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地雷  作者: 秋山貴志
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#04 枯渇した空間

 オレンジ色のぼんやりとした光だけが暗闇を照らす。

 八代は母親と暮らしているときから、寝るときにはこの豆球だけは点けて寝る習慣があった。ただ、今、彼の横に寝ているのは母親ではなく、柏木蒼汰という少年だった。

 よく寝ている。

 兄弟のいない八代にとって、子供の寝顔など今まで見ることはなかった。

 ふと、自分に子供がいたらこんな感覚なのだろうかと考える。

 結婚して幸せな家庭を築いている同級生が「子供はいいよ」と言っていた意味がわかる気がした。何の変わり映えもしない寝顔を見ているだけだが、なんとなく落ち着く。

 しかし目を落とせば、そんな温かい感情も冷え込む。

 細い腕に刻まれた痣。

 彼の父親はどういった心境で暴力を振るうのだろう。

 考えても理由などわからない。

 理解できない。

 赤の他人である自分でも、子供は傷つけてはいけないという心理は働く。

 言葉の通じない動物ですらそうだと聞いたことがある。飼い犬や飼い猫は、相手が人間の赤ちゃんであれば、何かされたとしてもほとんど危害を加えないのだという。それがたとえ人間だとしても赤ちゃんだということを理解しているらしく、怒って噛んだり引っ掻いたりしないらしい。

 動物でも認識できることが、実の親に理解できないとはどういうことだろう。

 狂ってる。

 獣以下だ。

 そう、あの男は頭がおかしいのだろう。

 一度だけ蒼汰の父親を見たことがある。まるで穴倉から出てきた熊のように、のっそりとゴミ屋敷から出てきた柏木は、無精ひげに薄汚れたシャツとステテコ姿だった。髭面で体格が良く、咥え煙草をしたまま一瞥してきた彼を、八代は見ただけで嫌悪を覚えた。

 再び蒼汰の寝顔を見る。

 あの男の血を引いているとは思えない。

 無垢な少年。

 うっすらと蒼汰の目が開いた。

 少しだけ頭を起こし、注意深く辺りを見回した後、八代と目が合う。

 ようやく今の状況を思い出したようだった。

「トイレか?」

 八代が声をかけると、蒼汰は「うん」と寝ぼけた声で返答をした。

 一緒に起き上がり、トイレへついて行ってやる。

 部屋の明かりを点けようかと思ったが、暗闇に慣れた目は豆球の光だけでも十分な明かりだった。

 すぐ側にあるシンクへ移動すると、八代は換気扇を回して煙草を取り出す。

 火をつけると、トイレから出てきた蒼汰が「蛍みたい」と八代が持っている煙草を見た。

 彼は少し笑った気がした。

「まだ夜中だ。もう少し寝ろ」

「……うん」

 欠伸交じりに蒼汰はそう言うと、素直に布団の中に入る。

 八代は大きく煙を吐き出した。

 寝る前に蒼汰と話していたことを思い出す。

 父親にビールを万引きして来いと命じられた蒼汰は、ナップサックを背負い、家からは少し遠いスーパーへ出かけたという。近くの店では顔を知られているので、できるだけ遠くで、店員の目が届かない大きめのスーパーを狙ったということだった。

 無事に何本かのビールを盗み終えた彼は、家に帰る。

 以前、三本だけ盗って帰ったときには、本数が少ないと殴られたので倍の六本取ってきた彼は、今日は殴られることはないだろうと安心して家路についたらしい。

 彩奈の為に、チョコレートも盗ってきたという。

 だが、家の中に入ると、妹の彩奈が寝転がって冷たくなっていた。

 遠くのスーパーだったので、往復で三時間くらいかかっただろう。

 その間に何があったのか、彼は理解できなかったようだ。

 ほんの数時間前に話をした彩奈は、うっすらと目を開いたまま、動かない。

 帰ってきた蒼汰に父親がかけた第一声は「こいつを床下に埋めろ」とシャベルを投げつけた。畳をひっぺ返して床を剥ぐと、露わになった土にシャベルを突き立てる。

 その様子を父親はビールを飲みながら監視してた。

 乾ききった土は固く、妹が収まるほどの深さを掘るのに何時間もかかったという。

 蒼汰は、地面を掘りながら自問していた。

 なんで、妹は動かなくなったのか、なんで埋める必要があるのか。

 だが、掘り終えたあと、意味もなく父親に殴られたと言っていたことから、その瞬間から考えることも放棄してしまったのだろう。後は父親がやることを、ただ見ていただけのようだった。

 彼の精神は、父親によって完全に支配されている。

 善悪の区別も曖昧だろう。

 そしてそれは蒼汰自身が父親の手にかかる瞬間まで続くはずだ。

 ここはカンボジアではない。

 法治国家であり、地雷が埋まっているような環境でもない。

 だが、今までと同じように父親に引きずられながら人生を歩んでゆけば、いずれ一生癒えない傷を負うことになる。もしくは殺される。

 彼が歩む道は、常に暗闇。

 そして道いっぱいに広がるのは地雷原だ。


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