これから
今もの凄い勢いで思い出が甦ってきた。
これが俗に言う走馬灯と言うものか。死ぬときには見なかったのに逝くとなるとやはり違うのだろうか。
いくらイケメンでも祓ってもらうのはちょっとお断りである。
だって私は彼との生活が楽しいのに。って私幽霊になってすぐは未練なんてなかったのに今になって初めてのこの世に未練ができそう。それってどうなんだ。
うー…とにかくまだ逝きたくない……
智弥くんをちらっと伺う。やっぱり目が合う、見られ過ぎて穴が開きそうだ。
と、そこで私はひらめいた。
智弥くん私が見えてるのなら声ももしかして聞こえるんじゃ……っ?
せめて足掻こうじゃないか!言おう!何て言おう、えっと「逝きたくない!やめてくださいお願いします!」よしこれだ、これでいいや!大きい声で!よし!
「い「とーもーや!はやく!」お願いします!」
イケメン同居人てめぇええ!!
こんなときに言葉被せてくるなよ!タイミング!はやく祓ってくださいお願いしますみたいになっちゃったじゃないか!
ギロッとイケメン同居人こと晴くんを睨むが如何せん彼には私が見えていないためノーダメージである。
こういうときに幽霊は不便だ!即座に少し呪うとか出来ないのだろうか?くそう。
思わず舌打ちをしそうになる。
そこに涼しげな智弥くんの声が聞こえた。
「はいはい、今やるって。」
うわー!マジかよ、マジですか。ついに私逝くんですか。えー…やだ、なぁ…。
うわわ、ちょっと涙出てきたよ。やだやだ。
じわっと涙が浮かんできて視界がぼやけ始めた。
最後の記憶がイケメン二人なのは美味しいけどさ……
はぁ。今の私すごい情けない顔してるだろうなぁ。せめて痛くしないで、頼むよ智弥くん…
智弥くんに捕まれたままの手首をみてすがり付くように視線を智弥くんの顔に移した。離す気はさらさらないようだ。
智弥くんは口角を僅かにあげて私の手首を握り直した。
あ、やられる。
私はなんとなく、死ぬときみたいにぎゅっと目を瞑った。
あれ?痛くない。
それどころか握られた手首からなにかが流れ込んでくるみたいな感じがする。血が注ぎ込まれていって私の全身に血が巡るようなそんな変な感じ。それにじんわりと体が温かくなっていくような気もする。
なに?なにが起きてるの……?
そっと周りを伺うようにゆっくりと目を開けた。
私の手首を握っている智弥くんと、その隣にいる晴くん。部屋もなにも変化していない。
どういうこと…?私祓われたんじゃ…
部屋を見回すと初めて晴くんと目があった。
私を見た晴くんは目を見開いて驚愕の色を浮かべ、すぐに今までに見たことのないほどの満開の笑顔になった。
え?
「やっと会えたっ!」
そう叫ぶや否や晴くんは私に抱きついた。ぎゅーっと強く抱き締めて私の肩に顎をおいてしきりに「かわいい」だの「本物だよね?」だのと呟いている。
「ま、まって、状況が把握できな「声もかわいいっ!」
話が進まねぇよ!少しは時間をくれよ!
「おい晴、落ち着けって。」
そうだそうだ。ナイス智弥くん。その調子だもっと言ってやってくれ。
「ひとまず説明をしなきゃ」
智弥くんは私から晴くんを引き剥がして、晴くんと私に座ることをすすめた。
晴くんは先にソファに座って何故か私を膝の上に座らせようとしたが、智弥くんが晴くんを叩いて止めてくれた。
晴くんどうしたんだろう、頭大丈夫だろうか。
あまりの奇行に私が彼の頭を心配していると非常に頼りになる智弥くんが話を切り出してくれた。
「まず、なんで君の姿が見えたり声が聞こえるようになったのかって説明からで良いか?」
私は力強く頷いた。それを確認して彼は丁寧に説明をはじめた。
「気って聞いたことない?」
聞いたことは、ある。
テレビでやってたような気がする。でも胡散臭そうってことしか覚えていない。要するに名前しか知らない。微妙な顔をして彼の話の先を促した。
「実は幽霊に気を注入すると実体化させることができるんだ。まぁいろいろ制限はあるんだけど。
俺はもともと幽霊が見えたり触れたりできる体質でその気の量が多くて扱いも割りと上手いらしく、その"実体化させる"ってことができるんだ。」
きちんと把握はできていないが彼がすごいらしいことはなんとなくわかった。
「さっき君の手首つかんでただろ?そこから俺の気を君にいれて実体化させたってわけ。」
なるほど。多分分かった。多分ね。
私が実体化できた仕組みは雰囲気分かった。
が、
「えっと、なんで私を実体化したんですか?」
「それは晴に頼まれたから」
「は?」
思わず晴くんを見る。ニッコニコである。すごい素敵な笑顔だが私の聞きたいことの答えは表情からは見出だせそうにない。
「は、晴くん?」
「なあに?」
うわぁさらに笑みが深くなった。
笑顔ってこんなに何段階もあるものなの、じゃなくて。
「なんで私を実体化させようなんて思ったの?」
彼は少し笑みを押さえて智弥くんをちらっと見てから
「君に会いたかったからだよ」
とはにかんで答えた。
アイドルに引けを取らない笑顔だ、こんな状況でなければ呑気にキャッキャと喜べただろうに…
それにしても本当だろうか、なんだかどこか腑に落ちない。彼が嘘をついているようには見えないが他に理由があるのでは…?
