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ステージはいつも突然に始まるもの。例えデート中であっても

 のどかな公園を足早に横切ろうとする、ひとりの男がいた。空は青く晴れ渡っているのに、彼の顔は暗かった。そして何故かギターケースを背負って、重そうなケースを持っていた。

 男の名前は、今井川タケシ。ていうか、苗字、今井か井川か、どっちかで良かったんじゃないだろうか。


「待ってよ!」


 女の声が高く響き、平和な公園の空気を切り裂いた。そして駆けてくる足音。

 それまで、ライトとアイのもどかしい純粋な恋路を、やきもきしながら見守っていたオーディエンスたちは、新しい登場人物たちに目を輝かせた。


「ねぇ、待って。お願いだから、話を聞いてよ……」


 女が今井川にすがりついた。女の名前は小山田リンコ。こちらもまた、小山か山田のどっちかだけで良かったんじゃないか。そんな彼女の瞳から、今にも涙がこぼれそうになっている。

 今井川は、振り向かずに、ポツリと言った。


「オレはもう決めたんだよ……。夢なんか追いかけてる場合じゃないんだ」


 そして、彼はリンコに向かって微笑んだ。


「オレにはギターの才能がなかった。それだけのことさ。それに、オレには守らなくちゃいけないものができたんだ。お前と、もうひとり、な……」


「タケシ……」


 リンコの頬を涙がつたう。


「でも、でも、そのギターはタケシの1番の宝物なんでしょう?売るなんてこと、しなくったって……」


 震える彼女の肩に、今井川の手がそっと置かれる。


「何言ってんだよ。バカだな、お前は。オレにとっての1番の宝は、このギターじゃない。お前さ」


「タケシ……!」


 リンコがタケシの胸に飛び込む。彼女を抱き返しながらも、寂しそうな表情を隠しきれない今井川。そんな2人を、オーディエンスが見守る。ある人は共感の涙をにじませ、ある人は若気の至りマックスなカップルに対する憤りを禁じ得なかったりした。

 

「タケシさんは、あのギターを売るつもりなんですね……。それから、アンプも」

 アイが寂しそうに言った。そんな彼女の優しさに、ライトはまた、胸がキュンとなるのだった。好き、好き、好き、大好き!


「あ~あ」タケシが言った。「このギターも、次にはもっと上手い奴の元に行けるといいな……」と、遠い目なんかしちゃったりして。


「タケシのギター、あたしは好きだったよ……」

 リンコが言う。そりゃそうだろう。リンコはタケシのやることなら何だって好きだったんだから。そんなリンコのことをタケシは愛していた。


 時同じくして、公園の片隅では。革ジャンにソフトモヒカン、白い半そでTシャツに金髪、といった、いかにもバンドやってる風の男たちが額を突き合わせて、何やらごにょごにょやっていた。ソフトモヒカンな彼は、手にスマートフォンを持ち、その画面にはLINEアプリが表示されていた。


「つーか。あいつら2人そろって食中毒で倒れるとかマジ、だせえよ。何食ったんだよ、マジで。こんな大事な時によぉ」

「もう中止するしかなくね?オレとお前だけじゃ、どうしようもねぇし」

 そう言った金髪の彼は、手にドラムスティックを握っていた。ちなみに、ソフトモヒカンの彼はベーシストだった。革ジャンの下には、やはり白いTシャツを着ていた。そこには「KISS」の見慣れたロゴが。誰の目にも明らかなバンドTシャツだった。

 彼らは、この公園のステージでライブを行う予定だったのだが、ヴォーカルとギタリストが揃いも揃って食中毒にかかり救急搬送される、という不幸に見舞われていた。


 見ると、ステージの上には機材が置かれていた。ヴォーカル用のスタンドマイクも、電源各種、スピーカーその他もろもろ。スタッフが「あーあー」と、マイクテストを行っている。


「もう良いよ。山ちゃん。あいつら来ねぇし。やめよ、やめよ」

 投げやりに言うソフトモヒカン。山ちゃん、と呼ばれた彼は、寂しそうに頷いた。


 そんなやり取りを、ライトは見ていた。と、言うより、ステージに置かれたマイクスタンドを見つめていた。


 渡りに船……とは、まさにこのことだった。


 一方のアイは、今だにきつく抱き合っているバカップルを見ていた。と、言うより、バカップルのうちの今井川タケシが持っているアンプと、彼が背負っているギターを見つめていた。


 棚から牡丹餅……という表現は、たぶん適切ではないと思う。


「あの……」

「あの……」


 アイとライトの声が見事にハモッた。


「え?」

「え?」


 またもやハモッた。


「どうぞ」

「どうぞ」


 いや、ダチョウ倶楽部かい。


 アイがライトの瞳を見つめる。彼女の瞳には、いつの間にやら、強い光を持つ星が宿っていた。ライトは頷く。そして言った。


「アイさん、僕とキス、やりませんか?」


「え!?」


 少しの間。


「……」


 アイが赤面する。そんな彼女も可愛い。なんてことをライトは思う。……。


「いや、違っ!その……違います!アイさん!僕が言ったのはKISSです!」


 言いながら、ライトも恥ずかしくなってきた。アイとのキスシーンを一瞬だけ想像してしまい、両手をぶんぶん振って、頭から消し去る。それから、アイに向かって言った。


「たぶん彼らはKISSのコピバンですよ!そしてヴォーカルとギターを求めているようです!」


「KISSなら、あたし弾けます!じゃ、あたしはタケシさんからギターとアンプを借りてきますね!」


 とたんに、水を得た魚のように、いきいきと走り出すふたり。


 アイは抱き合っている今井川の肩をポンポン。

「ちょっと良いですか?」


おいおい。抱き合っているカップルに向かって、そのテンションで普通いけるか?

いや、普通、という尺度で、今の彼女を測ってはいけなかった。


「はい」と、答える今井川も今井川だ。


 アイは、今井川をまっすぐに見つめて言った。

「ちょっと、ギターとアンプを、あたしに貸してください。どうしても、やらなくちゃいけない事ができたんです」

 しばらく、アイの瞳を見ていた今井川だったが、肩からギターケースをおろすと、アイに手渡した。

 その姿を、リンコが驚きのあまりに目を見開きながら見つめている。


 アイがお礼を言って立ち去る。その背中を見送りながら、今井川は、ポツリと言った。


「オレの新しい夢が、たった今、適いそうだぜ……」


 リンコは何も言わず、涙ぐみながら、今井川の手を握るのだった。強く、優しく。


 一方のライトはステージに行った。KISSのバンドTシャツを着ていた二人は、ライトの姿を見て驚いたようだった。


「そのマイク、オレに任せてくれないか?」と、ライトが言った。

「ギターなら、すぐに来る」ピッと親指を立てる。

 その先には、ギターとアンプを抱えたアイの姿があった。


 ベーシストの彼とドラムスの彼は互いに見詰め合っていた。その瞳に浮かんでいた困惑を、消し去ったのはライトの歌声だった。いきなり、かましてやったのだ。オレの歌声を聴け、とばかりに。

 

 その瞬間に、空気が決まった。ヴォーカルとギタリストを失っていた2人は、力強く頷き合い、新しいメンバーを受け入れることに決めたのだった。




 

偶然、というには出来過ぎている。でも、意外と、出来過ぎた話ってのもあるあるで。

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