#03 性(さが)の天秤
八代は蒼汰の両肩を掴み、彼の顔を覗き込む。
彼は八代の視線から逃れるように顔を背けたが、恐る恐る視線だけを戻した。
「今、言ったこと……どういうことなんだ? 埋めたって……彩奈ちゃんを……妹を埋めたのか?」
蒼汰は頷く。
「彩奈ちゃんは死んだのか? もしかして……お父さんに殺されたのか?」
「わからない」
「わからないって……息をしているかどうか、わからなかったのか?」
「父さんが死んだって」
「お父さんがそう言ったのか?」
「そう」
「病院には……救急車とか呼ばなかったのか?」
「わからない。父さんが埋めろって」
「お父さんが……?」
蒼汰の顔が歪む。
それが、掴んでいた両肩の痛みだと気づき、八代は手を放した。
「悪い……でも、なんでそんな事に……。お父さんが暴力を振るったのか?」
「わからない。ぼくが帰ってきたら、彩奈は裸で寝転がっていた」
「なんだって……?」
「服を着てなかったから……冷たくなったのかも」
少しずつ断片的な記憶を呼び起こすようにして話す蒼汰は、どこか夢うつつのようにも見える。表情を見ても、とくに動揺しているわけでもなく悲しんでいるようにも見えない。どこか遠い夢の世界の出来事を語るかのように、ごく淡々としたものだった。
ふと、記憶の枝に引っかかることを八代は思い出す。
子供の頃、飼っていたカブトムシがひっくり返って動かなくなったときがあった。
何故、動かないのか母親に聞いたことがある。母親がどんな返答をしたかは覚えていないが、庭に墓を作った。
理由は、もう動くことはないから。
それくらいの無機質な扱いだった気がする。
今、目の前にいる蒼汰も、まさにそのときと同じだ。行動の意味を正確に理解していないような。親がそう言うのだから、そうした、という子供故の安直さ。
ただ、彼が埋めたのはカブトムシではない。
人間だ。
しかも彼の妹。
彩奈は売られたかもしれない、という噂は聞いたことがあったが、まさか殺したとまでは周辺の住民も思っていなかっただろう。あるいは八代が知らなかっただけで、そんな噂もあったのかもしれない。
無理もないだろう。
あんなゴミ屋敷に住む子供が行方不明になったのだ。
殺されたかもしれないと疑う連中もいたに違いない。
八代は一月前に部屋にやってきた警察のことを思い出した。制服警官ではなく私服の刑事だった。彼らも証拠がないものの、殺されたという可能性を考えて捜査していたのだろう。
目の前の弁当に、もはや手を付ける食欲もなくなっていた。
胃の中は真っ黒い墨を飲んだようだ。
今にも吐き出しそうな感覚がこみ上げてくる。
警察に通報するか?
八代の脳裏には、刑事に連れられ、パトカーに乗り込む蒼汰の姿が浮かぶ。
彼に罪はないだろう。
未成年で責任能力もない。
だが、たとえ罪に問われなくても、彼はこの先、どう生きていくのだろうか。
妹の遺体を埋めた少年は、どんな大人になるのだろうか。
「彩奈は死んだんでしょ?」
蒼汰がぽつりと言う。
「……そうだろう。動かなかったんだろ?」
「ずっと……動かなかった」
「じゃあ、そうだろう。彼女は死んだんだ」
「ぼくも、殺されるの?」
そう言った彼の目は、ただ道順を尋ねているかのような、そんな素朴な色をしていた。
八代は否定の言葉を探したが、思った以上に混乱していた。
どんな返答をしても、彼は救われないのではないかと考えてしまう。
すると蒼汰は、再びブラウン管に目を向けて言った。
「もし死ぬのなら、ぼくもカンボジアに行きたい」
「……え?」
「この人たちみたいに地雷の撤去作業をしたい」
「なんで?」
何を言いだすのかと八代は訝し気に彼を見る。
どうしてそうなるのだ、と。
他人の事を気に掛けている場合ではないだろうと。
「でも……地雷ってまだ埋めている人がいるんだね……。ねえ、どうしたらこんな可哀想なこと、やめさせられるの? あの子たちは何も悪い事してないんだよね? それとも、悪いことをしてなくても、やっぱりお金のない家の子は怪我したり死んだりしないといけないの?」
話を戻そうとした八代は、その口をつぐんだ。
ときとして、無垢な子供の言葉は、どんな鋭利な刃物よりも鮮やかに胸を貫く。
地雷を埋める人間がいて、地雷を踏む人間がいる。
その、両者の差はなんだ?
その位置づけに生まれてきたことを運命だと言い切るのは容易い。
ふざけるなと言いたい。
死ぬために生まれてきた運命など。
八代は「そんなことはない」と、やっとのことで声を振り絞る。
「生まれてきた境遇だけで殺される運命なんて、たまったもんじゃない。それを少しでも変えようと彼らみたいなNGO団体がいる。誰かの為に、何かをしたいという人たちがな。当人たちでは変えることのできない事態だろうと、手を差し伸べてくれる存在もあるんだ」
「神様も?」
「いや……神様じゃない。彼は万能じゃない。万能だったら生まれて間もない子供の足を吹き飛ばしたりはしない。人を殺すのも、人を助けるのも、やはり人だと俺は思うよ」
そう言いながら、彼もブラウン管を見る。
子供相手に哲学を語るなど、滑稽だ。
歪曲した環境で暮らしている彼には、人の生死も朧げな感覚なのだろうと思った。
しばし沈黙のあと、蒼汰はぽつりと言った。
「どうせ死ぬなら、誰かの役に立って死にたい」
画面をじっと見つめながら、彼がどんな気持ちでそう言ったのかはわからない。
ただ、あんな掃き溜めのようなゴミ屋敷で産声をあげても、天使のような心は宿るんだなと八代は思った。




