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私のこと

私は人間だった。



_________________________



志望していた大学に無事合格し、高校を卒業してすぐにこの部屋で一人暮らしをはじめた。

この部屋に決めた理由は家賃と通学距離の兼ね合い。大学に近すぎず程よく安かった。


私はもともと幽霊が見えるほどではないが「あ、いるかも。」と分かる程度の第六感があった。

この部屋に決めたときもいるな、とは思ったけれど悪い霊独特の嫌な感じがしなかったので、そのまま住むことにした。


引っ越してきてしばらくは荷物の片付けや新生活に翻弄されて、家の先住人である幽霊のことが頭から抜けていた。私が気づかないほど些細なことしかしなかったのかもしれないし、本当に何もしなかったのかもしれない。害がないどころか私の中で先住人の幽霊は存在が無になりかけていた。


大学生活にも少し慣れてきた頃、私が講義に遅刻しそうになり、ご飯も食べず化粧もせずただ部屋着から着替えて慌てて出ようとしたときだった。

幽霊は私が出れないようわざわざ内鍵をかけ一瞬にしてテーブルにパンとコーヒーをだして、大きな音をたててメイクポーチを鏡の前に置いた。

ご飯を食べるか化粧をするか、もしくは両方してから出ていけという意思表示だったのだろう。

コーヒーを入れるカップがちゃっかり花柄のかわいいものになっていたこともあってその時「この幽霊もしかして女性か…?」と思った。


今までほぼ存在が無になっていた幽霊の突然の主張に多少驚きはしたものの、あまりの害のなさに思わず笑ってしまった。

その日を皮切りに彼女は遠慮なく存在感を顕にしていった。


彼女は特に身だしなみにうるさかった。声は聞こえないが行動ですべて示してくる。私がすっぴんで平気で出かけようとするのが気に食わないようで、出かけるときは化粧をするまで部屋から出してくれなかった。まるで見えない姉が出来たようだった。


それ以来私はどことなく高圧的な彼女の行動への皮肉も含めて彼女を「お姉さま」と呼ぶようになった。

お姉さまは無事そのあだ名をお気に召したようで、はじめて呼んだときに花柄のカップにカフェオレを入れてくれた。


私がコーヒーを飲むのは目を冷ましたいときだけで普段は甘いもののほうが好き、ということに気づいていたようだ。

一人っ子だった私にお姉さまのそういうちょっとした気遣いなんかは少しくすぐったくて嬉しかった。


端から見れば一人暮らしだった私だが、実質「お姉さま」に世話を焼いてもらっていたから二人暮らしのようなものだった。


お姉さまは実に世話焼きだった。


お姉さまは私自身に何かすることと、私の目の前で物を動かしたりすることが出来ないようだった。

なので、服を選ぶときなんかはクローゼットから選んだらしい服が畳んでベッドに置いてあったりした。

服がふよふよ浮いて空中で畳まれ、ベッドに置かれたのだろうか?

なんて考えてなんだかおかしくなってくすっと笑ってしまった。

他人から見たら心霊現象なのだろうが、私には微塵も怖く感じられなかった。


お姉さまは、私が夜遅くにくたびれて帰ってきたときなんかはお風呂に湯を張っておいてくれたり、無くなっていて必要なものはメモ用紙に書いて置いてあったりした。縦長で読みやすい字はお姉様らしくて好きだな、と思った。


世話焼きだった、というより彼女が世話好きで私が自堕落な生活を送っているのにじっとしていられなかったのかもしれない。


しっかりしていたお姉さまだが、すこし抜けているところやお茶目なところもあった。


書き置きのメモで字を間違えたらしく、上から塗りつぶして目玉を書いてみのむしさんがいたことがあった。

そのみのむしさんが可愛くて「かわいい」と呟いたら次の日のメモにはリアルなみのむしが描かれていた。

お姉さまは絵が上手なんだなぁなんて思っていたがメモに文ではなく、全て絵で内容が記されていた日には「いつの時代の書き置きだよ」と一人突っ込んでしまった。


あとは台所がやたらびしょびしょになっていたこともあった。

テーブルのメモには「ごめんね」とあったが、椅子がひとつ引かれていてテレビにはバラエティー番組がついていたから「せめて片付けてからテレビみなさいよ」と言ってやった。


