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3話

「とにかく一旦この島を出るべきではないですか。玉坂さんと五月さんの議論のなかに出てきた外部犯がこの島のなかにいるのであれば、それこそ先決です」


 リカルドさんが言った。


「――おそらくですが、このメンバーのなかにはアリスさん、イリスさんのほかにクルーザーを運転できる人間はいないのではないでしょうか。しばらくはカーマイクルさんが戻ってくるのを待ったほうがいいかもしれません」と抜道さん。


 瞬間、広間に悲壮感が漂う。あと何日こんな状態で過ごさねばならないのか。そういう思いなのだろう。


「とりあえず検死と双柳姉妹(なみやなぎしまい)の手荷物の検査を行うべきではないですか」と土塁が進言し、議論は一旦落ち着いた。「可能であればほかの皆さんの手荷物検査も行いたいところですが」


 確かに。そもそも今の玉坂さんと五月の議論自体手荷物検査をすれば一発で決着がつきかねない問題だ。


「嫌よ。そんなのプライバシーの侵害だわ」と趙が言った。


「まあまずは検死と双柳姉妹の手荷物検査だけでもやるべきですね。各々の手荷物検査が必要かどうかはそのあとでしましょう。検死は医者である瓶子君と探偵である明智さんにお願いしたいところですがよろしいでしょうか」


 抜道が額の汗をぬぐいながら言った。彼はメンバー内でも落ち着きがあり、リーダーにはもってこいの人間だ。


 しかし同時に争い事を好まない性格でもあり、他人同士が争っているのを見るだけでも胃がキリキリしてくるのだという。今の状況はかなりストレスだろう。


「瓶子君と明智の御嬢さんに任せるのは問題じゃないですかね」と玉坂さん。


「なんですか、玉坂さん。まだやられ足りないんですか」と五月は喧嘩なら買うぞとばかりに立ちあがってすごむ。


「勘違いすんな。そういう意味じゃねえよ。確かに俺の瓶子君犯人説は話にもならなかったかもしれないが、それでも今この状況で俺達が犯人かもしれない確率はそれぞれ同等程度ってところだろ。

 それなのに職場以外でも付き合いがある君たち2人で検死するというのは問題じゃないか?

 何より君たちの職業から言って君たちが検死する流れが自然なのが問題だ。検死の際に証拠を隠滅することを織り込み済みでトリックを組み立てることができる。

 まあつまり君たちが証拠を隠滅する可能性がある。あるいは後になって君たちが証拠を隠滅したとあらぬ疑いをかけられる可能性がある」


「――ありがとうございます」と言って五月は座った。


 ありがとうございます? 言われた玉坂さんもきょとんとしている。


「ま、というわけで可能なら全員でやるべきだと思うがね」と玉坂さん。


「ちょ、ちょっと待ってください」と登場さんがその顔をさらに青白くさせながら言った。「私実は血が大の苦手でして、できれば検死に立ち会うのだけは勘弁させていただきたい」


「まあそういうことなら無理にとは言わないが、それでよく推理小説が読めますねえ」と玉坂さんは呆れたように言う。


「文章で想像するのと、実物を目の当たりにするのは訳が違いますよ」


 玉坂さんはそういうものか、と納得した風に頷いた。


「じゃあ希望者。こういう言い方をするとまるで猟奇趣味のようですが。自分の目で確かめないと納得のいかない方だけということにするのはいかがですか」と土塁さん。


「いやいくら非常事態とはいえ、あまり不特定多数の男性の目にご遺体――もちろん手荷物もですが――を晒すのは反対です」と五月は言った。


「なるほど。確かにそうだ」と抜道さんが言う。「では検死のほうは女性陣全員と瓶子君で、双柳姉妹の手荷物および部屋の検査は主に女性陣で行い、問題ないと判断された部分だけ希望する人間も立ち会いのもと行うということでいかがでしょうか」


「すいません。私先程からとても体調が悪くてもしよろしければ部屋で休ませていただけないでしょうか」と趙さんが言う。


「いいんじゃないですか。遺体見て更に気分悪くなられても瓶子君も困るでしょう」と玉坂さん。


 検死。部屋と手荷物の検査。趙さんの休養はいずれも満場一致で可決された。


++

 こつん。僕の頭を何かが叩いた。閉じていた眼を開けると最初に飛び込んできたのは鳶色の髪の毛。僕はぼやけた目をこする。うん、やっぱり五月だった。


 五月の右手には深緑色の手帳がある。どうやらあれで頭を叩かれたらしい。


「何するんだよ。せっかく気持ちよく寝てたのに」


「あんたこそ何してんのよ。ここがどこだか分かってんの?」


「どこって」僕は辺りを見回して確認する。「マイルズ島にあるカーマイクルさんの別荘、そこの大広間だろ」


「そこまでわかっててなんでわからないかなあ。呆れてものも言えない」


 五月に限ったことではないが、人がこういうとき実際ものを言わなかった試しを僕は今まで経験したことがなかった。


「人が2人も死んでるのよ。あんたはさ。お人よしだからこのなかに犯人はいないとか考えてるのかもしれないけど、そうだとしてもこんな無人島どこに誰が潜んでてもおかしくないんだから。

