8話 トレーニングウェアと神対応!
「服がないんだ!」
オレは朝食の目玉焼きを咥えているティフシーに言った。
オレはこの世界に来てから、店にあったトレーニングウェアを借りて、元々着てた服と着回していたのだが、そろそろ限界だ!
Tシャツは太ってた頃のサイズなのでぶかぶかだし、トレーニングウェアは妙にピチピチしてる。
常に全身タイツで生活してるような気分だ!
「え、服ならいま着てるじゃないですか? 大丈夫ですよ。私にはちゃんと見えてますから。素蓋さんは裸じゃないです!」
「そういう意味じゃないよ!? 持ってる服が足りないんだよ。快適なスウェットとか、Tシャツが売ってるユニク◯みたいな店はないかな?」
ティフシーの目がキランと輝いた気がした。
獲物を見つけたハムスターみたいな目だ。
「ありますよ! ファッション専用のスポーツショップなら、Tシャツもジャージもトレーニングウェアも売ってます! 私が道案内してあげますよ!」
「ありがとう、ティフシー。トレーニングウェアはいらないけどね」
「え、トレーニングウェアはぴったりしててセクシーなのに……」
「だよなっ! ちょうどトレーニングウェアを買い足そうと思ってたところなんだ! やっぱりあのピチピチがクセになるんだよ~!」
「そうですよね! 加圧効果でトレーニングの効果が増えますからね! じゃあ、一緒にトレーニングウェア買いに行きましょう!」
ティフシーの好感度を上げようとしたオレは、ピチピチのトレーニングウェアを買いに行くことになってしまった!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オレとティフシーはスポーツショップにきた。
かなり広い店内で、店員の人数も多い。あちこちで商品を宣伝してるようだ。
「やぁ、そこのボーイ&ガール! こいつを見ていってくれ! 『深海五千メートル』という名のトレーニングウェアさ! 圧力は脅威の三十キロ! 着るのに二時間~三時間はかかる! その効果は絶大で、疲労回復や、トレーニング効果の増大が期待されているぞ!」
マッチョの店員がさっそく、風船みたいな黒いゴムの塊を持ってきた。
これで疲労回復はウソだろ……!
圧力三十キロって、二分で体力が底を尽きるぞ!
「いや、オレは初心者だから、もうちょいゆったりしたのでいいや」
「じゃあ、こちらはどうですかい?」
店員が持ってきたのは、脱ぎ捨てた靴下みたいな、黒い糸くずだった。
「こちらは伸縮性の高い生地でできた『バンジーシルク』シリーズの新作さ! 高い伸縮性があって十倍に伸びるぞ」
「そんな特殊エフェクトいらないから、普通の服はないのか!?」
ある意味で異世界の服っぽいけど、せめて服の形状してる服が欲しい!
「素蓋さん! 私のオススメを持ってきましたよ~っ!」
ティフシーが青いTシャツっぽいものを持ってきてくれた。サイズは普通で、ちゃんと服の形をしてる。関節部分に縫い目があって、ちょっとアーマーっぽいデザインだ!
「ありがとうティフシー! これカッコイイな! 気に入ったよ!」
「いえいえ!」
ティフシーはほっぺたに手を当てて、体をくねらせた。かわいい。
ティフシーは普段からワンピースとか着てるし、マッチョな店員よりセンスはよさそうだ。
「いいチョイスじゃないかガール! そいつは『アンブルーム』というブランドさ! 生地は柊の枝に、白馬のたてがみが編み込んである。そして関節部分はヨモギアンコウの鱗を使ってるのさ! 特徴は細くて頑丈、よくしなる!」
「ハリポタの杖みたいな紹介だな」
奇抜な素材使いすぎだ。トレーニングウェアにそんなファンタジックな一品は求めてない。
「でも、見た目カッコイイし、サイズも丁度いいし、コレにしようかな~」
……と、値札を裏返してみると、
「えっ! 七百ケツァル!?」
なぜ金の単位が地球のグアテマラと同じなのかはさておき、予算オーバーだ!
