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思い出  作者: 大隈健太郎
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     5


 洛山区にイヨがやってきて、一か月以上が過ぎた頃だった。計佐治の都合で急にそこをあとにすることになった。それこそ、谷崎さんに別れを言う時間すらなくである。イヨと計佐治は自分たちの荷物をまとめると、鉄道を使い、清津をあとにして南下していった。そして日本の横須賀へ行かなければならなかったのだ。


 横須賀・八月下旬

 

 とあるお寺へ、イヨと計佐治は荷物を持ってやってきた。

「イヨ子、今日からここにお世話になる。住職さんに挨拶するぞ。」

「はい。」

 お寺の住職の人が、寺で一部屋空けて待っていた。

「おお、お着きになられましたな、海軍さんの・・・。」

「お世話になります。」

 おじぎする計佐治。イヨもつられてペコリとおじぎした。

「どうぞ、上がってください。お疲れでしょう。部屋に荷物を置いていただいてけっこうですよ。」

「ありがとうございます。」

 イヨと計佐治は案内された部屋へ入ると、重い荷物を置き、背伸びをする。

「イヨ子、俺はこれから前以上に忙しくなるから適当にここで世話になっていろ。帰らぬ日もあるが、気にするな。」

「はい。」

 イヨはうなづいた。

 今現在も、日本はアメリカや中国と戦争をしているのだ。海軍軍人である計佐治も今は一番あわただしい時期なのかもしれない。やはりここでも、そっとしておこうと思うイヨであった。

 

 計佐治は以前にも、ここ横須賀にいたことがあったらしい。当時の下宿先のおばさんのところにも連れていかれた。そんなに古くない二階建ての家で、下宿先のおばさんに紹介してもらった。

「は、初めまして、麻生イヨです。」

「はい、初めまして。計佐治さんが嫁っこもらうとはね。かわいい子じゃないか。」

「いえ、そんな。」

 イヨよりも顔を赤くする計佐治。こんな表情、初めて見たと思うイヨ。

「日本が戦争中で、今は何かと大変だろうけど、若いうちは苦労しておくもんだよ。二人で頑張ってやっていってみな。」

「はい。」

 大きくおじぎをする計佐治。

 

 間借りしたお寺の一室へ戻った二人は、せっせと持ってきた荷物を広げる。

「イヨ子、俺の仕事上、こういう転属はこれからも何度かあると思う。そのことだけは気に留めておけ。それと、帰りも遅くなったり、泊まりもこれからも多くなるだろうから、あとはお前の好きにしてていい。しばらくは留守を任せることになるだろうが、よろしく頼むぞ。」

「はい。」

 そう言うと、計佐治は荷物の中の大事な資料の数々を整理し始めた。

  イヨも自分の時間が持てるだろうし、これからは少し自分のための何かをしようと思った。



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