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導きのコイン

作者: 紙禾りく

 とある高校の教室に、どこにでも居るような普通の高校生が一人。高校三年生の彼、大学受験がもうすぐそこまで迫っている。

 彼は教室の窓から校庭を見下ろしていた。遠くの空は赤く染まり奇麗な夕暮れが見える。放課後の教室に残っているのは彼一人。校庭では複数の部活が活動をしている。

 ある程度の努力もしてきた彼は家の近くの大学を受験する予定だ。彼の学力ならば問題なく合格するだろう。


 しかし、彼は悩んでいた。

「はぁー、どの学部が良いかなー」

 そう彼は学部を選べないのだ。なぜなら、将来の夢やなりたい職業がないからだ。高校も家に近いという理由で学校を選んだし、大学に行くのも親に言われたからだ。

 それならば、得意な分野に進めば良いとも思うのだが生憎、彼の成績はどの教科も似たり寄ったりで、突出して優れている教科がない。強いて得意なものを挙げるならば家庭科が得意だが、専業主夫になろうにも相手が居ない。


「友達には相談したくないし、親はな……」

 彼の友達は皆、しっかりとした将来設計を持っていた。だから相談し辛いようだ。そして親はよく言えば自由な、悪く言えば放任主義の育児を行っていた。なので彼の好きなようにすれば良いと彼の選択を尊重していた。

「はあー」

 盛大な溜息をついた彼。ちなみに明後日までには学部を決めて、受験届を提出しなければならない。


「とりま。帰りますか」

 彼はこのままここで悩んでいても仕方がないと、帰途についた。

 自転車に乗って、まっすぐ家に帰るかと思われた彼だったが、家とは違う方向へ進んでいく。どこかへ寄り道するようだ。

「えっと……」

 一度自転車を止めると、携帯の地図アプリを使って場所を確認している彼。しばらく携帯の画面と睨めっこしていたが、再び自転車をこぎ始める。

「ここだ」

 彼が辿り着いた場所は書店だった。家の近くの書店は少し前に潰れたので、わざわざ遠くの書店にやって来たようだ。

 

 目的の本を購入した彼が今度こそ家へと帰る。

 この書店には何度か車で来たことがあるので家までの道は把握している様子。確かな足取りで自転車をこぐ。

 交差点に差し掛かり信号に止められた彼。

「あれ? こんな店あったかな?」

 彼は渡ろうとしている道の反対側に建っている店を見て首を傾げた。その店は平屋の一軒屋で入口には暖簾が掛かっており、暖簾には小物屋との表示があった。

 信号が青になったので道を渡った彼。店が気になったのか、店の前で自転車を止める。


 夕方の日差しが店内をほんのりと照らしている。その光に照らされて、いくつかの商品が見えるが、ほとんどが埃を被っている。暖簾も陽に褪せているし、営業努力が全く見られない杜撰な店構えの店だ。


「やっているのかな?」

 やめておけば良いのに、好奇心でも働いたのか。彼は店内に入って行った。

 店内は思ったよりも広いが、天井に吊るされた白熱球の数が少なく、光も弱々しいので店内は薄暗い。

 左右の棚に商品がところ狭しと無秩序に並べられている。やはり手入れはされていないようで、ほとんどの商品が埃を被っている。

「あのー、ごめんください」

 入ってすぐに彼は遠慮がちに店員を呼ぶ。

「どうかしましたか?」

 するとなぜか入口から男が入って来て彼の後ろから声をかけた。驚く彼。

「うわ!」

「えっと、この店の人ですか?」

 彼は気を取り直して尋ねた。

「ええ、店主ですよ」

 彼の様子がおもしろかったのか、笑いながら答えた店主。


 店主の年齢は二十代後半ぐらいだろう。黒色の少しカールしたミディアムヘアに黒い瞳、身長は百七十後半に見える。そこそこ整った容姿、顔には縁の大きな眼鏡をかけている。その眼鏡はなぜか右のレンズだけ空色だ。服装は紺色のスーツに黄色いネクタイを締めている。


