私と晴のこと
結論からいうと、今、私の目の前にはイケメンさんがいらっしゃっている。
朝引っ越し業者のお兄さんたちがえっさほいさと家具を持ち込んできて昼前には帰っていった。
そして私はその後これからどうするのかを考え出していた。
じきに来ると行っても最短で明日ぐらいだろう。
と、たかをくくって。
それがどうだ。
今はおやつの時間である。
下見にも、引っ越し業者のお兄さんたちに家具の位置の指定にも来なかった新しい住居人が今すでに目の前にいる。
それはもうすごい不意打ちだった。
私が武将ならあっけなく死んでいたに違いない。
玄関の方から人の気配がしたと気づいたときにはもうすでに遅かった。
咄嗟に腹をくくってせめてもの礼儀ッ!と正座をして待ち構えたが、入ってきたのは生前に関わったことのないほどのイケメンだった。
なんだこいつは。
これが私の彼への第一印象である。
そんな不意打ちに私が練れた対策などあるわけもなく、結局丸腰で新しい住居人へと挑むことになってしまったのだ。
思い返せば下見なしで引っ越し業者が来たことだって十分不意打ちだった。
これまでの幾多もの不意打ちで幽霊である私を戸惑わせ、混乱へ導いた元凶はまたもその面構えで私に不意を打ったのだ。
もしかすると新しい住居人は幽霊に対し不意を打つことが得意なのかもしれない…
と、新しい住居人、もといイケメンさんをみる。
女性が嫉妬しそうなほど綺麗な肌。ぱっちり二重。ふわふわとした軽やかな髪の毛。
天使のような外見をして不意打ちを得意とするとは中々侮れないやつである。
うぅむ…と唸りながらイケメンさんを眺め、冒頭へと戻る。
入ってきたときには顔の方に気をとられてしまって気づかなかったが、彼は旅行鞄を持っている。
これはもしかしなくても"今から"住むってことでは…
そんな正座をして唸る前住居人など見えているはずもないイケメンさんは、荷物を置くなり段ボールの中身を棚や何やらに片付けはじめた。
とくに何もできない私はこのイケメン顔に慣れるべく見つめることにした。
どうせ相手に見えてないんだし。穴が開くほど見つめてやる。
それにしてもなんだか申し訳ない。
せっかくの一人暮らしだというのに彼に私は見えていないとはいえ、私にはすべて丸見えというプライバシーもなにもない状態だ。私としては新しい住居人がこれほどのイケメンさんだとは思っておらず、とても眼福で嬉しい限りだ。
女の子がきたならお姉さまのように仲良くできたらなー、とは考えていた。しかしよくよく考えてみると普通の女の子ならこんな曰く付きの所にそうそう住まないだろうし、なにより私がお姉さまのように世話を焼けるはずがないということに今更ながら気づいた。
イケメンさんがきただけ私はとても幽霊として恵まれているんだろうな。
まぁ比較する他の幽霊がお姉さま以外いないのだが。
ボーッと目の前の整った顔をなんともなしに考えながら見つめていると、たまに居づらそうに彼が身動ぎした。
わたしの視線を感じているんだろうか。
得体の知れない幽霊からの視線など感じたくなかっただろうな…と少し同情する。
見ているのは私なんだけどね。
しかし曰く付きと知りながら下見もせず引っ越してきたのだ。それくらいのこと覚悟しておいてもらわねば困るぞ。イケメンよ。
だが、せっかくやって来た住居人が、しかもイケメンがすぐに去っていってしまうのも惜しく感じる。私は視線を彼の顔から荷物の方へうつした。
ぱっと目に入ったのは学生服。このイケメン、高校生なのか!
しかもこの制服見たことあるぞ、これこの辺の学校の確か…割りと頭が良いところだったような……
顔がよくて頭もいいとはなんて奴だ。まさか運動もできるとかそんなんだろうか
と、もう少し荷物を見回してみる。
けれどなにか部活動で使うような道具のようなものは見当たらなかった。
でもこいつ運動できるだろうな、だって細そうに見えてしっかり筋肉がついているのがわかる。
さっきから重そうな教科書や参考書の束を軽々と移動させている。
新しい住居人はチートイケメンであったか…
ふと、ある可能性が頭をよぎった。
こいつ、彼女いるんじゃね?
