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初デートは甘ったるいラブソングの香り

 電線に雀が3羽とまっている。空は青く晴れ渡り、呑気そうな雲がぽこんぽこんと浮かんでいる。風が緑をそよがせて気持ちいい。

 幼い子供が砂場で無邪気に山を作っている。ひとりはひたすらに山を作り、ひとりは穴を開けてトンネルを開通しようとしていた。そんな我が子を横目に、ママ友たちが旦那の悪口を言っている。

 ベンチにはご近所のお年寄りが、お互いの安否確認を兼ねて集まっていた。なんやかんや、楽しくお喋りをするのだが、とにかく名前やら地名やら思い出せないことが山積。「あれ」という単語の使用頻度がやたら多い。そして、相手の放つ代名詞が何を指しているのか、互いに理解してしまうスペックの高さ。ますます「あれ」頼みの、あれな会話が続いていく。


 こんな日常が漂う普通の公園を、アイとライトは並んで歩いていた。初めてのデートが公園。昭和の中学生カップルか。

 ライトが深呼吸をしてから口を開く。


「あのっ……、すっごく、……いい天気ですね!……」


「そうですね」


「あ……ほら、雀がとまってる……」


「そうですね……」


 歴史的なお昼の帯番組か。


「あ……あの……あの……」


 ライトが心の中で鼓舞する。(頑張れ!頑張れオレ!)

 心臓がバクバク言っている。緊張が半端なくて手汗がすごい。片手にハンカチを握りしめて、額の汗を拭ったりして。

 ライトは、また深呼吸する。地上の酸素を全部吸い尽くしかねない勢いで、すぅあー!と吸い込み、そして、言った。


「あの……アイさん!……」


 下の名前で言っちゃった!ヤバい、ヤバいヤバい!その勢いで、口から心臓が飛び出ちゃった。大急ぎで回収しないと大変なことになる。

 ライトの頬がカーッと熱くなった。


「はいっ!」


 アイの胸もマックスにときめいていた。下の名前を呼ばれた、この瞬間は一生の宝物。むしろ、「ファーストネームを呼んでくれた記念日」に制定しても良いぐらいだった。アイの頬も真っ赤になった。


 そんな初々しさ溢れる2人を、ママ友たちがキュンキュンしながら眺め、ベンチで「あれあれトーク」に花を咲かせていたご老人たちも、自分らの過去を思い出しながら、ほのぼのと見守っていた。


「あの……さん」


 ライトが言う。1回目は勢いでアイの名前を呼べたのに、2回目は何故か、無駄なプレッシャーを感じてしまって、肝心な名前を噛んでしまったのだ。ため息を噛み殺す。そして苦笑いする。

 マイクを握っていれば、わりとペラペラ喋れると自負している彼だが、デートの場にそれを持ってくることはしなかった。

 

「あの……今日はギター、持って来てないんですね」


 どういう問いだ。


「え!?」


 アイが目を見開く。ふたりの視線がバッチリと重なり合い、お互いの心臓が口から飛び出て、バウンドして元の位置に戻った。


「ギターないとダメでしたかっ!?」


 アイのリアクションも、どうかしている。ある意味、ほんとうにお似合いのカップルかもしれない。


「いやいや!」ライトが全力で手を振る。全力による全否定だ。

「そんなことない!そんなことないですっ!僕はっ……その、……そんなつもり、さらさらなくて……。なんていうか……、僕……僕はっ!」


 ライトがアイを見つめる。アイも、ライトを見つめ返した。2人の瞳が水晶のようにきらめき、揺れている。

 そんな光景をママ友や、いつの間にか子供たちも、ご老人たちや、散歩で訪れた熟年の夫婦連れ、宅配の途中でちょっとだけ休憩したくなったドライバーのお兄ちゃんまでもが、瞬きも忘れて見守っている。


 しかし、ライトは口を開けたまま、次の言葉が出なくなっていた。

 心の中で、彼は、あらん限りの情熱を込めて言っていた。


(アイさんがいてくれさえすれば、他には何もいらないと思っています!)と。


 でも、彼の口からは出てこなかった。


「僕……も、今日はマイク持って来てませんし。あははは」

と、笑いながら、心の中では壁をガンガンと拳で殴りつけていた。


(意気地なし!こんなのオレじゃない!)


