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昭和十九年 正月
部屋を借りているお寺では、元日に餅つきをやるのが恒例の行事だった。二十人くらいの人がお寺の庭に集まった。
杵や臼が二つ用意され、テーブルも三つ並べられている。
天気は快晴。風は冷たかったが、餅つき会場と化したお寺の庭は熱気に包まれていた。
住職さんが仕切っている。
「うっし、もち米持って来い!」
婦人会の女性たちがもち米を臼まで運ぶ。
イヨも参加していた。餅の捏ね役をすることになっていた。
婦人会のおばさんの一人がイヨに声を掛ける。
「麻生さん、今日もご主人いないのかい?」
「はい、年末も年始もウチではほとんどわたし独りきりなので。」
おばさんは高笑いして言った。
「お子さんでも出来れば賑やかになるかもね!でも大変だけどね。」
無駄口をきいてる間に、餅つきが始まった。
「おっ、始まったよ。捏ねるの頑張って、麻生さん。」
「ええ!」
イヨは臼の前にひざを曲げてしゃがみ込み、杵でつかれた餅をリズミカルに捏ね回す。
「はい、そ~れ、ぺったんぺったん!」
掛け声をかける婦人会の女性たち。
「そ~れ、ぺったんぺったん!」
しばらくすると休憩が入った。
「麻生さん、あんた捏ねるの上手だね。器用な子だよ。」
声を掛ける女性。
「昔から実家でも手伝っていたので。」
「そうかい。少し休んで向こうのテーブルに来なさい。餅あるから食べておいでよ。」
「はい、ありがとうございます。」
イヨは手を休めると、餅が丸められているテーブルへとやってきた。婦人会の人たちがせっせと餅を丸めている。
「熱いうちに食べな。口やけどに注意するんだよ。」
イヨはもらった餅を食べる。
「あちあち!」
餅の熱さに悶えるイヨを見て、皆は笑った。
「大丈夫かい?」
声を掛ける女性。
「はい、大丈夫です!」
そう言うと、イヨは餅を飲み込んだ。
「麻生さん、あんた海軍さんの妻なんだって?」
「ええ、そうです。」
「軍人さんの奥さんっていうのもいいのね~。何でもそろってるだろうし、お金にも自由がきくし、毎日お茶でも飲んでお出掛けばかりでしょ?」
「いえ、そんな毎日は・・・。一応部屋のこともやっていますから。」
「部屋っていったって一間だけじゃないか。」
そう話しているうちに、住職さんがイヨに声を掛けてきた。
「イヨちゃん、こっち来な。ぜんざい食いな。」
「あ、は~い!」
イヨは場所を移動する。この寒さにぜんざいは逸品だ。
「たらふく食いなよ!」
それを見て笑う女性。
「人気者なんだねぇ。」
イヨはどこへ行っても愛される、素直で働き者ゆえ、人間関係は上手な子であった。
それから数週間後、イヨは美容室に行き、初めて髪にパーマをかけた。そして、お寺に戻る。
夜遅く、計佐治が仕事から帰ってきた。
「あっ、お帰りなさいませ。」
しばらくぶりに顔を合わせる二人であった。
「パーマかけたのか?その髪は。」
「え?は、はい。」
部屋に入ると背を向けて軍服の羽織りを脱ぐ計佐治。
「あの、ダメですか?」
「いや。」
少し不機嫌そうな表情の計佐治はイヨのほうを向くと、こう言った。
「イヨ子、今度鹿児島の種子島の海軍学校へ転勤することになった。」
「え?」
キョトンとするイヨ。
「引っ越しするぞ。用意しておいてくれ。」
海軍軍人の転勤が多いというのは噂通りだけれど、夫である計佐治は仕事のことになると、その内容は一切語らず何も知らないまま引っ張り回されることが多かったイミであった。計佐治が種子島へ行っている間、イヨは北九州の八幡にいる叔父夫妻のところで、しばらく待つことになった。
その後、しばらくして、イヨと計佐治は長崎の佐世保へと移った。佐世保は西日本の中でも大きな軍港と海軍基地があり、海軍の街として有名らしいが、この頃は戦時中にも関わらず米軍による戦火の被害などの気配はまったくなかった。