どんどん彼に対しての私のなかでの扱いがイケメンさん、からこいつ、と雑になっているが本人にわかりもしないし長い付き合いになるかもしれないのだ。気を使っても仕方ないと考えた。
閑話休題。
彼に彼女がいるとなると私としては少々辛い。いや大分である。
生前の私は彼氏いない歴=年齢、親しい異性は父しかいない。好きなことはぼーっとすること。というあまりにも恋愛とは無縁の生活を送ってきた。
そんな私が目の前でイケメンと彼女にいちゃこらしているところを見せつけられるなど会心の一撃どころの騒ぎではない。
しかも彼は高校生だ。思春期だ。思春期の男子高校生が親のいない一人暮らしの家に彼女を連れ込むなど、そ、そんなのは……
天使のような風貌の彼がそんな肉食獸に変貌するところは、それはそれでたいへん美味しく眼福ではあるが、他人のそのようなことは目の当たりにしたくない。
さてどうしたものか。
今度こそ私は真剣に考えはじめた。
まず、彼に既に彼女がいた場合。
これが一番危険だ。どうしようもないと言える。
目の前でいちゃこらされるならさっさと成仏して極楽浄土へ行きたい。
しかし今までの感じをみるに自分では成仏できない。未練もとくにないのだが、お坊さんにお世話にならなければいけないのだろうか。
そうなると彼に私がここにいることを知ってもらわねばならなくなる。
ここには女の幽霊がいますよ、と知ってもらわなければお坊さんを呼んでもらえないだろう。
気づいてもらうには私がなにか彼にわかる物理的な動作をしなければならない。
彼は多分生前の私ほど第六感が鋭くない。
だからきっと私が突然物理的な動作をしようものならビックリして怖く感じるんじゃないだろうか。
恐怖はできれば味わせたくない。トラウマになりかねないのだ。
うーん、出来れば私が彼に気づいてもらうために物理的な動作をする、というのは最終手段にしておきたい。
では、彼に彼女がいない場合。
これが一番私の望むパターンだ。なにもしなくていい。
もし、友達以上恋人未満のような女の子をつれてきた場合は心苦しいが彼やその女の子の恋心がまだ花咲く前に些細なイタズラをして諦めてもらう他ない。
今みる限り、彼の荷物のなかに女性の使いそうなものは見られないから最初から同棲を前提にしている、という可能性は消えた。
ひとまず安心していいだろう。
いつのまにか窓からはオレンジ色の光がさしていて、彼も片付けの方が一段落ついたようだった。
私も考えが一段落したところだしちょっと休憩。
久々にいろんな出来事があっていろいろ考えて疲れた。
幽霊だってなんだかんだ考えてて大変なものだ。
なんて思っていると少しずつ睡魔が襲ってきてあとは明日考えればいいか。と私はそのまま眠気に身を委ねて意識を手放した。
久々に聞くしょうもないバラエティー番組のぱっと名前の出てこない芸能人たちの声を耳にして、緩やかに意識が浮上してきた。
これなんだっけな。
番組名もふわふわとしか覚えてない。しゃべってる芸人のコンビ名もいまいち思い出せない。
でも、なんだか良い。
生きていた頃に見て聞いたっきりだったから懐かしいような気もする。
言うほど死んでからたってないのにな。変なの。
ふふん、とちょっと上機嫌に目をうっすら開けた。
テレビに出ていてもおかしくないようなイケメンが、テレビをつけながらまったりと寛いでいた。
部屋にいるイケメンにいまだに一瞬ビビるが、
そうだ。イケメンさんが引っ越してきたんだった。
どうやら今日からテレビがつくらしい。
これは私も嬉しい。
彼が引っ越してきてしばらくがたつ。徐々にいろいろ使えるようになってきたのだ。
もともと荷物の多い方でない彼はすぐに片付けも済んだ。
片付け終わるや否や彼女でも連れ込むのでは、とひやひやしたが、落ち着いた今でも彼はこの家に彼女らしい人どころか人自体を家にあげることはなかった。
彼の家族も見たことないが、息子の新居には来ないものなのだろうか?