 戸惑っている様子の彼。そんな彼を店主がじっくりと値踏みするように見る。

「そうですね。あなたにお勧めなのは……」

 店主は頼んでもいないのに商品を勧めようと、右の棚をごそごそとあさる。

「えっと、ちょっと覗いてみただけで……」

 彼が何か言おうとしたが、すぐに商品を見つけた店主が言う。

「これなんかどうですか?」

 店主が見せたのは一枚のコインだった。おそらく銀色をしていと思われるそのコインは、埃を被っていたせいでくすんでいた。

「えっと……」

 買うつもりはなかったので、断ろうと言葉を探す彼。


「悩んでいるあなたに、ぴったりだと思いますよ」

「え!」

 彼は驚いた。

「えっと、何で僕が悩んでいるってわかったのですか?」

「うーん。雰囲気ですかね」

 意味深長に微笑む店主。さらに続ける。

「あなた。優柔不断な性格ですね。何かを決めることを恐れている。このコインはあなたの進むべき道を教えてくれます」

「コインがですか?」

「ええ、そうです。もっとも、コインが決めるのではなく。あなたの心が選択するのですけどね。コインはあなたの心の想いを代弁するに過ぎません。ですが、きっと素晴らしい未来があなたを待っていますよ」


 このコインは持主の価値観で物事の是非を判断する。持主の心の奥底に秘めた思いをコインが汲み取り、最良の選択肢を教えてくれるのだ。

 このコインを使えば、彼が行くべき学部を教えてくれることだろう。


「えっと。すみません。僕お金が……」

 さすがに店主の話を信じたわけではないだろうが、店主の説明を聞いて欲しくなった様子の彼。ただ、今月のお小遣いは、さっき書店ですべて使い切ってしまっていた。

「ではこうしましょう。このコインを貸します。そうですね……。十五年。いえ、二十年以内に返してくれれば大丈夫です」

「良いのですか?」

 喜色を浮かべた彼。

「ええ、構いません」

「ありがとうございます」

 お礼を言って店を出て行こうとする彼。その背中に店主が念を押すように言った。

「二十年以内には必ず返してくださいね」

「わかりました」

 彼は店主のほうに向き直って言った。


 家に帰った彼はさっそくコインを振ってみる。すると、経済学部についてコインを振った時にコインは表となった。

 それでも彼は半信半疑のようで、何度も同じことを繰り返した。その度にコインは同じ結果を示した。経済学部で表を出し、それ以外は裏を出し続けたのだ。

「じゃあ、経済学部で良いか」

 この結果にさすがにコインの力が本物だと感じたのか。それとも、そこまで学部に拘りがないからなのか。とにかく、彼は経済学部に行くことに決めたようだ。




 それからかなりの年月が経ったある金曜日、そこそこの大企業の休憩室に三人の男が居た。今は昼休み。昼食を食べ終わった三人は少し時間を持て余していた。

「なあ、今日の飲み、どうする?」

「商品開発部の主催のやつだろ」

「そうそう。俺達営業部との連携企画のための親睦会」

「確か、向こうの部長の奢りなんだよな」

 二人が会話をしている横で、コインを振った男。

「ああ、俺はパスで」

 男はコインが裏を出したのを見て言った。この男は、もちろん昔、学部を悩んでいた彼だ。

「なんだよ。来ないのか」

「てか、またそれかよ!」

 男が言うと、もう一人の男もおどけた調子で続く。

「神様の言うとおりってか」

「まあな」

 二人の態度を全く気にしていない彼。


 彼は大学に見事に合格し、経済学部に通った。その後、事あるごとにコインを使って人生を選択して生きてきた。

 就職先も、結婚相手も、マイホームの購入も。人生の大きな選択はすべてコインを振ってきた。それどころか、さっき飲み会に参加するかどうかでコインを振ったように、小さなこともコインを使っている。