「ねぇ、名前聞いても良いかな?」
私の考えを遮るように晴くんが私に質問を投げ掛けた。そういえば自己紹介をしていなかった。
「斎藤千絵です」
「ちえ。ちえって呼んでも良いかな?」
「あぁ、はい」
晴くんはこれまた嬉しそうにちえ、ちえと私の名前をなんども呟いて噛み締めている。
「ちえ、ちえも俺のことくん付けじゃなくて晴って呼んで?」
「えぇ…わかりました」
「あとその敬語もなしでいいから!」
「わ、わかった」
晴くん生き生きしてるなぁ。あ、晴か。
智弥くんもちょっと生き生きしてる晴にびっくりしている。やっぱり学校でもなかなか見ない晴なんだろう。
でも智弥くんもあんまりびっくりしなさそうだし、智弥くんのこの表情もレアなんじゃないのかな。一応拝んでおこう。ありがたやありがたや。
するとレアな智弥くんと目があった。すぐに表情はもとの飄々としたポーカーフェイスに戻される。ポーカーフェイスもやはり素敵だ。
「さっき言った制限なのだが、」
おっと智弥くんの説明が始まるみたいだ。ポーカーフェイスを観察してる場合じゃない。
自分のことだからちゃんと聞かねば!背筋を伸ばして聞く体制をとる。
「恐らくこの家の中なら俺が手を加えなくても実体化したままでいられると思う。でも外に出るのは難しい。俺がずっと手を繋いでおくとかしないと実体を維持していられないと思う。」
家から出られないのは変わらないか。
というかイケメンと平凡な私がお手て繋いでお出掛けとかヤバイ。いらない恨み辛み買っちゃいそうだ。そんなリスク背負ってまで外に出掛けようとは思わない。
まあでも本人を前にしてそんなこと言えるはずなく、苦笑混じりにとりあえず「そっか」と返事を返しておく。
「あとわかんないことがあったら俺に聞いて。」
「うん、ありがとう」
「ん。じゃあ晴が視線だけで俺を呪い殺せそうなほど睨んでるから俺はそろそろ帰る。」
「は!?」
智弥くんに言われて咄嗟に晴を見ると一瞬ものすごい形相で智弥くんを睨んでいたが、私の方をみてなんでもないよ、とでもいうようにニコニコと微笑んでいる。
そうこうしているうちに智弥くんは荷物を持って玄関で既に靴を履いていた。
私は慌てて玄関まで駆けていって彼の背中に声をかけた。
「あっ気を付けて帰ってね!」
「お邪魔しました。また来る」
智弥くんは軽く会釈して帰っていった。部屋に残った晴が「来るなばーか!」と叫んで「ちえ、もうあいつ来ないように塩まこう、塩!」と言っていたがそれは彼よりも私の方に効果が出そうなのでやめていただきたい。
それにしても、こうして完全な人間ではないが人として彼と普通に接することができているのが嬉しい。
急で説明もよくわからなくて無理矢理納得したがやっと今更嬉しい、という実感がわいてきた。だけど、
「晴、今までは私のこと見えていなかったから手間もかからなかったし、場所もとらなかったからあまり気にしないでいられたと思うけど、あの、本当にいいの?」
実体化させてもらった今、私はぐーたら過ごすのに寝る場所もとってしまうし同じ家にすむ以上嫌でも目に入ってしまう。目に見える他人がいたら気を使わないだろうか?
返事を促すようにおずおずと彼を見る。
「良いに決まってるでしょ。俺はちえが見たくてちえの声がききたくて、俺の我が儘で実体化させちゃったの。ちえが遠慮しなくても良いの!」
なにも言わずに実体化させちゃってごめんね、と彼に謝られてしまった。
「いやっいいの!私もこうして晴の目に見える姿で晴と接することができて嬉しいよ。」
へらっと笑って素直な気持ちを伝える。ちょっと恥ずかしいけれど大事なことだ。
「これからもよろしくね、晴」
右手をだして握手をしようとした。のだが、彼は私の出した右手を引いて思いきり抱き締めた。
「俺こそ!これからもよろしくねちえ」
ぎゅーっと抱き締めて私の耳元で甘い声で彼が言った。
幸せな気持ちとこれからのワクワク感に浸りながらも晴というイケメンに抱き締められ、耳元で甘い声で囁かれるという状況を認識し、千絵が色気のない叫び声をあげて晴から離れるのはすぐ後のことだった。