27話 彼女の気持ち
森の外を探索してから数日後、俺たちの情報収集では限界を感じ、方向性を変えてみた。
俺たちから偵察をするのでは無く、外部から人を招いて情勢を教えて貰うのだ。
……誘拐とも言う。
外部から人が来ることを想定して、多少ではあるが洞穴を改装した。
祭壇の間を拡張し、一段高く舞台の様なものを作り、ゴツい椅子を置いた。
…こんなの必要か? と思ったが、マリーやスケサン曰く「洞穴の主が迎える」という体裁が必要らしい。文化が違うのだろう。
客間を格納庫の側に造る。
ベッドやテーブルは人数を確認してからで良いだろう。
何でこんな場所にと思ったが、スケサンが「戦力を見せる意味がある」と言っていた。並べたゴーレムを見せびらかせてビビらすのが目的らしい……なんだかなあ。
後は身なりを整えるために俺とマリーとジョシュアに「よそ行き」の服を用意した。
……まあ、こんなもんだろう。
少しだけスケルトン隊やボルトたちと立ち振る舞いの稽古をした……演劇みたいで恥ずかしかった。
………………
半月と少し後、スケサンが4人の旅人を招くこと(誘拐)に成功した。
戦争のためか、少人数の旅人がおらず意外と時間がかかってしまった。
俺は彼らのステータスを確認する。
■■■■
[名前] : マティアス・カルカス
[種族] : 人間
[ランク] : 5
[スキル] : [剣術3] [盾術1] [魔法1]
■■■■
ほお~、強いな。貴族だ。
実力から見ればこいつがリーダーだな。
茶髪のゴツい大男だ。
■■■■
[名前] : エイダ
[種族] : 人間
[ランク] : 4
スキル : [弓術2] [剣術1] [体術1] [指揮1]
■■■■
か、カワイイ……俺好みの女性だ。ちょっとキツそうな所が良い。赤毛の美人さんだ。
スキルは……微妙だな。器用貧乏って感じだ。副官かな?
……さっきからマリーが隣で睨んでいる気がする……エスパーか? やめろマリー、俺の中に勝手に入るな。
まあいい、次だ。
■■■■
[名前] : レヴィン
[種族] : 人間
[ランク] : 4
[スキル] : [槍術2] [体術1]
■■■■
なんというか、ふーんって感じだな。
少し背の低い男だ。ダークブロンドの雰囲気イケメンってやつだな。
■■■■
[名前] : リタ
[種族] : 人間
[ランク] : 2
スキル : [魔法2]
■■■■
よ、弱い。
魔法使いのようだが……見た感じまだ若いしな。仕方無いのかもしれん。
いわゆるパツキンだ。体格の割にはオッパイのボリュームがある……いいじゃないか。金髪ボインの夢がここにある。
…………
それにしても、さっきからマリーの機嫌が悪いな。なんだ?
「マリー、どうした?」
「いえ、エトー様こそ。どうなさったんですか? 私にご用ですか? 赤毛でもない胸が大きくもない私にご用ですか?」
……これは確実に怒っている。何故だ。
「旦那様、さすがに口に出して好みの女だとか、オッパイがどうのとか独り言を言うのは気持ち悪いです。」
ボルトまで酷いことを言う……ん?
「口に出てた?」
「知りません。」
マリーが怒っている……が怒っているキツめの顔がそそる。
ぶっちゃけマリーのほうが美人さんだ。
ここ数ヶ月でマリーは綺麗になった。
痩せていた体つきはふっくらとしてきて女性らしさが増し……なにより、表情が豊かになった。
……綺麗になったな。
と眺めているとマリーがもじもじとし始めた。
うん。それもいい。
「あ、あのエトー様……少しその……面と向かって言われると、その……」
ボルトがニヤニヤしている。
「口に出てた?」
「知りません。」
マリーの機嫌も治った。良かった良かった。
俺もいい歳だし、こんくらいでは狼狽えないよ。人は年と共に図太くなるもんだ。
良し、少しだけサービスしよう。
「マリーのほうがずっと綺麗だ。」
「知りませんっ。」
今度はわざと口にした。
ボルトが横で「ヒャー」と奇声を上げて喜んでる……お前にサービスしたみたいになってるじゃないか。
マリーはぷいっと横を向いてるが明らかに恥ずかしがりながらも喜んでるな……
いや~恥じらう若い娘はええのぅ。おじさん堪んないよぉ~うへへ
※セクハラは犯罪になる可能性があります。
「「…………。」」
二人が悲しいものを見る目でこちらを見ている。
……いかんな。独り言が癖になったのかな? 気を付けよう。
………………
そして4人の旅人と対面する。
「よく、突然の招きに応じてくれた…………」
「なぜ、仲間にも…………」
…………
彼らとの会話でかなりのことが分かった。
長くなるので少しまとめよう。手抜きでは無いぞ。
・この国、マカスキル王国は政治力を失っていて、領主や豪族が相争う戦国時代になっている。
・バッセル男爵は死に、男爵領はスコールズ子爵に併合された。
・スコールズ子爵はやり手で、何年も前から男爵領に調略を仕掛け、裏切り者が続出したため、あっという間に決着がついた。男爵は裏切り者に殺された。
・恐らく、男爵の男子で生きているのはジョシュアのみである。
・4人は冒険者でリーダーはエイダである。
・冒険者はフリーランスの何でも屋である。
・この4人は自由都市ファロンに向かうところだった。ファロンは子爵領の南にある大都市である。
・ファロンは領主がおらず、市民により統治が行われている。
…………
……バッセル男爵が死んだ。
複雑な気分だ。
なんとも言えない……いや、俺は喜んでるのか?
