佐藤晴について
智弥目線です
佐藤 晴は俺にとってはただのクラスメイトだった。
特に親しいわけでもないし簡単に言えば俺のなかでは"その他の人間"にカテゴライズされる程度のやつ。
学校全体でみれば佐藤は特別なのかもしれない。
そこらへんの芸能人よりも整った顔と、常に学年上位を維持する学力。しかも愛想がなく冷たい、と遠巻きにされる俺とは違って愛想がいい。話しかけられればどんな話題でも笑顔でうまく受け答えする。あと、一人暮らしをしているとかなんとか。佐藤くんたら家事もこなしちゃうのね!と女子が騒いでいた。
それで女子からはもちろん、男子からも好かれるような奴。
だから、いつもいろんな奴に囲まれて過ごしている。
でも、その中に佐藤 晴の彼女はおろか親友らしい奴も見当たらなかった。
あんなに人当たりもよくて非の打ち所の無さそうなやつなのに何故そういう存在が居ないのか気になったが、多分みんなにとって佐藤は非の打ち所がないからこそ観賞用みたいなものなんだろう。
佐藤もその事に関して悲観しているようには見えなかった。
人と話すときは笑顔を絶やさないが、話していないときはなにも感じ取れない無表情を貫き自分からは話しかけず最低限しか口を開かない。
佐藤のほうがむしろ、一定以上他人と親密になるつもりはないように見えた。
佐藤の笑顔はあくまで愛想の範囲から出ることは決してなかった。
はずだった。
珍しくどしゃ降りの雨が降った日の翌日のことだった。
少し佐藤の様子が変だった。いや、変だといっても俺のように普段から周囲の人間観察に勤しんでいないとわからないレベルでだ。
具体的に言うと、いつもよりぼーっとしている。
なにか考え事をしていて意識をどこかに飛ばしているといった感じだ。しかし、ぼーっとしていた
かと思えば途端に頬を緩ませる。なんだあの表情は。
偶然にもクラスの女子もあの佐藤の緩い顔を見たらしく、にわかに教室がざわついた。
だが、そのことにすら佐藤は気づいていない様子だ。いつもの佐藤なら敏感に察知しそうなんだが。
それほどまでになにか深く考えているのだろうか。
でも頬を緩ませるあたり、深刻な問題では無いのだろう。
深刻な問題では無いのにそれほどまでに意識を飛ばせる佐藤の考え事もなかなか気になるが、そこはやはり元々謎の多い佐藤であるから俺が推測したところで無駄なんだろう。
俺は(自称)観察者として黙っていつも通り眺めることに徹しよう。
そう決めた。
「黒埼、ちょっといいかな」
昼休み開始をつげるチャイムが鳴り終わってすぐ今日一番見ごたえのある観察対象(佐藤)に声をかけられた。
想定外のことで少し対応が遅れる。
「何?」
不覚にも不意を打たれた。(自称)観察者として観察対象に不意を打たれるなど非常に情けない。
ここで敗因をあげるならば、空腹で4限目から観察を怠り弁当のことばかり考えていたことであろう。
だから正直、佐藤の用もさっさと済ませて弁当に食らいつきたいというのが本心ではある。無意識に佐藤を見つめて先の言葉を促した。
「あ、あぁ…長くなるかも知れないから一緒に昼食いながら聞いてくれないか?あと、ここではちょっと……」
いろいろと気になるが、飯は食わせてもらえる様なので了承して席をたった。
「ここなら大丈夫か、なんかごめんな」
さて何処へ行くのやらと思いながらついてくれば、屋上へ繋がる階段の踊り場だ。
この学校はアニメや漫画なんかでよく見られる屋上解放は行っていない。腐ってもこの辺では名の通った進学校である。だからか裏庭程度はあるが手入れが行き届いていないので長居するのには到底おすすめできるスポットではない。
なので、教室や食堂以外で生徒が昼をとることは少ない。屋上前の踊り場にしたということは、よほど人に聞かれたくない話の内容なのだろう。
ここもまた掃除が行き届いているとは言えないが暴れるわけでもないので、埃も舞わないだろう。俺的には許容範囲内だ。