 彼の人生はコインのおかげか、順風満帆だった。妻とも仲が良いし、子供も二人授かった。八歳の女の子と六歳の男の子だ。

 会社でも有能な男として上司に買われており、近々昇進するとの話もある。


「おまえが来ないのは残念だな」

 彼が来ないことを残念がる男。

「まあ、俺達は楽しんでくるよ」

 もう一人は、そこまで残念そうではない。

「そうか。おっと、そろそろ戻るか」

 時計を見た彼が促し、三人は仕事に戻った。




 次の月曜日の昼休み。またもや三人は休憩室に居た。

「いやー、先週の飲みは最悪だった」

「だな」

 二人はげんなりした様子。

「何かあったのか?」

 飲み会に参加しなかった彼が尋ねた。

「それがよ……」

 話を纏めると、商品開発部の部長の絡み酒が酷かったようだ。あげくに、その部長は酒を飲みすぎて気分が悪くなったので途中で帰った。商品開発部の奴が付き添って行ったのだが、その部長は会計を払っていかなかったため、結局会計は全員で割り勘にしたそうだ。

「それはご愁傷様」

 話を聞いた彼が言った。

「本当だよ」

「こういうことがあると、おまえのコイン信じたくなるよな。前にも良いことがあったと言ってたよな。……確か保険がどうとか」


「ああ、あの話な……」

 彼は話し始める。

 少し前に彼に保険の加入を勧めてきた保険会社の社員が居た。何度かそういう勧誘を断って来ていた彼。もちろんコインが裏を出したからだ。

 しかし、その日はコインが表を出した。だから加入したら、その半年後に事故にあった。保険に入っていたことで、かなり得をしたそうだ。

「そうその話。すげーよな」

「いやいや、こいつのコインへの信仰はもっとすごいぞ。なんて言ったって、結婚なんかもコインで決めてきた男だからな」

 男の一人は彼とかなり長いこと付き合いがある。うまいこと言うものだ。確かに男はコインを信仰しているかのようだ。いつでもコインに従っている。

「ええ、それは何というか。すごいですね」

 こっちの男は付き合いが浅いため、話を聞いて少し引いている様子。


「それに最近も新しい保険に入ったんだってな」

 もちろんコインが表を出したからだ。

「ああ」

 彼は最近、妻や子供と共に生命保険に加入した。

「おお! ここにいたか。ちょっと来てくれるか」

 そこに三人の上司がやって来て彼を呼んだ。

「わかりました」

 彼は上司について行く。


 周りに人が居ない場所で上司が話を切り出す。

「実はな、来週の土曜日のプレゼンを君に頼みたいと思ってな」

 来週の土曜日には会社にとって大事なプレゼンテーションがあった。このプレゼンテーションで仕事が取れるかが、かかっている。

「私にですか。光栄ですが……」

 彼は決めかねている様子。来週末は家族で旅行に行く予定だった。

「いや、無理にとは言わないが、これが成功すれば君の昇進は間違いのないものになるぞ」

「少し、考える時間が欲しいのですが」

「わかった。だがあまり時間もない。明日までには返事をしろ」

「わかりました」

 とりあえず返事を保留にした彼。




 夕食時、彼と彼の妻が会話している。

「だから、来週の旅行は三人で行って欲しい」

「またなの。二人は楽しみにしていたのよ」

 妻は不満そうだ。

「悪い」

「そのプレゼンは昇進に響くの?」

