28話 罰
【エイダ視点】
エトーの洞穴から出て数時間。エイダたちはスコールズ子爵領の街道にいた。
「なあ、本当にバッセルの子供ならよ、スコールズにタレ込んでも良いかもな。」
レヴィンがつまらない冗談を口にする。こいつは馬鹿だ。
「アンタ……マチスが睨んでるよ。」
私が親切に教えてやると「冗談だよ」とヘラヘラしてやがる。
言って良い冗談と悪い冗談の区別もないのか。この愚図。
「本当にマリアンデール様かどうかは分からないがな……。」
マチスが呟く。
あの子が本当にバッセルの子供なら、マチスは男爵家の再興でも狙うのかもしれないが、アタシは御免だ。
「カルカス様って呼んだ方が良いかい?」
「いや、マチスで頼む。私もスコールズ子爵領ではおたずね者だからな。」
…………
1週間ほど歩き続け、自由都市ファロンに付いた。
荒廃した王都とは対照的に拡大を続ける大都市だ。
人が多ければ自然と冒険者の仕事も増える。
ここ数年はエイダのホームグランドだ。
「良いかい? 10日後の朝にこの場所で落ち合うよ。」
皆に指示を出して、一旦解散した。
冒険者は危険な仕事だ。一仕事終えればこうして長めの休みをとる。そして、稼いだ金を使いきり、次の仕事へと向かうのだ。
エイダは馴染みの宿に向かう。土地勘の無いマチスとリタも同宿にするらしく、同行した。
装備の点検した後は……どうするかね……
アタシはボンヤリと休暇の過ごし方を考える。
エトーの姿を思い出すと、馴染みの男娼が酷く物足りなく感じ、行く気にもならない。
……はあ、アタシはどうしちまったんだか。
アタシは悶々としながら10日を過ごすことになった……
………………
そして半月後、アタシ達はあの丘を目指し歩き続けている。ハイペースだ。
エトーとの約束は1ヶ月だ。余裕はまだあるが、ギリギリまで待つ意味もない。
「なあ、あの丘で待つんだよな。」
「ああ、迎えがくるとか言ってたが……」
レヴィンとマチスが会話をしている……迎えか……。
「パーシング卿でしょうか?」
「ああ、そうかもね。」
リタの問いに適当に応える。リタはエトーのことを精霊王だと疑いもしていない。
まあ、アタシも半信半疑……つまり半分は信じちゃってるんだけどね。
……丘が見えてきた。
………………
「バッセルの残党マティアス・カルカス並びに冒険者エイダ、リタ!
バッセルの遺児および妻妾を匿った罪で逮捕する!!」
数時間後、アタシ達は奇襲を受けた。丘の稜線に潜んでいた兵に囲まれたのだ。
……アタシとしたことが!
しかし、なぜここに兵が? まるでアタシたちの事を待ち伏せていたような……
そこでハッと気がついた。レヴィンの名前が無い……見れば、そこにはニヤつくレヴィンの姿があった。
……やりやがった! あの愚図!!
「拘束せよ!!」
「「「「はっ!」」」」
あっという間にアタシ達は拘束され、武器を取り上げられた。
「レヴィン、アンタやりやがったね!!」
アタシが叫ぶとレヴィンがニヤつきながら近寄ってきた。
「エイダさんよ。どうかしてるぜ。精霊王だの与太話に酔っちまってさ。あの色男にやられちまったのかい?」
アタシはレヴィンの顔に唾を吐いて答えにした。レヴィンの拳に顔面を殴られる。
……この愚図! ぶっ殺してやる!
アタシはレヴィンを睨み付けた。
「へっ睨んでも無駄さ。俺たちはその日暮らしの冒険者だろ。マチスとバッセルの子供を売れば一月は酒が飲めるじゃねえか。売らねえ訳がねえ!」
もう一度拳が飛んできた。
顔の反対側を殴られる。
「第一、いつまでも俺を馬鹿にしやがってよ! このアマ!!」
レヴィンが三度拳を振るおうとするが、隣の兵士に止められたようだ。
「へっへっへ……楽しむ前に顔を殴るんじゃねえよ。」
「ヒヒ……違いねえ。エイダさんよ、楽しもうじゃねえか。」
このっ! そう言うわけかいっ!!