世の息子と親の一般的な考えもわからないし彼の家は放任主義なのかなーなんて思って深く考えなかった。
その後も彼は誰一人として家にあげることはなく、数ヵ月がたった。
実に過ごしやすい。
彼しかいないから無駄に気を張らなくてもすむ。
彼に迷惑をかけないようにのんびりと過ごすだけで良いのだ。
彼の見ているテレビを見たり、彼が学校に行っている間にこっそり漫画を拝借したこともあった。
彼はセンスが良いのか彼の部屋においてある漫画はどれも面白い。
今の幽霊生活は生前よりも快適なのでは、と思えるほどである。
このまま彼にも、そして誰にも気づかれず迷惑もかけずにのんびりまったり過ごせれば良いのに。と、甘い考えを持っていた。
その日の天気予報は曇りのち雨だった。テレビの示す降水確率は60%ほどで、窓から見える空は雲があるものの雨が降るとは思えない程度であった。
私ならこんな朝の天気予報はうっかり聞き逃して、どたばたと支度して慌ただしく学校に出掛けていただろう。
しかし、しっかりしている彼はちゃんとそれを見ていたらしく朝食を食べて薬を飲んだ後、傘をもって出ていった。
見たところ市販の風邪薬みたいだ。風邪気味なのかもしれない。ここ最近少し顔色が優れていない気がしなくもない。
「…いってきます。」
いってらっしゃい。
彼は家に誰もいないと知りつつもいつもこうしてきちんといってきます。と言って出ていく。
それには答えるのが筋というものだろう、と私も毎朝こっそり心のなかでは返すのだがそれがどこか寂しげな彼に届かないのは淋しかった。
今日も今日とてごろごろしながら彼のもっている本や漫画で暇を潰していた。
やはり彼の選ぶものはどれも面白くてついつい時間を忘れて読み耽ってしまっていたようで、気づいたときには時計の短い針は5を指していた。
ふと窓から外をみると結構雨が降っている。
彼は部活動をしていないみたいで、いつもはだいたい今の時間頃に帰ってくる。
今日もそろそろ帰ってくるだろう、と思ってそそくさと漫画や本を片付けた。
だがいつも通りの時間に彼は帰ってこなかった。
高校生だし遊びに行っているかもしれないが今まで友達の気配を少しも感じさせなかった彼に私は心配してしまう。
事故とかにあっていないだろうか。
今朝の顔色の悪い彼を思い出して胸がざわざわと落ち着かない。
その時に彼が帰ってきた。
よかった、と安堵すると共にビックリして思わず彼に駆け寄ってしまった。
確かに今朝傘をもっていったはずの彼はなぜかびしょびしょに濡れた姿で帰ってきたのだ。
しかも部屋に上がる足取りはふらふらしていて危ない。
シャワーを浴びる気力もないのか彼はゆっくり部屋着に着替えるとのろのろとベッドへむかい寝てしまった。
彼が寝たことを確認して顔を伺うと見るからに赤く、熱があるようだった。
多分その行動をするのに躊躇いはなかった。
コップに水を入れて、棚から風邪薬を出してベッドのすぐそばのサイドテーブルに置いた。
そしてハンドタオルを濡らして、彼の顔の汗を拭ってから額におこうかと思っていたときにあることを思い出した。
幽霊は生きている人間に直接的なことをできるんだっけ?
お姉さまはしなかった。
できるかどうかはわからない。
やって良いことなのかもわからない。
だが、私は
ええい、緊急事態じゃ。やってしまえ。
とベッドのそばに座り、彼の顔の汗を拭い額にタオルを置いた。
あっさりできた。
なんだ触れるのか。
心なしか彼の顔が少し楽そうになった気がする。
思わず手を出してしまったが、これは仕方のないこと。熱が下がっていつも通り彼が大丈夫そうになったら私もこれまで通りにしていれば良いだけだろう。
もしかしたら起きても意識が朦朧としていて私のやったことに気づかないかもしれないしね。
とにかく、今日は彼は動けないだろうからやれることはやってしまおう。
食べ物は食べられるかわからないからやめておいて、起きてすぐシャワーにはいれるように着替えでも出しておくか。
と立ち上がった。
「ありが、とう」
驚いてベッドに横たわる彼をみると、頬を赤くしていて眼も焦点がいまいちあっていないがなんとか意識はある様子だった。
彼に私は見えていないのに、見えない気味の悪い得体の知れない幽霊の私がやった勝手なお節介に、彼はしんどいだろうにお礼を言ってくれたのだ。
こんなに熱を出してたった一人で寂しいだろうに。
私がここにいるからね。
いろんな感情をごちゃ混ぜに、
最初で最後。と決めて私は自分の手で直接彼のふわふわの頭を撫でた。
彼は安心したようにゆっくり目を閉じて眠りについた。