先行きは不透明
気がなんたらかんたらで、何故か幽霊にして実体化することになった私は早速問題に直面していた。
「ねぇちえ、なにを怖い顔して仁王立ちしてるの?はやくこっちにおいで」
先にベッドに入り奥につめて、布団を持ち上げて私を促す晴。智弥くんを家に招いたあたりから薄々気づいていたが晴は気が確かではない。
「おいでっていうか、二人じゃ狭いでしょう…」
自意識過剰のようで言葉にはしなかったが、幽霊であっても性自認はいまだ女であるし、しかも体がある。生前から彼氏いない歴=年齢だった私にとって、異性と同じベッドで寝ることはあまりにもハードルが高い。
「私ソファ借りて寝るから、晴はベッドで寝なよ」
「えー!ちえをソファでなんて寝かせられないよ!ね、俺寝相悪くないし大丈夫だよ」
全然大丈夫じゃない。一ミリも私の大丈夫じゃない部分が解決されていない。
「そりゃ晴の寝相が悪くないのは知ってるけど…」
「え!知ってたの?!」
「ずっとこの家にいるからね」
晴がなぜか少女漫画のようにかぁっと顔を赤らめて照れている。照れるポイントそこなの?
ふと、視界に入った時計をみるといつも晴が寝ている時刻になっていた。とりあえず、晴はもう寝かせなければ。
「私眠れるかわからないし、とりあえず先にベッドで寝てて?」
「え、どうして?前から夜は寝てたんじゃないの?」
「寝てたと言われれば寝てたし、起きてたと言われれば起きてたって感じかなぁ。今夜はそれに加えて初めて実体化してるわけだし、よくわからないんだよね」
うとうとはしても、幽霊になってから熟睡をした経験はない。眠れるかどうかわからないのは本当のこと。
「むー…そっかぁ」
私が晴と一緒に寝るのを断るために言ったわけではないということが伝わったようで、つやつやのほっぺをぷくっと膨らませながら渋々折れてくれた。晴がやると不思議とあざとくない。
「晴は明日も学校でしょう、早く寝ないと。ね」
「むむ…じゃあ俺は先に寝るけど、寝たくなったらいつでも俺の隣に入ってきていいからね!」
「ハハ…」
流石に何を言っているのかわからない。寝たくなったらソファで寝るに決まっている。でも言葉にしたら晴が寝ないことが目に見えていたので誤魔化しておく。あからさまな乾いた笑いも晴は見逃してくれたようだ。
「それじゃ、おやすみ!」
「はい、おやすみなさい」
おやすみと言っても、ワンルームなのでずっと視界にいる。寝顔を見られるのは恥ずかしいのか、晴は壁の方を向いた。
おやすみ、かぁ。晴が引っ越してきてから初めて聞く言葉だなぁ。
完全な幽霊だった昨日まで、「いってきます」や「ただいま」はいつも聞いていた。
相手が見えなくても言える挨拶と、相手が見えて初めて言う気になる挨拶があるんだなぁ。
明日からまた、晴にかけてもらえる言葉が増えてくのかな。
明日からは、晴の「いってきます」や「ただいま」にきちんと「いってらっしゃい」「おかえりなさい」って答えられるんだ。
それってなんだかすごく嬉しいかも。
晴はどんな顔するかな、なんて考えているうちにゆっくりと意識は微睡みの中へ吸い込まれていった。
ゆっくりと目を開けた。部屋は朝の日差しが窓から差し込んでいて明るい。ベッドを見ると晴は昨夜見たときとあまり変わらない体勢でまだ横になっていた。
晴はいつも一人で起きる。放っておいてもきちんと起きてくるだろう。のんびりと窓の外を眺めることにした。
「なんで起こしてくれなかったのー!」
「い、いつも一人で起きてるから大丈夫だと思って」
朝から髪の毛をふわふわさせた晴が大きな声で私に八つ当たりをする。
全然大丈夫じゃなかった。昨日まで確かに一人できちんと時間通りに起きていたのに、今日は寝坊した挙句私のせいにしようとしている。解せぬ。
「もー遅刻するー!」
わあわあと騒ぎながらいつもより慌てた様子で晴が玄関で支度する。イケメンは慌てて支度をしてもイケメンなんだなあ。
「いってきまーす!」
何も手伝えないままぼーっと晴を見つめていると既に出かける準備が整っていたらしい。