「テレビが始まっちゃったんだもん。CMにはいったら片付けようとは思ってたわよ!」なんて声が聞こえたようだった。

台所で果たして何をしようとしていたのかは、未だに謎だ。



私が一人暮らし、もといお姉さまとの二人暮らしをはじめて一年がたったころだった。



数日前から電気の調子が悪くいよいよ今日になって電気がきれてしまったのだ。

家にろうそくもないので型をお姉さまに調べてメモしてもらい、そのメモをもって近くのホームセンターまで買いにいった。

近くのホームセンターといっても数回しか行ったことがなく、方向音痴な私は片道数時間かかった。

夕飯の材料も寄り道して買っていこうかとおもったが、これでは何時に家につくのか分からないので大人しく帰った。家についたのは夜だった。

おかしいな、昼過ぎに家を出たはずなのに。


と自分の方向音痴っぷりにやや驚きつつも明かりのつかない我が家に入り早速取り付けにかかることにした。


脚立が無いためテーブルにのって作業をはじめた。

なれない作業に一生懸命になりすぎてしまったのがいけなかったのだろうか、暗くて足下が見えにくかったのがダメだったのだろうか。


多分、両方なんだろう。


ようやく電気を取り付けることができた瞬間、あまりの嬉しさに私はテーブルの上だということを忘れて思いきり飛び上がって喜んでしまった。



そう、文字通り飛び上がって。



まぁ、ひとり暮らしだし、と格安で買った足場の悪いテーブルの上で飛び上がればどうなるかなど考えなくても分かることだ。


咄嗟に目をぎゅっと瞑った私はふわっと体が宙に放り出される感覚と、ジェットコースターに乗ったときに感じる内臓が浮く感覚を同時に感じた



と思う。おそらく。



次に目を開けたときに見えたのは頭をうって倒れている私の姿だった。


なんと私は頭から落ちた挙げ句打ち所が悪かったらしく即死。

だから正直なところ本当に感じたのかと言われると多分、なのである。


いやいやいや今大事なのは感じたかどうかじゃないだろ私。


死んでるよ、私が、目の前で。


ということは今私は魂だけの状態なのかな?

それなら成仏でもするんだろうか、なんだかんだこれといった未練もないし多分そうなんだろう。


そういえばこの状態ならお姉さまも視れる?!


と、思ったけど家中探してもお姉さまはみえなかった。

魂の状態と幽霊じゃ違うのだろうか?よくわからないけど。


お姉さまに会えないのは残念極まりないが仕方ない。

天からのお迎えを穏やかな気持ちで迎えようじゃないか。


と死んでいる私を目の前に正座をして待っていた。





が、こない!待てども待てどもお迎えが来ないではないか!


来たのは死んだ私を発見してくれた大家さんと警察と家族と、死んだ私の荷物を引き取り処分にきた業者だけだ。



私はただのお迎えの来ていない魂だと思っていたがどうやらこの様子だと幽霊のようだ。魂だったら多分、何らかの過程でふっと天に召されると思う。家族は薄情ではないし、葬式とかなんやかんやしているはず。見てないからわからないけれど。