兎に角俺は空腹なので飯を食わせていただく。話を聞くだけなら食いながらでも良いのだ。
俺は座りやすい階段に腰かけて弁当をいそいそと用意しながら、また佐藤に目で話を促した。続いて佐藤も俺の隣に腰かける。
よく見ると佐藤は焼きそばパンを持っている。
なかなかいいチョイスだ。
佐藤は焼きそばパンの包みをはがしながら口を開いた。
「黒埼って家神社だったよな?」
話の切り出しにしては唐突過ぎて先が読めない。怪訝な顔をしご飯をもぐもぐと味わいながら首を縦に振った。
「それで……さ、」
佐藤が目を泳がせながらなかなか続きを言わない。
恐らく本題だ。神社関連のことを聞くのか?それだけのために人気のないとこまで連れてきたんだろうか。俺の実家が神社であることは別に隠していることでもない。
包みを半分むいたのにその焼きそばパンになぜまだ口をつけないのか。不思議に思いながら焼きそばパンを見つめる。
途端、佐藤はぎゅっと焼きそばパンを握ると同時に俺の方に体の向きをばっと向けて話の本題をふった。
「黒埼っ幽霊が見えるって本当かっ?!」
可哀想な焼きそばパンからゆるゆると佐藤へ視線をあげる。佐藤は俺の視線の来た道をたどって「あ、」と小さく声をあげた。
ひとまず、
「そんなに気、張らなくていいから。落ち着いて喋んない?焼きそばパンも食べなよ。あと確かに幽霊は見える」
俺が幽霊を見れる、ということも別に隠していることではない。けれど自ら言いふらしたりと言うこともないので知っている人は知っているという状態だ。
佐藤は驚きながらも律儀に俺の言うことを受け入れ焼きそばパンを頬張っている。そして次に俺に聞くことを思案しているようだ。
「黒埼は幽霊とかって祓えたりする?」
「まぁ祓えないことはないけど」
依頼なんだろうか?佐藤からそんな悪霊の気配はしてこないが。興味本意でならよくされる質問だ。
「幽霊って祓わなきゃいけないもの…なの?」
これは今までで初めての質問。形としては「はい」か「いいえ」で答えられる質問だが、その言い方は言外にどうして?が含まれている。多分佐藤を今朝から悩ませている核に近い質問。聞き方から佐藤は恐らく片方の答えを望んでいない。その悩みの核が原因で。
「……絶対ではないと思ってる。悪霊ばかりじゃないし」
神妙な面持ちで俺の返事を聞いた佐藤は何かが心の中で決まったようだ。
「ありがとう。黒埼のお陰で決心がついたというか、心の整理ができたって言うか……」
はにかみながら佐藤が俺にお礼を言う。俺としては質問に答えただけなのでなんとも言えない。
「今度飯でも奢るよ。それで、えっとよかったらまた話聞いてくれないかな?」
タダ飯が食えるなら。と俺は迷いなく縦に首を振った。
それから佐藤と俺は、共に昼を食べる仲へとなった。
「ねぇきいてんの智弥!」
「はいはい」
今は例のごとく昼休みだ。
あの日から屋上へ通じる階段の踊り場で一緒に昼を食べることが習慣になった。
こいつと俺は仲良くなったんだと思う。
こいつは俺に気を許したのか俺のことを下の名前で呼ぶようになったし、他の奴の前と俺の前ではえらく態度が違う。
思っていたよりも駄々っ子王子サマ、といった感じだ。
俺もこいつのことを下の名前で呼ぶようになった。そもそも佐藤という名字は他にも該当する奴が学校にも多い。
「ほんと俺のことよく見てくれててさ、昨日いったろ?俺が帰ってきたらクッション用意してくれててーってやつ、昨日帰ったらさぁ…」
こいつは一人暮らしだ。彼女もいない。
じゃあ誰の話をしてるのかと言うと、どうやら晴の部屋には幽霊がいるらしい。しかもいいやつなんだとか。
晴ははじめに俺を昼に誘ったあのときから、きっとその住み着いている幽霊に嫌悪とか祓ってやるみたいな気はさらさらなかったんだろう。いままでの晴の熱弁を聞き流すに、晴はその幽霊に好意を抱いているから。
