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朝鮮半島に再び再赴任となった夫は、軍の都合で先に現地に渡り、イヨもすぐに後を追った。
その数日後、佐世保は米軍による爆撃を受け、海軍の街は火の海になったと報告が届いた。イヨも計佐治も巻き込まれなかったのはほとんど偶然であった。これは終戦の二か月前のことである。
昭和二十年六月 洛山区の外れ(以前いたところより少し西の方)
大雨の中、鉄道で再び洛山区へ戻ってきたイヨ。駅には計佐治の部下が迎えに来ていた。
「麻生さんですね。海軍兵舎のところまで一緒に行きましょう。」
「は、はい。ありがとうございます。」
軍人の妻は、やはり何かと優遇されていた。
イヨはしばらくの間、兵舎で生活することとなる。
それから平穏な日々が続いた。
買い物に市場に行くと、なじみの顔を見かけた。
「谷崎さん!」
呼び止めるイヨ。
「まあ、おやイヨちゃんじゃないの!こっちに戻って来たの?」
「はい、今は海軍さんの兵舎で暮らしてます。」
「またよろしくね。」
「はい!」
イヨ自身、直接戦争には関わらなかったが、それでも今もどこかで戦いは行われていた。計佐治も軍人であるし、戦争をしている。それが軍人の務めであるからだ。イヨはそんな戦争の事情に振り回されながらも、日常を過ごしていた。
そして、世界を巻き込んだ残虐な大戦の一つの終局のともしびが、二発の米軍による新型爆弾により終わりを告げたことを知ったのはそれからしばらくしてからだった。
数日後、ポツダム宣言の日まで、イヨは洛山区で平穏な日常を過ごしていた。
その日の夕方、計佐治は突然、血相を変えて戻って来た。
「イヨ子、島に行こう!そこに海軍の兵舎がある。一緒に行くぞ!」
「え?」
それはイヨにとっては急な話であったが、急いでイヨは荷物をリュックに詰めた。
イヨには何が何だか分からなかった。
「一体どうしたんですか?」
「ああ、終戦だ。日本は負けた!」
「え?」
驚きのあまり、イヨは体が固まってしまう。
「もう日本は東京も大阪も広島もやられた。軍が南で船を手配している。一旦基地に戻って、それからそれに乗ろう。この機に乗じてロシアも動き始めた。奴らがじきに南下してくるんだ。とにかく島へ行くぞ!」
計佐治はそう言うと、自分の分の最小限に逃げるための荷物をまとめた。
たぶん、日本へ戻るのだろう。しかし、軍隊では逃げるということは、その言葉でさえ口にするのは禁句だったので、イミはそれを口には出さずに黙って肌で感じ取った。やはり、日本へ戻るのだ。
イヨと計佐治は用意されていた兵隊の乗る小型トラックへと走った。相変わらず計佐治は足が速く、イヨの先をどんどん行ってしまう。それに必死についていくイヨ。
トラックの荷台には谷崎さん夫妻が先に乗っていた。そして皆でトラックで南へと目指した。