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かくして、これからイヨと計佐治の共同生活は始まった。
夜に朝鮮の人が大家をしている家に戻ったイヨと計佐治。イヨは割烹着を着て夕食の準備を始める。煮大根とお味噌汁は得意だった。
「計佐治さん、煮大根はお好きですか?」
まだ夫に慣れないが、ギクシャクしまいと会話を振ってみるイヨ。
「そうだな。」
返事はあっけないものだった。黙々と料理をちゃぶ台に並べると、二人は無言の食事をした。
イヨは昔から働き者だったので、実家の小国ではそこそこ評判が良かった。そんな中で縁談の話が来ても、決して不思議ではなかったのだ。近所に住んでいた計佐治も何度か幼いイヨを見かけていたらしい。しかし、その頃は二人はお互い面識というものがなかった。
計佐治は小学校の教師にでもなろうと思っていた。しかし、片田舎の育ちなので、自分が思っていた以上に教師になるにはレベルが高く、合格点を取ることが出来なかった。当時は農家の次男坊は家を出ていかなければならない運命だったので、次に考えたのが、計佐治が自分で志願して日本海軍に入ることだった。十九の頃から八年以上の兵歴の中で、現在は海軍の下士官で、上等兵曹の位に就いていた。イヨは彼のそれ以上のことは何も知らなかった。
「明日は、帰らん。」
食事をしながら、計佐治は独り言のようにボソッと言った。
少し黙ってからイヨは反応して返事をした。
「はい、分かりました。」
食事が済んで、イヨが台所で洗い物をしている間も、お互い無言だった。計佐治はイヨに背を向け、胡坐をかいで座っている。
男の人とはああいうものかと、イヨは計佐治の方をちらちらと見ながら思った。十歳も歳が離れていれば、そうならざるのも無理はないかもしれない、そっとしておこう。そう思うイヨであった。
寝る時になって、イヨは計佐治の布団を一つ借りた。まだ小国の実家から送っておいた自分の布団が届いていなかったからだ。二人は初めて二人だけで布団を並べた。計佐治は眠るのが速かった。大きないびきをかいて一人で先に眠りについた。
イヨは横になると、天井のシミを数えていた。やがて自分もいつの間にかウトウトとなって、明日を迎えた。
翌朝、計佐治は早くから仕事に出かけた。
イヨが起きるともう計佐治の姿はなく、日がな一日ぼーっとしていると夜遅くになって、やっと彼が仕事から戻ってきて、すぐに食事を済ませると、それからもう就寝。夫、計佐治の一日はずっとこんな感じであった。軍人というものは、いつもこんなに慌ただしく忙しいのかと思うイヨ。それはやはり、今が戦時中であるからなのだと思った。アメリカやイギリス、中国と戦っているのだ。それは軍はいろいろてんてこまいになるであろう。計佐治もその一人なのだ。理解してやらねば。そう感じるイヨ。
それから一週間が過ぎた頃、イヨに電報が届いた。羅津という、ここ洛山区からさらに北へ行ったところにある町の駅からだった。それによると、送っておいた自分の布団が洛山区ではなく、その羅津に届いていたことが分かったのだ。イヨは慌てて書置きを置いて、鉄道で羅津まで一人で布団を取りに行った。羅津までは半日で着いた。そして駅で布団を受け取ると、近くの小さい旅館で一晩を過ごした。
汚い部屋だった。それでも安い宿泊代なので、仕方なくそこに泊まった。一晩経ち、朝目が覚めた時、イヨは我が目を疑った。よほど衛生管理の悪い旅館だったのか、寝ている間に着物の懐に大量のシラミが湧いてて、卵まで産まれていたのだ。悲鳴を上げて飛び起きると、すぐに手でシラミを払った。着替えを持ってこなかったので、イヨはその状態のまま帰路についた。
家にたどり着くと、すぐに別の着物に着替えてシラミの湧いた着物を洗った。しかし、シラミは水では死なず、お湯に浸けたあと、一匹ずつその死骸をつまんで捨てた。計佐治が帰ると匂いに気づかれたのかこんな一言が待っていた。
「お前、臭いぞ。シラミでもいるのか?」