周囲に下卑た笑いが広がっていく。
男達は20人……いや、30以上、暴れてどうにかなる数じゃない。
「イヤッ! イヤッ!」
リタの悲鳴が聞こえる。
……そんな声を出すと男を煽るだけだ。大人しくした方がいい。
「もうっイヤッ!? 何で!? イヤァッ!」
リタの悲鳴が続く……無理もないか。リタには半年前の記憶がある。
………………
バシャ……と不思議な音が聞こえた。
気がつくと、アタシの上にのし掛かって来た男の顔が半分無くなっている。
「え」
そこには、エトーがいた。
空から降ってきたとでも言うのか、本当に忽然と、そこに立っていた。
「なんだ? てめ」
エトーを誰何する声が途中で終わる。
同時に兵士の首があり得ない方に折れ曲がった。
……殺戮が始まった。
エトーは兵士の首を刎ね、拳で盾を砕き、頭を蹴り潰す。
瞬く間に二人を殺した。
……人間技じゃない。
「うぅおぉおぉぉぉ!!」
エトーが叫んだ。
そして跳ぶ。
曲刀で頭から腹まで切り裂き、貫手で喉を抉る。
拳で鎖骨を砕いた。
……もう、見ていて訳がわからない。
兵士を率いる騎士がエトーに切りかかる。
しかし、難なくエトーは身を躱わし、全身の力を使って騎士の腹を殴り付けた。
ガチャンと形容し難い衝突音を上げながら騎士は吹っ飛び、周囲の兵士を巻き込んで行く。
そのまま騎士はゴボッと血を吐いて動かなくなった。
「こ、これが精霊王の……?」
リタが呆然と呟いた。
マチスは言葉も無いようだ。
「動くんじゃねえ! これを見ろ!!」
アタシの後ろでレヴィンが吠えた。アタシの喉に短剣を突きつけている。
……しかし、エトーは止まらない。チラリとこちらを一瞥し、黙殺した。
適当に獲物を見つけ、殺す。
哀れな兵士は生きたまま臓物を引きちぎられて……食われていた。
「ばバケモンだっ」
「殺されるっ!」
「ヒイイ! お助けっ」
「やってられるかっ!」
戦意を無くし逃げ惑う兵士をエトーは容赦なく殺戮していく。
「死にたくねえっ」と絶叫した兵士の腸が飛び散った。
「助けてっ」と懇願した兵士の首が飛んだ。
……ああ、なんて綺麗な獣!
アタシの目はエトーに釘付けだ。圧倒的な存在感に心を奪われ、逃れられない。
「止まれっつってんだろっ!! 聞けよ!!」
レヴィンが震えながら悲鳴を上げる。本当に愚図ね。他人のアタシがなんで人質になるのさ。
……そんなことが分からないから噛みつく相手を間違うのよ、馬鹿ね。
アタシはレヴィンに同情した。
「ち、畜生! 俺は関係ねえだろ! 誓約なんてしてねえだろっ!?」
レヴィンが叫ぶ。
黙って逃げれば良いのに……ほら、狙われた。
返り血で真っ赤に染まるエトーが振り向いた。
……ああ、なんて、なんてセクシーなの……
血にまみれ笑うエトーが堪らなく魅力的に感じる。
腹の下が疼き、心臓は早鐘を打つ。
「く、来るんじゃねえ!」
レヴィンがエトーに短剣を突き出す。
しかし、容易く腕を払われ短剣を落とした。
……腕が曲がってはいけない方を向いている。
「ぎ、ぎ、ぎ」
レヴィンは悲鳴にならない悲鳴を上げている。
そして頭を捕まれ……握り潰された。
……幸運にも生き延びた兵士は逃げ散り、アタシ達だけが残る。
「あ、ああ、ああ……」
リタが放心している。
「これが、精霊王の罰なのか……」
マチスがポツリと呟いた。
エトーがゆっくりとアタシに近づいてきた。もう心臓が爆発しそうだ。
そして何も言わずに胸当てごと服を引きちぎられた。
……犯されるっ! この強い男に犯される!!
アタシの顔が悦びでカッと上気するのが分かる。
そして
エトーの腕がアタシの胸を貫いた。
「あ、なん」
何で?と 尋ねることもできず、アタシの意識は遠のいて行く。
……ああ、これが罰か……
遠くで、獣の遠吠えが聞こえた。