「はい、いってらっしゃい」
遅刻を心配しているというのに私の返事を待っていた晴はしっかりとそれを聞き遂げたようでふにゃっと笑って家を出ていった。
かわいいなぁ。私が晴みたいなイケメンに生まれたとしてもあんなにかわいい表情できる気がしない。
バタバタと忙しく出ていった晴を見たので、なんだか一仕事終えた気分になってしまった。実際には起きてのんびりと窓の外を見て、晴に寝坊の八つ当たりをされただけだったけど。
私はお姉さまと違って世話を焼くことができないみたいだ。世話焼かれ専門。
一瞬、居候みたいな形だし(私が元々住んでたけど)なにかお手伝いしたほうがいいかな?とは思った。思っただけだったけど。
世話焼かれ専門は「ご飯用意したほうがいいかな?パン焼こうかな?」と考えている間に対象にご飯を食べられてしまう。ワンテンポ遅いのだろう。
よくよく考えてみても、完全な幽霊だったときに晴にしてあげたことだって晴のお気に入りクッションを晴の定位置に置いておいたりする程度だ。きちんとした世話をやいたのは記憶にある限り、晴がびしょ濡れになって帰ってきた時だけだろう。
諦めよう。まあ、実体化だって晴が智弥くんに頼んてやったことだし私が実体化していることに気を負うことはないか。
「ただいまー!」
「おかえりなさい」
晴が小学生顔負けの元気の良さで帰ってきた。
そのままの勢いで私にぎゅっと抱きつく。
「ぐぇ」
「ただいま!ただいまー!」
さっき返事したんだけど…
成長期の男子の力強すぎてカエルが潰れるときのような声が出てしまった。幽霊なのになんで人間に締められなきゃいけないんだ。
「えらく上機嫌だね、何か学校でいいことあったの?」
「え?なにもないよ」
学校という単語を出した途端に機嫌が急降下してしまった。
以前までは友達がいるかどうかもわからない状態だったから学校があまり楽しくないのかもなぁと思っていたが、智弥くんという存在を知った今なぜそんなに機嫌が急降下するのかいまいちわからない。
結構心を許しているように見えたんだけどな。
「ちえ、今日は何してたの?」
「いつも通りぐうたらしてたよ」
「いつもぐうたらしてたの?」
「幽霊は暇だからね」
幽霊は暇だ。多分。忙しい幽霊とかもいるのかもしれないけど。神様みたいに会合みたいなものがあれば他の幽霊がどんな感じなのかも分かるけれど、なんにもないしこの家から出られないからなあ。
「実体化して何か変わったことあった?」
「今のところないかなぁ」
実体化したからといってできる事が減ったり増えたりということは、今のところない。新しいことを何もしようとしてないから、分からないだけかも。
「それよりも早く制服から着替えちゃいなよ。シワになっちゃうよ」
「あ、そうだった」
やっとぎゅうぎゅう攻撃から逃れることができてほっとする。あまり締められると苦しくてそのまま成仏しそうだ。
「ちえ、ご飯食べる?」
「えっ私ってご飯食べれるの」
二人してポカンとした顔をする。この空間にこの疑問を解決してくれる人はいないようだ。
「ちょっと智弥くんに聞いてみて」
「うーん、俺智弥の連絡先知らないんだよね」
「えっそうなんだ」
家に呼ぶくらいだから結構仲がいい友達なのかと思ってた。そっか、連絡先交換してないのか…この感じだとSNSとかも繋がってなさそうだなぁ。
「明日学校で聞いてみるね」
「うん」
「今日はどうする?」
「実体化する前は何も食べてなかったから食べなくても大丈夫だと思う」
「そっか、じゃあとりあえず俺だけご飯にするね」
「うん」
実際、今日は朝からなにも体に入れていないけどお腹が空いたり、のどが渇いたりということはない。トイレも行かない。アイドルみたいになっている。見た目がアイドルなのは晴のほうだけど。
我が家のアイドルは料理番組さながらにキッチンで自分のご飯を作っている。
本当に何をしていても絵になるなぁ。
ずっと晴を見つめるのもなんなので、テレビをつけてテレビを眺めた。
ストックがつきましたので、一日一話更新にする予定です。