未練もなにもない幽霊。


しまったな…これならお姉さまに幽霊のいろはを聞いておくべきだった。

なんて考えつつ、私はこれからどうするか考えはじめた。幽霊には詳しくない。

しかし幽霊になった以上知るしかない。


そこで私は幽霊である自分のことについて少しずつ知ることにした。


お姉さまを探したときにわかったのが私は浮けないらしい、ということ。


死んで間もないからなのか分からないが基本歩いて移動だ。浮けるのかもしれないがやり方が分からない。


それと、この家には私しかいないということ。


幽霊だと自覚してからまたお姉さまやそれ以外の幽霊なんかを探してみてもどこの部屋にもいなかった。


そしてもうひとつ、私はこの家から出ることが出来ないということもわかった。


あとはお姉さまがいた頃にわかった、物は生きている人がみていない間になら動かせるということ。


成仏できる方法は何一つとして分からないままだ。

しかしまだ幽霊になって間もない、いわば幽霊初心者である。これから分かることもあるだろう。

意識や記憶はきちんとここにあることだし。


生きていた頃と変わらず過ごすことにしよう。


そして私はこの部屋に幽霊として住むことにしたのだ。



家具もなにもない部屋でずっと過ごすのはそれはもう退屈だった。

そして寂しかった。

一日が今までになく長く感じた。

変化のない部屋に新たな発見などあるわけもなく、どれくらい過ぎただろうか。

私には数ヵ月に感じたが、ベランダから見える少しの木や花があまり変わっていないようだから数日だったのかもしれない。

何回目かの朝。


私の家に人がやって来た。


私の家は賃貸のアパートで、駅から自転車で数分、徒歩圏内にコンビニとスーパー。

もう少しいくと大通りに出てホームセンターや飲食店が並んでいたりする。それなりに便利なところではあるのだ。

だからきっと新しい住居人が不動産の人と下見に来たのではないだろうか。


見えていないと知りつつも姿勢をただして、人が入ってくるのを待った。他人と合うのは久しい。


が、入ってきたのは大きなベッドを持った引っ越し業者のお兄さんたちだった。


もちろん今日このときまで新しい住居人らしき人は下見にやって来ていない。

それは気が滅入るほどこの部屋に居座っていた私が一番よくわかっている。


なら、新しい住居人は下見もせずこの部屋に決めたのだろう。

確かにここは私が入るときから人気ではあったが…


前の住居人が死んで間もないと言うのに、そんなにあっさり決めてしまうものなのだろうか。


私がそうこう考えている間にも、引っ越し業者のお兄さんたちはせっせと新しい住居人の家具を運んでいる。


うわ、すご。あのお兄さん一人で洗濯機運んでる。あの冷蔵庫ドアのところ通るかしら?


どうやら運ばれてきた家具の感じをみるに、新しい住居人は男性だと思われる。生前の親しい異性は父しかいなかったため全く参考にはならないが。

新しい住居人は荷物が少ないらしく、引っ越し業者のお兄さんたちは午前のうちに撤退していった。


テレビにテーブルにソファとベッド、棚。それといくつかの段ボール。


私が引っ越してきたときよりも、少なく感じるがこれだけあれば明日からにも生活できそうだ。


…ん?

'明日からにも生活できそうだ'……?


それはそうだろう、家具やなんかが部屋に運ばれてくるということはすぐ住居人もこちらに移ってくるということ。



急すぎるだろう!

いやいやこちらのことも考えてくれよ!心の準備と言うものがだな!


と、自分が幽霊だということを忘れて焦った。


しまったな、あの腐るほどあった時間でなぜ新しい住居人が来たときのことを考えていなかったんだろう。

こんなに焦るならもっとイメージトレーニングをしておくべきだった。


私はあの家具ひとつなく、私以外誰もいない気味の悪いほど静かな空間で、(幽霊の私が住み着いている時点で部屋自体気味が悪い、というのはこの際無視である)十分自分は幽霊であり、もう人間ではない。ということを認識したつもりでいたが、本当に‘つもり‘だったようだ。


いつかくるとどこかでわかっていた新しい住居人が、近いうちに来るとわかっただけで焦るなど、まるで幽霊として自覚できていないではないか。


私はまだまだである…


しかし、反省はここまでだ。

新しい住居人がこちら来るまでの時間はそうないだろう。


あるだけの時間で最低限のことを考えなくては。



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