 そんな油断してるといつ殺されてもおかしくないわよ」


 言われてみればそうだ。とはいえ犯人として名指しされた緊張と検死、加えて二日酔いのせいですっかり疲弊しきっていたからな。仮に時間が戻ったとしても僕はもう一度寝る自信があった。


「検死お疲れ様」「ああ」


 検死の結果、アリスさんとイリスさんは間違いなく青酸中毒であることがわかった。加えて胃のなかの料理の消化具合から考えて死亡推定時刻は3時から5時の間。昨日解散になったのは2時過ぎだから。


 あれからあまり時間を立てずに彼女たちは亡くなった可能性もある。


 あと検死をして死亡推定時刻がわかったことによって五月が指摘しなかった玉坂説の矛盾点が僕にも見えてきた。


 まずあの宴会騒ぎのなかで誰もがアルコールを摂取していた。アリスさんとイリスさんもだ。


 風邪をひいている人がアルコールを摂取するだろうか。まあせっかくのバカンスだしちょっとぐらいと思った可能性もある。それに風邪というのはあくまで例えばの話であって、薬と偽って毒を飲ませる方法はそれだけではないだろう。


 だが今一つの問題点はどうだ。アルコールを飲んだときは薬を飲まない。これもまた医学における大原則だ。2時までアルコールを飲んでた人間が翌朝ならまだしもその日のうちに薬を飲むだろうか。


 だが所詮こうした推論は玉坂説やそれに対する五月による批判と同じ問題を抱えているような気もする。結局のところは犯人やアリスさん達の思考パターンや知識を勝手に推論し、それを前提にしているのだ。


 例えばアリスさん・イリスさんは青酸カリを飲んだ人間の死にざまについて知識がなかったかもしれない、アルコールを飲んだときに薬を飲んではいけないと知らなかったかもしれない。


 犯人にしても五月が考えたように後先のことをそれほど深くは考えていなかったのかもしれない。


 結局のところこの推論の仕方で犯人を特定したとしても決め手にかけるのではないか。そう思えてならなかった。


 ちなみにアリスさんとイリスさんの手荷物と部屋を改めた結果、化粧品などいくつかの毒を入れられそうな容器が出てきたが、いずれも中身が入った状態であり、そのいずれも青酸カリではなかったという。


 これもまた僕等を悩ませるものの一つだ。自殺であれば空の容器なり青酸カリの残りなりはどこに処分したのだろう。


 窓から適当に放り投げればとりあえずは見付からないかもしれないが、自殺をしようという人間がそんな風に凶器を隠滅する意味があるだろうか。したがって自殺説に対しては消極的にならざるを得ない。


 自殺ならよかった。というわけではないが、自殺であればとりあえず周りを疑う必要はなくなる。


 あともう一つの心配は、


「なあ、ドタバタですっかり忘れていたが、カーマイクルさんはどうしたんだろう」


 僕等の愛すべき上司、カーマイクルさん。双柳姉妹の話では昨日のうちには帰ると書き置きを残していったらしいが。


「うーん、そもそもどうやって戻ってくる気なのかしら。カーマイクルさんのクルーザーはこっちにあるわけだし。まあ電話線さえ切れてなきゃ電話して迎えに来てもらうって手もあるか」


「いや手はあるよ。去年僕はどうしても急な患者が入ってきてしまって一日遅れでこの慰安旅行に参加したんだが、そのときは地元の漁師に送ってもらったんだ。もちろんいくらかの報酬は支払ったがね」


「そういうことが可能なのであれば、何故カーマイクルさんが戻ってこないのかいよいよ謎ね」


「そういえば今の五月の話で思い出したんだけど、電話線が切られているんだよな」


「人為的なものかどうかはわからないわ。抜道さんは切られてるって言ってたけどね。私も一応見てみたけど、経年劣化とも判断できそうな断面だったわ。あるいはネズミか何か動物の仕業かも」


「でももし電話線が切られたのだとすれば、五月が言ったようなかかりつけの医者を含むここにいない人物が犯人っていう可能性は低いんじゃないか」


「そうね」五月はそれが何とでもいうかのような澄ました顔で言う。「そんな時限爆弾みたいなトリックを仕掛けておきながらわざわざここにも来るってのは考えにくいわ」


「気付いていたのか?」


「当たり前でしょ。それでもこの9人、カーマイクルさんをいれて10人以外のなかに犯人がいる可能性を強調しておきたかった。

 そうでもしないとまとまるものもまとまらないわ。それに玉坂さんもそのことには途中から気付いていたわよ、多分ね。私と同じような思惑であえて指摘しなかったんじゃないかな」


 あのやり取りの中そこまでの盤外戦があったとは。僕は2人の推理力に舌を巻く思いだった。


「電話線が人為的に切られたと仮定して、その目的のほうが気がかりだわ。アリスさんとイリスさんを殺害するだけなら電話線を切る必要があるかしら。犯人の狙いはまだ何かあると見るべきでしょうね」


「犯行はまだ続くってことか?」


「そこまではまだ何とも言えないわ」

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