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思い出  作者: 大隈健太郎
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 日本・博多港

「それじゃあ、わたしは故郷の長崎へ帰るから、元気でね、イヨちゃん。」

「はい、谷崎さん!お手紙書きますね。さようなら。」

 苦労を共にした二人はそこで別れた。

 終戦の時から肌身離さず持っていた小金で銭湯に行き、旅の汚れをぬぐったイヨは、残りの金で熊本行きの汽車の切符を買った。

 

 熊本の阿蘇に着くと、イヨは歩いて田園地帯が広がる道を歩いた。バス停まで歩く。

 もうすぐ家だ。嫁いでから約二年半。長いようで短かった。そしていろいろあった。いろんな人に会えたし、いろんな苦労をした。

 父や母はどうしているだろう?

 イヨは今、嫁いだ時の道のりを戻っているところだった。行きつく先は実家。それまでの記憶が景色のように振り返られる。

イヨはバス停に着くと、少し待ち、小国行きのバスに乗った。そこで偶然、近所のタバコ屋の息子さんと顔を合わせた。

「あっ、あんたイヨちゃんじゃないか!麻生さんトコの!あんた生きてたんだぁ。」

「お久しぶりです!」

「今、引き揚げてきたの?」

「はい、どうにか。」

「皆で言ってたんだよ。もう生きちゃいないかもって。戦争も終わってロシアが参戦してきて、みんな連れてかれたんだろうって。」

「じ、実は、夫が・・・夫は連れていかれました。ロシアに。」

 しばしの沈黙が走る。イヨにだって思うところはあるのである。しかも自分だけ戻って来て、何の感情もないわけがない。

「そっかぁ。そういや実家には?」

「まだ知らせていません。わたしが生きてることを。」

 少し笑うイヨ。

 

 そして先にバスを降りるタバコ屋の息子さん。

 どうも後で聞いた話なのだが、彼がバスを降りた後、イヨの実家へ知らせに走ってくれてたらしいのだ。

 そうとは知らず、みんなを驚かせてやろうと何の連絡もしないままイヨは実家に向かっていると、なぜか夫、計佐治の兄の嫁さんが実家に続くトンネルの前で待っていた。

「どうして?お義姉さん。」

「生きとったんやね、イヨ。みんな喜んでいるよ。一緒に家まで帰りましょう。あんたのお母さんも待ってるのよ。さあ!」

そして義姉と一緒にトンネルを抜けて、しばらく歩くと川の上にかかる橋の上で、母が立って待っているのが見えた。。

「イヨ!」

 その声で、イヨは急に涙を浮かべて走り出した。そして橋の真ん中で、再会し、母と抱き合う。

「イヨ!」

「おっかしゃん!」

「イヨ、帰って来てくれたんだね。生きてたんやねぇ。ホントに、ホントに・・・・・!」

「うん、おっかしゃん!ただいま。」

「お帰り、イヨ。」

 橋のちょうど真ん中で、二人は強く長く抱き合い、親子愛をそこで露わにした。 

周囲では、橋を囲む人だかりができていた。まるで映画の一シーンを見てるようだと言う者もいた。もらい泣きする野次馬たち。

誰かが言った。

「イヨちゃん、死んだと思っていたのに生きとったんだわ!」



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