベタ惚れしているアーティストは少なくなかった。
木下秀樹は、今ここにいる4人でバンドを組んで、オリジナルの楽曲でデビューさせたら、きっと当たるはずだと踏んでいた。
この頃はライブハウスにスカウトをしに行くことも、めっきり、しなくなった。予算的に厳しい、というのが一番の理由で、寂しさを感じながらも仕方がないと諦めていた。
今日この公園を散歩コースに選んだのは運命だったのかもしれないとすら、彼は思っていた。だから、そのことを、包み隠さずに、2人に話した。
アイもライトも、とても熱心に、彼の話を聞いた。2人で活動できることは、とても素晴らしいことのように思えた。むしろ夢のようだった。
しかし、木下秀樹は、ひとつ、気になることがあった。それは、アイとライトのやり取りに垣間見える、親密な空気だった。
「お2人のご関係は……?」
木下秀樹が問う。すると、2人の顔が一気に赤くなった。もしも自動車が走っていたらブレーキ踏んで停止しちゃうぞってぐらいの、信号機並みの赤さだった。
「もしかして、付き合ってらっしゃるんですか?」
木下秀樹が、さらに踏み込む。アイはライトの顔を見、ライトも見つめ返したが、やがて、ライトはまっすぐに木下秀樹の顔を見ると、
「はい。アイさんとは、結婚を前提としてお付き合いして頂いています」
と、まるで恋人の父親に相対した時みたいな、きちんとしたお答えをした。その上で、猛烈に照れている。どんだけ純粋なんだ。
すると、木下秀樹の顔が一気に曇った。そして、2人に向かって放った言葉は、丁寧ではあったものの、とても厳しいものだった。
「このバンドは、きっと素晴らしいものを生み出せると思います。しかし、もしデビューするとなったら、ギターとヴォーカルが付き合っている、という状況があるのは厳しいですね」
アイとライト。観客を幸せにする2人に訪れたのはチャンスか、それとも……。
今回は、有名バンドをチョイ出しするという贅沢行為をしてしまいました。