そんなこと普通の奴には話せないだろう。頭がおかしいと思われても仕方ない。
だが俺は幽霊を見ることができるし、幽霊が全部が全部悪いものではないということも知っている。
だから晴は俺を話し相手として選んだんだと今ならわかる。
「彼女は本当にもう優しくてさぁ~」
「彼女?そいつ女なのか?」
その幽霊の性別が女なんて初耳だぞ。
晴はなんとなくしまった!という顔をしている。秘密にしていたかったのだろうか。
しかしその表情をすぐにしまって、ふて腐れたような顔をする。
開き直る気か。
「たぶん」
「たぶんって…女だと思う理由は?」
半ば呆れながら聞くと、目を泳がせて何か言おうとしたがやめて少し黙ったかと思えば
「………………なんとなく」
とまぁなんとも適当な答えを言ってくれた。
「そうか」
悪霊でないなら俺が祓ったりなんていうこともないので、正直なところ晴の家にいる幽霊の話はどうでもいい。
しかし晴の話の八割はこの幽霊の話のため、俺は晴の話はほとんど聞いていない。流し聞きして適当に相づちをうって、気になる点があればすこし質問する程度だ。
晴はうるさいがなんともまぁ平和な日常だった。
「智弥、お前幽霊見えるんだろ?」
「ん?うん」
何を今更。
そうとしか言い様のない質問を俺にする。
質問の意図が読めないので、思わず弁当から顔をあげて晴の様子をうかがう。
「じゃあ、さ。幽霊に触れたり…とかは?」
別に本当に見えるのかもう一度質問したわけではないらしい。前ふりか。
どちらにせよ俺の仕事は淡々と晴の質問に答えるのみだ。
「触れないことは、ない」
触ろうと思えば、ということだ。無意識に触れるということはまずない。触れるのに少なからず順序が存在しているから。
「あのさ、なにいってんだこいつって思うかもしれないけどさ……」
どうにもこいつは話すのに前ふりが多い。男なら本題から入ればいい。
今更何を言われても「何言ってんだ」、なんて相当話から逸れない限りは思わないだろう。恐らく。
「俺も幽霊に触れるようにってできる?」
不覚にもさっき思っていた通りの言葉が一瞬頭をよぎる。
しかし晴は真剣に聞いている。
俺は答えなければならない。この答えははい、いいえだけではだめだろう。
幽霊に触るまでの説明もしたほうがいいか。
「答えから言えば、お前も幽霊に触れるようにすることはできる」
真剣な表情だった晴は表情を和らげぱぁっと笑顔になる。
だが、話はまだ終わっていないぞ晴。
「でも」
「でも?」
「お前が触れるようにするにはその幽霊を実体化させなければいけない」
晴自身が俺みたいにすこし特殊なら実体化させなくても触れるのだが、晴は完璧と言われているがその部分では他の人と同じレベルだった。
「な、にそれ、」
実体化させなければならない、という点は予想外だったのだろう。目を見開きこれまで見たことがないほど驚いている。
気が引けたのだろうか。
実体化となれば死んだ人間があたかも生きた人間のように目の前に現れるということだ。見た目に関しては。その事に関してはいろいろあるが、晴がこの時点で諦めるなら説明は必要ないだろう。
「晴」
俺は晴に言葉を促した。どうするのか、と。
晴はうつむき俺からは表情が見えない。しかし、手は握りこぶしをつくり、相当な力をいれているようでわずかに震えている。晴をそうさせている感情はなんだろうか。
俺が晴を心配してすこし近くによろうとした
その時、
「っなにそれ!願ったり叶ったりだよ!彼女が触れるなら死んでもいいと思ってたのに彼女を実体化させることができる?最っ高!一石二鳥なんてもんじゃない!生きててよかったー!」
こっちを向いてでかい声で騒ぎ出したと思えば立ち上がってしきりに「生きててよかったー!」「ヤバイヤバイ!」と叫んでいる。
心配して損した。
「晴、お前実体化ってわかってんのか?
