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思い出  作者: 大隈健太郎
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     6


 横須賀に来てからは、イヨの日常はいつも通りお寺の部屋に独りきりの毎日が続いた。イヨはあまり部屋を出なかった。ずっと暇な日が続く。

 本当に今は戦時下の真っ只中なのか。

 たまに計佐治の前の下宿先のおばさんのところへ遊びに行ったりはしていたが、あとは出かけるとすれば買い物くらいなものだった。

いつもというか、現在日本は戦時下であって、日本の男性はほとんどが戦地に赴いているので、ここではあまり男性を見かけることはなかった。しかし、そんなご時世でも街は平和で、戦時下を思わせるような感じは不思議としなかった。

 

 軍人の妻であるイヨはお金にだけは困らなかったので、時々、劇場に映画を見に行ったりしていた。退屈しのぎには丁度良い娯楽だった。

 計佐治はたまに帰ってきたが、ろくに話もすることはなかった。

 いつまでこの生活は続くのだろうとイヨは思った。

 

 イヨはある日立ち寄った本屋で、洋裁や編み物の本を見つけた。

これだ!と、イヨは思った。

 本を買って帰ると、翌日から毛糸や布生地を買い集め、洋服作りにハマり込んだ。

 お寺には、イヨたちだけでなく、住職の子どもたちもいるので、子供服から始めることにした。これから秋になり肌寒くなるので、厚手のブラウスやらセーターを作ってあげた。

 イヨの作った服は、子供たちに大好評だった。昔から手先が器用であったイヨは、すぐに裁縫を覚えた。そして、せっせと服やズボンを何着もこしらえた。これがイヨの趣味となり、彼女の作る服は、近所でも評判になっていた。


 秋に入ると、やはりというか、少しずつ肌寒い風もよく吹くようになってきた。

イヨは洗い物をしていた。

 と、突然後ろから計佐治が声を掛けてきた。

驚いて背中が跳ねるイヨ。

「ど、どうしたんですか?」

 計佐治はイヨから目をそらしながら言う。

「イヨ子、今日は非番なんだ。鎌倉にでも行って、大仏見に行かないか?」

「え?は、はい。」

 また、突然の誘い。それでもイヨは嬉しかった。

 イヨと計佐治は出かけるための支度をした。

いつも突然なんだなぁ、と思うイヨだったが、こういう時こそ一緒に出掛けるというか、夫婦なんだなと改めて感じた。

 

 鉄道を使って鎌倉へやってきたイヨと計佐治。相変わらず歩く足の速い計佐治は、どんどんイヨの先を行った。それに追いつくために小走りするイヨ。

 なんでいつもそんなに先にどんどん行っちゃうんだろう?

イヨのほうが歩き疲れてしまった。

 しかし、「嫌がらせのつもりかぁ?」とは言えないイヨ。 

ようやく鎌倉の大仏の前にやってくる二人。

大きいなぁ。

 荘厳に佇む大仏に、手を合わせるイヨ。

これからも父や母、下の子たちみんなが健やかでいられますように。

 イヨはお祈りをした。

そして隣にいる計佐治の顔を見た。顔をそらす計佐治。

 イヨは、そんな計佐治のことを、軍人として感情を表に出さない夫の内面は、少々照れ屋なのかもしれないと思い、少し笑った。

「イヨ子、腹減ったか?何か食べるか?」

「はい!」

「そうか。じゃ、行くか。」

「ええ。」

 大仏をあとにする二人。

「また、帰り遅いですか?」

 さり気なく聞くイヨ。

「ああ。」

 二人のこの生活は、年末まで続いた。

 そして、年が明けてもまるで生活に変化はなかった。

 軍人の妻とはそういうものか・・・。


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