朝の出来事
1晩寝て起きたら昨日のことはぜんぶ嘘だった…
なんてこともないのだろう。
「…悠奈」
耳元で響く心地よい低音。
息がかかってくすぐったい。
気持ちいいまどろみから覚めたくなくて、小さなうなり声で誤魔化しながら声の方から背を向ける。
「悠奈」
さっきよりも強い声。肩を揺すられる。
「…ん……」
「おい、起きてんだろ」
「……ぅ…るさいなぁ……もう…」
目を閉じたままつぶやく。
「…へぇ…...起きねぇつもりなら…」
ベッドが揺れ、腰のあたりに何かがのしかかってくる。
「重……なによ…!?」
睨んでやろうと目を開けると、私の腰をまたいでのしかかってきている莉緒の姿。
ちょうど顔を近づけてきていたところで、ばっちりと目が合った。
…相変わらず意地の悪い表情。
「悠奈がすぐ起きねぇから俺、待ちくたびれたじゃねぇか?」
首元に莉緒の唇が触れた。
その隙間から温かいものが押し当てられる。
そのまま上に上がって耳たぶを舐められる。
「ーーあんたは犬かっ……」
どこでも舐めてきやがって…くすぐったいのはこっちだし、何だか変な感じーー
「俺ちょっと、悠奈が可愛すぎて無理かも」
「…は!?」
「悠奈がさっさと起きねぇから悪い」
そう言うや否や、莉緒の顔が近付いてくる。
慌てて、右手で彼の口を塞いだ。
ぎりぎり間に合った、キスされるとこだったよね、今…
安堵のため息をついている間に、見るからに不機嫌になるあいつの顔。
目を細めて睨んでくる。
きれいな蒼だとか思っている暇もなく。
「ーーった…!?」
がりっと手のひらを噛まれて慌てて引っ込める。
抗議しようと口を開いた瞬間、触れる唇と乱暴に突っ込まれる舌。
「ーーっ…ぁ…っ」
口内を甘く浸食しながら絡め取られる舌。
抵抗しようと莉緒の胸ぐらを掴んだ右手は、キスの合間に優しく振りほどかれていつの間にか莉緒の左手を握っていた。
なにこいつ
なにこのキス
なにこの感じ
意識、飛びそう…
離れる唇、離れていく莉緒の身体。
呆然と見上げる私の目を捉えて離さないまま、口角を上げるあいつ。
「ちゃんと起きれただろ?」
「ーーっ…起こし方がおかしいでしょ!?」
意地悪げに笑う莉緒を、思いっきり睨みつけてやった。
この人には逆らわない方がいい。
こいつには逆らえない。
町田莉緒…とかいうやつ、一体何なの…
せめてもの抗いに、キッと睨みつけながら言う。
「で、何でこんな時間に起こしたのよ」
「あ?悠奈が平日は6時に起こせって言ったからだろ」
「...あんた今日何曜日だと思ってるの」
「何曜日って…」
莉緒の表情が少しずつ固まっていく。
「日曜日なんだけど。私お昼まで寝ようと思ってたんだけど」
「ご...ごめーー」
「嫌」
冷たくあしらって横になる。
目を閉じてみるが、さっきのキスのせいで眠気が襲ってこない。
2、3回寝返りをうって悶絶していると、あいつと目が合った。
さっきまでの自身に満ち溢れた意地悪げな表情とは打って変わって、しかられた子犬みたいな顔してる。
思わず笑うと、私は莉緒に手招きしてからベッドの横を指さした。
「そこ、座って」
私がまだ怒ってると思っているのか、下に正座する莉緒。
笑いがこみ上げてきた。
うっとおしいけどドジで可愛いとこもあんじゃん?
悔しがるだろうと思って、莉緒の頭をいいこいいこしてあげる。
「次からは気をつけなよ?私の“お世話係”なんだから」
精一杯の意地悪げな笑みを贈る。
莉緒は一瞬きょとんとした後、
「悠奈が可愛すぎて辛い…」
「え…ーーはぁっ!?」
目の前には莉緒の顔と、その後ろには天井。
まとめて片手で押さえつけられる手首。
「本気で気をつけないと、俺悠奈のこと襲っちゃうかも?」
つぅ...と頬をなぞられる。
「なに言って…っ」
またキスされるかと思った。
でも触れる超然で寸止めして見つめられるよりはキスされる方が良かった!!
「けっこう前から俺、悠奈のこと好きでさーーだから“お世話係”になれて嬉しかったよ」
「えっ…」
頬をなぞった手のひらが今度は太ももの内側を撫でる。
そのまま右膝を曲げられ、手のひらは膝から下に下がっていくーー
唇がまた、優しく触れてきた。
ゆっくりと入ってくる生暖かい舌を受け入れる。
なんかもう、どうにでもなれって感じだった。
莉緒の手のひらがスウェットの中に入ってこようとした瞬間、
ガシャンッ
ドアの外で大きな音がして、莉緒が慌てて私から離れてドアを開けにいく。
「...何ですか!?……悠奈さんはまだ寝てるので...はい、お静かに……」
どうやら廊下でなにか落としたようだった。
安心したような、ガッカリしたような…
って、何を考えてるんだよ私は!?
莉緒の後ろ姿をちらっと盗み見る。
ーー好きじゃない、あんなやつ
…好きになってたまるもんか