マリーを俺のモノにしてしまえ。もはや障害は無い。
マリーも、ジョシュアも望んでいるぞ。
俺のモノにしてしまえ。
自分の暗い喜びを自覚した俺は、その誘惑を振り払うのに必死だった。
……ダメだ。ダメだ。ダメだ。この前の夢を思い出せ。
俺は、俺はいつかマリーを殺してしまう。
そうだ、エイダたちは冒険者だ。
彼らの人柄を確認して、信用できそうなら依頼してファロンに連れていって貰うのだ。
金なら用意すればいい。なんなら魔石でも。
……そうだ。それが良い。
「それとエイダ……また、来てほしい。出来れば1ヶ月以内に。」
「は、はいっ。」
……何にせよ、折角の外界とのツテだ。なんとか繋げたいところだ。
………………
対談が終わった。
ボルトが4人を部屋に案内する。
リビングに戻った俺はマリーと向かい合っていた。
「マリー……先ずはお悔やみを申し上げる。男爵は残念なことだった。」
「いえ……お気遣いありがとうございます。」
……微妙な沈黙が流れる。
「私は……ジョシュアの父親が死んだのは複雑ですが……その……」
マリーがジョシュアをちらりと見た。
スケサンが相手をしているようだ。
「男爵は私たち母子には興味がありませんでした。
戯れで手を付けた婢と庶子ですから……仕方がないと思います。」
「よせ、マリー。」
「いえ、聞いてください。」
マリーは泣き出しそうな顔をしている。
唇をわなわなと震わせながら言葉を続ける。
「ジョシュアは成長しても母の違う兄の従士にされ、戦場に出る未来しかありませんでした。男爵はジョシュアの顔をまともに見たことなどありません。」
マリーがとうとう泣き出した。ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「ジョシュアにとっての父親はあなたです。エトー様、私は……あなたを愛しています。どうか、ここに置いてください。」
……わざと、気づかないふりをしていた、逃げていた感情をぶつけられた。
この気持ちに応えることが出来たら……いや、止めよう。
共に齢を重ねることもできない不老の化物の考えることでは無い……身の程を知れ。
「……ダメだ。ダメだよ、マリー。」
マリーの顔が悲しみに曇る。
「マリーは、ジョシュアをどうしたいんだ?
モンスターに囲まれて、人の常識も知らず、娶る妻もおらず、深い森の中で一生を終えさせるのか?」
……俺は卑怯だ。
子供をダシにしてマリーの反論を全て封じた。
「俺の国では狼に育てられた少女の話があった……成長し、人に保護された後も人間らしさを得ることができずに、人の生活に馴染めず死んだらしい。」
俺は卑怯だ。
理屈で武装し、若い女を泣かせている。
「俺はジョシュアをそんな風にはしたくない。
俺にとって、マリーとジョシュアは大切な人だから。」
俺は卑怯だ。
最後は感情に訴えて、遥か年下の女を騙そうとしている。
マリーは何も言わずに肩を震わせて下を向いたままだ。手で顔を隠しているので表情は見えない。
ジョシュアが心配そうにこちらを見ている。
「けんかしてるの?」
「ジョシュア……俺は、お前たちのことを」
……駄目だ。その言葉は口にするな!
俺は理性を総動員して言葉を飲み込み、リビングを後にした。逃げるように。
泣いているマリーを残して。
………………
翌日、俺はエイダに明星の石という魔道具を渡した。
これは言わば発信器だ。場所がわかるだけではあるが、ものは使いようだ。
今後はエイダたちが森に近づいたら迎えを出せば良い。
昨晩、彼らの会話を知覚した中ではカルカス卿はバッセル男爵の所縁の人物だ。マリーとジョシュアの素性にも薄々気づいている。
マリーとジョシュアを託すのに相応しい人物かもしれない。
「エイダ、次はスケサン……あのスケルトンだが、スケサンと出会った街道近くの丘で待て。迎えをだそう。」
「あ……はいっ。」
やや緊張の面持ちでエイダは答えた。なにやら俺の素性を勘違いをしたようだが別に正す必要はない。好都合だ。
マリーの顔は見ていない。
俺が避けているからだ。
マリー……俺はお前のことを……




