怒涛のプロローグ
ここに2人の男女がいる。
男の名前はライト。若干のキラキラネーム。流行のロックやJ-POPには目もくれず、なぜか一昔前の洋楽に明け暮れる時代逆行型ヴォーカリスト。
生い立ちはこんなだ。子供の頃にピアノをかじらされるも、譜面通りにやらなくちゃいけないのに嫌気がさして放り出した。
その後は地域の少年合唱団に所属。もともと光るものがあったのか、ソロパートを任されるまでになった。ただ、そこでも彼は、やってしまった。心の叫びが出すぎるのだ。普通の合唱コンクールが、ライトの熱い独壇場になってしまった。まわりドン引き。
だから、もともとハンサムであるにも関わらず、女子にそれほどモテないのだった。
彼の父親はかつて音楽系の雑誌の出版社に勤めていたが、思い立って辞職し、その後は60~80年代の洋楽をメインにした中古CD屋を営みだした。
「みんな結局あの頃に影響されてんじゃねーかー!」
とかなんとか、叫んだとか、叫ばなかったとか。
このことが、ライトの人生を大きくひねり曲げることになるとは、誰も思っていなかった。
女の名前はアイ。たぶん漢字で書いたら「愛」なのだろう。
彼女もまた、幼少期より、楽しくピアノのレッスンを受けていた。それがある日、涙やら鼻水やらを豪快に飛び散らかしながら叫んだ。
「ピアノなんか、もう、やらない!絶対にやらない!きらい、きらい!」
母親は途方に暮れた。先週まではルンルンでレッスンに行っていたアイが何故。たしかに、レッスンの後からアイは何か、落ち込んでいるようだった。なんとか訳を聞き出そうとするがアイは頑なだった。
この時、アイのハートの中は嵐が吹き荒れていた。
(大好きな先生が、どこぞの馬の骨とも分からない女と結婚しやがる!あたしをお嫁さんにするって約束したのに!……)
アイはピュアな心の持ち主だ。幼少だったから純度1000%。
「あのね、あたしね、おっきくなったら先生のお嫁さんになるの」と、勇気を出して告白し、
「そっか。ありがとうね」と先生が答えた。
アイの中では、完全に婚約が成立していたのだった……。だから裏切られた感が満載だった。そして、このことが、その後のアイを奥手にさせる要因となってしまった。
ピアノを手放したものの、アイは音楽が好きだった。
ある日、年の離れたモテたい盛りの兄貴が、下手くそなエレキギターを弾いているのを目の当たりにし、心の中で、
(耳がくさる……お兄ちゃんセンスないよ……)
と思いつつ、お目目からキラキラ妹ビームを出しながら、
「お兄ちゃん。アイにもギターやらせて?お願いお願い!」
と、おねだり攻撃。
「しょうがないなぁ。壊すなよ」
デレデレ兄貴。お年玉で買ったストラトキャスターを妹に持たせてやった。その瞬間、アイの中に眠っていたアンプに、バチィィィィィン!と電源が入ったのだった。