オレの手持ちは三百ケツァル。日本円にして三千円くらいしかない。
「残念だけど、これは諦めるしかないな」
素材がムダに豪華なだけはある。
白馬のタテガミ抜いていいから、三百ケツァルにしてくれないかな?
などと考えていると、
「ハッハッハ! 金が足りないなら、割引サービスがあるぞ!」
「割引サービス?」
店員は店の中央にあるステージのような場所を指さした。
一人のマッチョがそこでボディビルダーのようなポーズを取り、周囲の客から『ナイスマッスルーッ!』などと歓声を受けている。
え、なにあれ……。
「マッチョ割引サービスさ! 欲しい服を着て、上手くマッスルをアピールできれば、割引されるのさ! 商品の宣伝になるからね! ただし、失敗したらその服は買い取ってもらうぞ!」
「なんだそのサービス!? 斬新だな!」
この世界では普通なのか!?
「でも、どっちにしてもオレは金ないから、挑戦できないな。失敗したら買い取れないし」
「分割払いで大丈夫さ!」
店員が言うと、ティフシーがオレの腕をちょんちょんと突いた。
「きっと素蓋さんなら大丈夫ですよ! 私は素蓋さんのカッコイイところ見たいですっ!」
「フッ……オレの着こなしを披露するときがきたか」
調子に乗ったオレは、速攻で引き受けた。
さっそく試着室に行って、ティフシーの選んでくれた服を着る。
「おぉ……見た目カッコいいし、着心地も抜群だ!」
Tシャツはピッチリしてるけど、それほど圧迫感はなく、シルエットは抜群。生地のさわり心地もいい。さすがティフシー、ナイスチョイスだ!
「よかったです! ちなみに、私も学校で着るトレーニングウェア、試着してみましたよ!」
「えっ」
振り返ると、ティフシーは黒いTシャツを着ていた。ダイビング用の水着のようにピチピチしてる。
色気のない無地の黒。しかし、全裸のように、ボディラインが丸見えだ。これほどティフシーの曲線美を堪能できる服はないかもしれない。
おまけに生地はきめ細かく、若干の光沢があり、胸の丸みを光の反射で表現している。
これは……マニアックだーッ!
「ちょっと窮屈ですね~。これはあとで脱ぎますね」
「そ、そっか。似合ってるけどね!」
ティフシーのレアな姿が見れてよかったぜ!
「ありがとうございます! 素蓋さん、アピールタイムがんばってくださいね!」
「おーっ!」
ちょっとテンションが上がったオレは、意気込んでステージに上った。
買い物客たちからの視線が集まる。
店内がざわめき始めた。
「え、あのボーイがアピールするの? フフフッ。なかなか面白いジョークね!」
「ハッハッハ! 高値で買い取ることになるかもしれないぞ? 彼はなかなかのチャレンジャーだな!」
予想はしていたが、客からの第一印象は最悪だ。
やっぱりこうなったか!
もはやアピールするような空気じゃない。
しかし、マイクを持ったマッチョの店員がオレの隣に立った。もう後戻りはできない。
「ではさっそく! 『アンブルーム』の割引をかけて、マッスルアピールタイムだァアアアッ! アピール成功で大幅割引ッ! 負ければ買い取りッ! レディィィィィィスタートォオオオオーッッ!」
「クッ、こうなったら、やるしかないなッ!」
オレはなにも考えず、体の動くままに、地面を蹴った。
まずはバク宙ッ!
地面に足がついた瞬間、両足を広げる。
股は百八十度開き、床に尻がぴったりついた。
その瞬間。体を捻り、逆立ちで立ち上がる。
「ハッッ!」
両腕をバネのようにして跳ね起きると、今度は前宙からの片足着地。
天井にキックするようなアクロバットを見せてから、最後にムーンウォークをして、ピタッと止まった。
オシャレに決まったぜ!