「そうなんですか」

 アイも微笑む。


 この時のアイは思っていた。


(ギター持ってこようか迷って、持ってこなかったんだけど……やっぱり持ってきた方が良かったの?でも電源ないかもしれないと思って……でも、でも、やっぱり持ってきたほうが良かったんだ!バカバカ!あたしのバカ!)


 う、うん……。


「あの……あの、アイさん」


 ライトが勇気を振り絞る。


「最近は、何か聴いてますか?」


「最近……ですか……」


 アイは思い出す。そして恥ずかしくなった。ライトと出会ってからは、ほぼほぼラブソングしか聴いていなかったからだ。

 ゆるーいサウンド、甘ったるいヴォーカル。そんなのを聴きながら、とろけるような気分になって、胸を焦がしていた。早く、早くこの日が来れば良いのにと思いながら、ライトと会ってヘマをやらかしはしないかと不安にもなっていた。

 乙女心は、そのまま選曲に反映されていた。

 それまでロックンロールばかりだったスピーカーから、ラブ・バラードやなんかが流れてきたので、アイの家族はびっくりした。いや、ステレオ自体もびっくりしたらしく、昨日になって故障してしまった。CDを完全に読まなくなってしまったのだ。

 アイは不安になった。何かの予兆だったらどうしよう……と。


 アイは迷った。正直に言ったら、恋心丸出しじゃん?でも言いたい。言いたいけど、恥ずかしい。

 そんな彼女を、ママ友、夫婦連れ、子供たち、ご老人たちといったオーディエンスが手に汗を握って見つめていた。


「あたしは、特に……なんていうか、いつもと変わらないですよ?」


「そうですか……」


「ライトさん……」


 名前を呼んでしまってから、アイの鼓動が早くなる。顔が燃えるように熱い。でも、名前を呼ぶと嬉しい気持ちになった。ハッピーが止まらない。


「ライトさんは、何を聴いてるんですか?」


「僕、ですか……」


 ライトは思い出した。そして恥ずかしくなった。アイと出会ってから、ラブソングばかり聴くようになったのだ。もとい、歌うのもラブソングに偏っていた。心をこめて、腹の底から歌うのだ。

 ここから何駅か行った先にあるライブハウスでは、彼がボーカルをやっているバンドの単独ライブが行われたのだが、「ラブ・アンド・ロックンロール・ナイト」みたいな空気になった。カップルや片思いや、いろんな想いを抱いたオーディエンスが盛り上がりまくっていた。

 ライトの不器用すぎる性格を知っているバンドメンバーたちは、プレイしながら、にやにやニコニコするのだった。


 ライトもまた迷った。こんな恋心もろバレのセトリ、言ったら逆にドン引きされないだろうか……。

 オーディエンスたちも、今度はライトに向けて、応援の視線を送っていた。そんな彼らの心なんか、つゆ知らないライトは、笑いながら言う。


「僕も、いつもとそんな変わらないですよ。古いやつばかりで……たまには新しい曲も聴かないと、ですかね……」


「え!?そんなこと!あたしだって同じですよ?古い曲ばっかりで……でも、古い曲には良い曲がいっぱいあります!例えば……」


 立て板に水の勢いで、アイの口からすらすらと出てきたのは、かつて一世風靡していたバンドのギタリストの名前だった。

 ライトのために、アイは一生懸命になっていた。

 そんな彼女を見て、ライトは素直に(大好きだ)と思った。胸がときめいて、思わずギュッと抱きしめたい衝動にかられ、焦った。


(何考えてんだよ!バカバカ!オレのバカッ!)


「あーほんと、良い天気で良かった~……」

 ライトが笑い、オーディエンスは一斉にため息をついた。

どんな曲が合うでしょう。甘ったるいラブ・ソングでも良いし、不器用なふたりの背中を押す応援ソングもありでしょうか。それにしても、オーディエンスまで巻き込んで、どうなることやら……。

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