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思い出  作者: 大隈健太郎
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 最近は着物に割烹着姿が定着していたイヨであった。髪も切り、二つ結びから肩にかからない程度に短い髪にした。

「麻生さん。」

 隣人の女性がイヨに声を掛けてきた。

「今日は配給の日みたいよ。回覧板が回って来たわ。一緒に町内会の組合の組長さんの家に行きましょう。」

「あ、はい。すぐ支度します。」

 もう夕暮れが近い中、イヨは女性と共に組合の組長の家へ向かった。

女性はイヨの着物の格好に気を配って言った。

「麻生さん、あなたモンペくらいいつも穿いていなさいよ。ここは海軍の基地とかあるんだから米軍の空襲には備えないと。」

「はい、そうします。」

「戦争はいつまで続くのかしら。大きな声じゃ言えないけれど、本当は皆、この戦争には正直うんざりしているのよ。『欲しがりません、勝つまでは』って言うけれど、鍋も釜も持っていかれて食料も配給制になったし、空襲には怯えなくちゃいけないし、もうホント大変よ。」 

「そうですね、もし本当に日本が優勢なら、こんなに空襲なんてされないでしょうから。」

「そういうこと。もう日本人は皆知ってるのよ。」


 町内会組合の組長の家に行くと、配給を待つ人の行列ができていた。イヨも列に並び、順番が来ると配給品を受け取った。

 帰り道に途中で女性と別れた。

「あの、じゃあここで。わたしこれから軍の購買のほうへ行きますので。」

「え?ああ。いいわねぇ軍人さんの妻って。ウチらの手に入らん物まで手に入って。うらやましい限りよ。」

 その女性の言ってることは本当だった。軍とその関係者はけっこう優遇されているのだ。

 

 買い物を済ませたイヨは、帰って夕食の支度をした。すると、急に計佐治が仕事から帰ってきた。

「あら、どうされたんですか?今日はお早いですね。」

軍服のままちゃぶ台の前に座り込む計佐治。

「いや、飯だけ食ったらまた仕事に戻る。」

 そう言うと、計佐治は食事を始める。何だかあわただしい様子であった。しかも計佐治の表情がいつもと違って、不機嫌そうな顔をしているのに気づくイヨ。

「どうかなされたんですか?」

「なんでもない。今日は先に寝てていいぞ。」

 顔を合わせない計佐治に向かってイヨは言う。

「別にそんな言われなくてもわたしはいつも先に寝てますけど?」

 イヨの言葉にトゲがあったのか、その言葉に反応した計佐治は急にちゃぶ台をひっくり返し、そのまま出ていった。

 びっくりするイヨは、ひっくり返ったちゃぶ台を元に戻すと、散らかった夕飯の残骸を無心で片づける。

 ああ、やっぱり男の人ってこういうことするんだと思いながら。


 夜、布団に入ったイヨは寝付けずにいた。

あの人、ホントに今日は機嫌が悪かったなぁ。仕事先で何かあったのかな?

 そう思いながら寝付いていると、突然ウ~ウ~というサイレンが鳴った。

 これは、空襲警報?

イヨは飛び起きてモンペに防空頭巾をつけて備えた。

隣の部屋の女性がふすま越しに声を掛ける。

「麻生さん、麻生さん!」

「はい、今すぐ行きます!」

 二人で外に出ると、数人の同じ格好をした女性たちが集まっていた。

「麻生さん、あなたご町内に連絡して回って!橋の下の防空壕へ行くように知らせて回るのよ!」

「はい、分かりました!」

 サイレンの音がこだまする中、イヨは一軒一軒に空襲警報の知らせをして回った。


 十五分ほど過ぎるとほとんどの人が、大きな橋の下にある防空壕へと避難した。イヨは最後に防空壕の中へと入っていった。

「さあ、早く奥へ!」

 組長さんが指示する。

 しかし、空襲は行われず、二十分ほど隠れていたが、空襲警報は解除された。

 こんな日が何度かあった。

 

 そして、年が明け、しばらくして周囲があわただしくなってきた中、夫、計佐治の同僚の人がやって来て、こう言った。

「あんたんとこの旦那、上官と意見が合わず、盾突いてしまって、せっかくの出世を逃してしまったんだよ。兵曹長ぐらいの地位になれたってのに、あいつ気が強いもんでな~。」

 あんまり話さない人だからおとなしい人だと思っていたけれど、とイヨは思った。

これがきっかけで、この夏、佐世保をあとにすることになる。

     


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