「いや、たぶん引き受けなくても昇進はできると思う。だけど引き受けたほうが昇進は早くなる。それにコインが引き受けろと言っているんだ」

「はぁ……。またそれなのね」

 呆れた様子の妻。さらに続ける。

「あなたが昔からそうなのは知ってるから、もう諦めてるけど。もう少し家族サービスしてよね」 

 妻はコインのことはあまり触れないようにしていた。

「ああ、きっと埋め合わせはするから」


「それじゃあ、電車で行くわね」

 旅行にはもともと彼の車で行く予定だった。妻は車の免許を持っていないので、彼が行かないとなれば必然的に電車を使うしかない。

「ああ、それで頼む。向こうに着いたら、俺の両親に車を出してもらえるように頼んでおく」

 旅行先は彼の実家の近くだった。

「いや、それは悪いわよ」

 遠慮する妻。

「大丈夫だよ。それぐらい構わないはずさ」

「そーお」




 あっという間に二週間が経ち、彼はプレゼンテーションに臨んでいた。

「君、なかなか良かったよ」

「ありがとうございます」

 彼はプレゼンテーションの出来を上司に褒められた。

「まあ、後は結果を待つばかりだな。だが結果はどうあれベストは尽尽くしたな」

 上司は彼の肩を軽く叩いた。

「はい」

 手ごたえを感じたのか自信がある様子の彼。


「あ、ちょっと失礼します」

 携帯の電源を入れた彼は何かに気がついたようだ。プレゼンテーションの最中は電源を切っていた。携帯にはかなりの件数の着信報告のメッセージが届いていた。すべて彼の両親からだ。

 彼は両親に電話をかける。

「父さん。何か用か?」

「何か用かだと。一体何をしていたんだ!」

 父親は何やら尋常ではない声の響きだ。

「言っただろ。会社のプレゼンだよ。何かあったのか?」

 父親の様子に彼も、真剣な声色で返した。


「大変なんだ……」

 父親の話を纏めると。

 彼の妻と子供二人が乗った電車が脱線し、大きな事故が起きたようだ。それで、ずっと心配していた。ニュースではかなりの数の死傷者が出たと報道している。

 心配になった彼の両親。彼の妻と子供とは連絡が取れず、彼に電話しても出ない。

「まったく、こんな一大事に何をしているんだ!」

「そんな……。ちょっと待ってくれ。後でかけ直す」

 事態を把握した彼。愕然とした様子で電話を切った。


 彼は携帯でニュースサイトを見る。ニュースでは原形を留めていないほど、大破した車両の映像。現在も救助活動が続いていることが報道されていた。死者は現時点でも数十名だそうだ。

 彼はニュースサイトを見て顔色を悪くした。すぐに妻子に電話をかける。

「頼む。出てくれ……」

 神に祈るかのようにつぶやいた彼。しかしすぐに、電源が入っていないとの音声が聞こえてきた。

「くそ!」

 彼は、もう一度電話をかける。しかし結果はかわらない。

 

 彼はトイレを飛び出した。

「すみません……」

 急いで上司のところに戻った彼は、素早く事の経緯を説明した。

「それは、大変じゃないか! すぐに行ってあげなさい」

 上司はすぐに彼に早退の許可を出した。

「申し訳ありません」

 短く返事をした彼は、その場を後にした。




 電車の脱線事故から四日後。彼は葬式に出席していた。彼の妻子は三人とも事故で亡くなってしまったのだ。妻子が亡くなったと聞いた時に彼は、悲しみに打ちひしがれた様子だった。

