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30話 別れ

 翌日早朝、俺とスケサンはマリー達を送る部隊の編成をしていた。

 なにしろ始めてのルートを切り開くことになる。ゴブリンの勢力圏に侵入するかも知れない。

 今までより大規模な遠征隊になりそうだ。


「良いのかね?」

「うん……これで良かった。後悔はあるけど、仕方ない。」


 スケサンは「ふむ」と相槌を打つ。


「いずれ別れなければならないと思いながら、俺はマリーを愛してしまった。でも、心の底から愛したよ。」


 スケサンがクックックと喉を鳴らした。

 さすがに少しムッとした。


「何がおかしい?」

「いや、私はコテツの話をしてたんだがね。」


 あ……これ覚えがあるな。またやったか?

 ……いや、違うな。わざとだ。

 スケサンなりに元気付けようとしてくれているのだろう。


「仕方ないだろ。いつも俺はマリーのことで頭が一杯なんだから。」


 どうだ。この返しは予想していまい。さぞオッサンの惚気のろけはキツかろう。

 俺もいい年だからな。こんなんでイチイチ動揺していられるか。


 スケサンは「ほほう、なるほど」とニヤニヤしながらチラリと横を見た。


 その視線の先には…マリーとジョシュアがいた。


 ……やりやがった、あの骨。


 マリーは顔を赤らめてもじもじとしている。

 ボルトが隣で「ヒャー!」と大声を出して喜んでいる。お前もいたのか。


「あ、ありがとうございます。エトー様。その、いつも気にかけて下さって……」

「ああ、その……すまんな。」


 ……変な空気になってしまった。


 俺もマリーたちを知覚してたが意識に入ってなかった。きっと頭の中が煮詰まってたんだろう。

 俺はスケサンなりのシニカルな気の使い方に感謝した。

 湿っぽいよりずっといい。



 スケサンが「カッハッハ」と大きな笑い声を上げた。




………………




 別れの時が迫る。



 ボルトが大泣きしている。


「ボルト、赤ちゃんが見られなかったのは残念だわ。元気な子を産んでね。」


 マリーが穏やかに話しかけている。

 そう、ボルトは妊娠している。コボルトは5ヶ月ほどで出産するそうで、もうすでにお腹は膨らみ始めている。ちなみに誰の子かは分からないらしい……退廃的なヤツらだ。

 ボルトいわく「族長である私の子」という事実が大事なのだとか。文化が違うのだろう。


「マリーさんも、ジョシュアちゃんもお元気でっ!」


 ボルトが大泣きしてくれたお陰で、俺は涙を流さずに済みそうだ。

 俺は昔から誰かが騒いだり泣いたりすると冷静になる癖がある。理由は不明だ。


 見ればジョシュアも懸命にボルトを慰めている。

 ジョシュアは彼なりに俺の話を理解しているようで、決して涙は見せない。


 俺はジョシュアの側で屈み、視線を合わせた。


「ジョシュア、これをやろう。」


 俺はジョシュアに横笛を手渡した。


「いいの……?」


 ジョシュアがマリーをチラリと見る。


「ええ、お礼を言うのよ。」

「ありがとう! ……とうさま。」


 俺はジョシュアを抱き上げマリーと向かい合う。


「マリー……元気で。」

「はい。」


 もう二人に言葉はいらない。

 どれだけの時間を掛けても伝えきれない気持ちがある。

 でも、マリーはそれを受け止めてくれている。


「手紙を書きます。」

「いや、しかし……」


 カルカス卿がスッと近づき「届けるよ」と言ってくれた。


「ありがとう、カルカス卿……これを」


 俺はジョシュアを下ろし、カルカス卿に明星みょうじょうの石を手渡した。


「これは?」

「ああ、エイダに渡した物だ。これを持って森に近づけば迎えを出す。」


 カルカス卿は「承知した」と大事そうにポケットに入れた。


 ……隣のリタは複雑な表情だ。

 これは仕方ないな。俺のせいだし。

 むしろカルカス卿がこの短時間で胸襟きょうきんを開いてくれたことが不思議なくらいだ。

 ……なぜか俺とカルカス卿とは「波長が合う」。話していて心安く感じるのだ。理屈ではない。

 これもリタが複雑な気分になる原因の1つだと思う。

 時間が解決するかもしれないし、しないかもしれない。



…………



 再度マリーと向かい合う。

 自然と手がふれあい、見つめ合った。


 ……実は俺の記憶は最近になってグチャグチャに混ざりあってきている。

 マリーとジョシュアの記憶が上書きしてしまったのか、以前の家族の記憶と混同してしまう所が多々ある。

 ……人の記憶はいい加減だ。

 なにしろ100年以上前の記憶だ。覚えていたことが不思議だとすら思う。


 いいんだ。これで。

 恵子けいこもマリーも愛している。

 あきらひとしもジョシュアも大切な息子だ。



 これで、いいんだ。



「マリー……」

「エトー様……」




………………




「とうさまと、かあさまは、あいしあってるんだ。」

「ええ、素敵ですね。」


 ジョシュアとボルトの声が聞こえた。




………………




 皆が去った後、俺とボルトはいつまでも見送り続けた。

 ちなみにスケサンはお見送り部隊の中だ。


「良かったんですか? お見送りに行かなくて。」

「ああ……キリが無いからな。」


 ボルトが俺の顔をのぞき込んできた。


「思ったより、大丈夫そうですね。」

「わからんぞ。今晩は大泣きするかもしれん。」


 ボルトが「ヒャー」と大笑いした。

 助かる。湿っぽいのは苦手だ。


「私が慰めてあげますよ。 触ります?」


 ボルトがグイッと胸を寄せた。


「そうだな。1つ戴くか。」


 俺が遠慮なく鷲掴わしづかみにするとボルトがまた「ヒャーッ!」と喜んだ。


「マリーさんに言いつけてやるっ!」

「どうやって?」

「手紙ですっ!」


 あー、やっちまったかも。


「お婿さん増やしてくれたら許してあげますよっ。」


 ……まだ増やすのか……退廃的なやつめ。




 ……マリーとジョシュアを帰すという1つの目標が終わった。


「これからどうするかな……」


 ……そうだ、忘れていたが、大きな疑問が残っている。


「ボルト、これからは俺がなぜ洞穴…ダンジョンになったのか調べようと思う。手伝ってくれ。」


 ボルトは「任せてくださいっ」と大きな力こぶを作った……たくましいな。






 時間はたっぷりとある。



 焦らずにやればいいさ。


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