死んだ人間、幽霊を目の前に見れるように、触れるようにすることだぞ?そりゃすぐにまた実体をなくすことはできるけど幽霊だって人間だったんだから感情だってある。そこまで分かっていってんのか?」
立ち上がってバカみたいに騒いでいた晴は急に真剣な顔に戻って俺を見た。
「分かってるよ。俺が彼女に触りたいって思うことだって彼女を見たいって思うことも俺の単なる我が儘だし、そんな我が儘で友達使ってまで彼女を困らせちゃいけないことくらい。でも俺もうだめなんだよ。
彼女がいるのが俺のなかで当たり前なの。居て当たりまえなのに見ることとも触ることもできない。俺もうこの状況堪えられないんだよ」
「晴…」
晴がどれだけ幽霊に好意を寄せているか日頃の話で分かっているつもりだった。
でも、そんなもんじゃなかった。
こいつはちゃんと真剣なんだ。
「…わかった。じゃあ今から説明するけど」
「!っうん!」
さっきまでの真剣なオーラはどこへやら。
一気に無邪気な笑顔になる。なんとなく気にくわない。
今から俺だって真剣な話をするのに。
「…幽霊を実体化させるには気が必要なんだ。」
「気?エネルギーみたいなあれ?」
「そう。その気っていうのは人間に必要不可欠で誰にでもあるものなんだ。簡単に言えば血みたいなもの。体の中で作られて体の中を巡ってる。
それで、その気を幽霊に注入するんだ。実体化させる順序はただこれだけ」
「じゃあ俺にも幽霊を実体化させることができるってこと?」
キョトンとした顔で晴が尋ねる。
「できないことはない。でもさっき言ったみたいに気は血液みたいなもんだから人にたくさん与えてたりすれば自分が倒れるだろうな。晴は気が特に多いわけでもないし。その点俺は人よりも気が多いから問題ない」
人一人分の血を他人に輸血するようなものだ。本当は倒れるどころか死ぬかもしれない。
だが俺はもってる量も多いのに加え気をつくるスピードも早いから問題は全くもってない。
「なるほどね」
「そもそも注入するのに幽霊に触れなきゃダメなんだ。だから見えなきゃできない。幽霊に触れるには触れる部分に気を集めなきゃ触れない。晴には気のコントロールもできなければ幽霊も見えないだろ?」
「ぐぬぬ……ってことは彼女に一番に触れることはできないのかっ……!」
心底悔しそうだが、こればかりはしょうがないというものだ。勘弁してほしい。
「それで実体化の話に戻るけど、気の注入した具合で幽霊の実体化の状態が変わったりする。
たとえば注入が十分満杯の状態なら見えるし触れるし声だって出る。でもこれが少しでも足りなかったりすると声がでなかったりからだの一部が動かなかったりどこか透けてたりしてしまう」
「うまくいけば彼女の声まで聞けちゃうのか!!」
どれだけポジティブなんだこいつは。
「うまくいけば、な。さっき言ったように生きた人間は自分で気を作ることができる。だが幽霊は気を作ることができない。気を巡らせても少しずつ消耗していくだろうな」
幽霊の魂はただの入れ物にすぎない。生きていないから幽霊そのものがなにかを産み出すことは無理だ。
「えっじゃあ…時間がたてば消えてくってこと?」
さすが頭がいいだけはある。
こう言うときは物分りがよくていい奴だ。
「恐らくな。定期的に少しずつ補充しないと保てないと思う。幽霊を実体化して維持したことがないから詳しくは分からないが…でも補充くらいなら晴にだってできると思う」
「よかった」
あからさまにほっとした顔をする。それにしてもどれだけの期間こいつは幽霊を実体化させるつもりなんだか。
呆れて晴から目を逸らすとその時やっと自分が何をしていたのか思い出した。
「晴、お前そのコロッケパン食わないなら俺食うぞ」
「は?!お、お前だってまだ弁当食べ終わってないくせに何言ってんだ!このコロッケパンはやらねーからな!俺の!俺のお昼なの!」
わたわたとまだ包みを剥がしてもいなかったコロッケパンの包みをむきはじめた晴を横目に、実体化させることになった幽霊について、聞き流していた晴の言葉を思い出していた。