 告別式が終わり、来賓の方々がお悔やみの言葉を彼に告げて会場を出て行った。彼は心ここにあらずな状態に見える。

 火葬まで恙なく終了した。火葬に参加したのは近しい縁者だけだったので、彼は涙を流していた。


 葬式を終えた彼は両親の車で実家に帰る。車は見覚えのある交差点で停車した。小物屋がある交差点だ。

 いつぞやと同じで今日も夕日が空を奇麗に茜色に染めていた。

「素晴らしい未来が待っているだと……」

 思い出したように彼はぽつりとつぶやいた。どうやら彼も小物屋に気づいたようだ。

「ちょっと車を止めてくれないか」

 彼が両親に言った。

「え! どうしたの?」

 運転していた母親が尋ねた。

「いいから」

「わかったわ」

 母親は交差点を渡って、少し進んでから路肩に車を止める。


 彼は車から降りると交差点まで戻り、小物屋に入った。

 店内は昔とほとんど同じだ。棚にあるいくつかの商品が入れ替わっているが、やはり手入れがされていないので埃っぽい。

「おい。誰か居るか?」

 彼が呼びかけると、店の奥から店主が現れた。あれから二十一年経っているのに店主の風貌は変わっていない。服装も同じだ。


「おや、あなたは確か……。ああ、コインを返しに来てくれたのでしょうか?」

 彼の風貌はだいぶ変わっている。二十一年前に一度会っただけの相手を店主はよく覚えているものだ。

「あんた……。いや、このコインがあれば俺に素敵な未来が来るとか、なんとか言っていたよな!」

 店主の風貌や、自分を覚えていたことを不思議に思った様子の彼。ただ、そのことは脇に置いて強い口調で店主を問い詰めた。


「正確にいえば「きっと素晴らしい未来があなたを待っていますよ」と言いましたね」

 店主は、はっきりと覚えているようだ。しかも口調すらも当時と一緒に聞こえる。

「そうだ! だが、コインの通りにしたら、俺は不幸になったぞ!」

 責め立てる彼。

 彼は妻の死を知らされた時、自分が一緒に旅行に行っていればと、非常に後悔していた。確かに、彼が一緒であれば車で出かけただろうし、電車に乗ることもなかった。事故には巻き込まれなかっただろう。


 さらに、プレゼンテーションの結果も芳しくなかったのが、彼の後悔を強くした。プレゼンテーションは彼の会社が選ばれることはなかったのだ。

 上司は「気にするな。おまえのプレゼンは完璧だった。他の誰がやっても結果はかわらなかったさ」と特に彼を責めたりはしなかった。

 昇進に響くことがないことは彼も理解している。ただ、彼は自分がプレゼンテーションをやる必要はなかったと、後悔が強くなった。


「俺の妻と子供はな。このコインのせいで死んだんだ!」

 彼は怒鳴った。しかし店主は全く動じず、淡々と諭すように話す。

「私は言いましたよね。そのコインはあなたの心の想いを代弁するだけだと。あなたは妻子よりも出世を優先したのですよ。今のあなたはお金を何より大事に思っているようです」

 妻子が死んだことで多額の保険金が彼には入ってくる予定だ。

「そんなことはない!」

 反論した彼。

「いいえ、コインは持ち主に忠実です。だからこれは、あなたの望んだことです」

 店主はきっぱりと言った。静かな声なのに有無を言わせない雰囲気があり、彼も鼻白む。


「それに、私はあなたに二十年以内にコインを返すようにと忠告しました。覚えていませんか?」

 さらに店主は責めるような口調で言った。

「そう言えば、そんなことを言っていたような……」

 彼は二十一年前に店主に言われたことを、今やっと、思い出したようだ。

「今日は何年目でしょうか?」

「二十一年目だ……。まさか、あんたはこうなることが、わかっていたのか?」

「どうでしょうね? ただ、物には意志があります。私はその声を聞いただけです」

 店主はよくわからないことを言い出した。

「どういうことだ?」

「コイン返してくれるのですか?」

 彼の疑問には答えない店主。


「えっと……」

 ポケットからコインを取り出したが、彼は迷っている様子。まだコインに執着しているようだ。

「どうしてもと言うなら、三万円でお売りしますよ。お勧めはしませんが」

 彼の様子を見た店主が提案した。さらに悩んでいる様子の彼。長くなりそうだと思ったのか、店主は奥にある帳場に座って本を読み出した。

「チャリン」

 しばらくした後、店内に音が響いた。彼が投げたコインが床に落ちた音だった。

「表か……」

 しみじみとした調子で言った彼。

「コインは返すよ」

 そのまま踵を返して店を後にした。最後に彼はコインを返すべきか、返さないべきか。どっちをコインに問うたのだろうか?




「待たせてごめん」

 車に戻ってきた彼は、両親に詫びを入れた。

「それは良いけど、おまえあんな空き地で一人、何をしていたんだ?」

 父親が尋ねた。

「空き地?」

「空き地だろ」

 父親が指さした方向を見る彼。

「えっ!」

 彼は驚いた。小物屋はどこにもなく、小物屋があった場所には草が茂った空き地が広がっているだけだった。

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