そして、次の瞬間。
「ウォオオオオオオオオオオオオオッッッッッ! なんだあのトリッキーなマッスルはァアアアアアッッッ!」
「あんな素敵なマッスル始めて見たわっ! あのウェアもすごく似合っていてセクシーよ!」
「彼の着てるウェアはどこのブランドだい? 僕はあれのレッドが欲しいなッッッ!」
「俺はチャコールだ! 俺もあのウェアを着て、あんなマッスルになれるように明日からトレーニングするぜッッッ!」
客が一気になだれ込み、オレの着てた『アンブルーム』は一躍売れ筋になった。
定員はホクホク顔でオレに近寄ってくる。
「素晴らしいマッスルだったぞボーイッ! あんなエクセレントなマッスルを見せられたら仕方ない! 特別に、そいつの割引率は百パーセントさッ!」
「え、まじで!? 百パーセント!?」
「素蓋さん、よかったですね! さすがですっ! カッコよかったですよっ!」
ティフシーはぴょんぴょん飛び跳ねた。
さっきのピチピチウェアを着たままなので、絶妙に締め付けられたおっぱいが、プルッと小刻みに揺れる。
やっぱりマニアックだーっ!
「ま、ラッキーだったぜ! ちなみにティフシーはそれ買う?」
「いえ、あの…………実は、言いにくいんですけど……」
「ん?」
「実はこれ……脱げなくなっちゃったんです」
「え、マジで?」
たしかに、ティフシーの着てるウェアはかなり窮屈そうだ。しかも、生地はゴムっぽい。自力で脱ぐのは難しそうだ。
「困ったな。女の店員に手伝ってもらうか」
「いえ、さっき頼んだんですけど、脱げなかったんです。汗で生地が縮んじゃうみたいで、ピッタリしてて。素蓋さん、何かいい案ないですかね?」
「うーん、それなら」
オレが技術で脱がせるぜ!
って言いたいところだけど、それは完全にアウトだ。
仕方ない、ティフシーのために一肌脱ぐぜ!
「店員さーん!」
「なんだい、さっきのボーイ? 他に買いたい服でもあったかい?」
「おうっ」
オレはサイフから使わなかった五百ケツァルを取り出し、レジに置いた。
「あの子がいま着てる服、買うよ」
「えっ!」
ティフシーが驚きの声をあげる。
「ハッハッハ! ナイスなボーイフレンドじゃないか! まいどありっ!」
「サンキュー!」
オレは会計を済ませると、ついでに店員からハサミを借りて、ティフシーに渡した。
「はい。脱げないなら、切るしかないよ」
ティフシーは救世主を見るような、キラキラした目でオレを見上げた。
「す、素蓋さんっ! ありがとうございますっ! 素蓋さんはジェントルマッチョですっ!」
「ま、まあね……!」
あまり嬉しくない褒め言葉だ。
ハサミを受け取ったティフシーは、女性服売り場の更衣室に入る。
「あ、あの。素蓋さん。ちょっと待っててくださいね! 切るのはもったいないので、もうちょっとだけ脱ぐのがんばってみますから!」
「無理しなくていいよ?」
「いえっ! せっかく買ってもらったので、がんばります!」
「そっか、じゃあ待ってるよ~」
「はい!」
ティフシーは更衣室のカーテンをしめた。
オレは女性客からの視線を、『彼氏ですよ?』みたいな余裕の表情でやり過ごす。
しかし、次の瞬間。
「……んぁッ…………ハァ……ハァ……んッ…………だめっ……あっ……あンッ!」
え? これってまさか……。
ティフシーがウェアを脱ごうと格闘してる声は、明らかにあえぎ声だった。
女性客のオレを見る目が鋭くなる。
「え!? ちょ、ティフシー?」
「はぃ……ああんっ……素蓋さんっ……ダメっ! ハァ……ハァ……んっ……やっぱりっ……ダメですっ……」
ちょっと待てぇええええええええええ!
「いや、もう無理しなくていいから、とっとと切って」
「それはっ……だめっ……ですっ! ハァ……ハァ……素蓋さんッ……それはっ……んっ……あんっ!」
「いや、本当に無理しなくていいって! 無理しないでくださいお願いします!」
その後、ティフシーが自力でウェアを脱ぐまでの約二時間。オレは女性客の鬼のような目と、ティフシーの天使のような声を同時に味わった。