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花を作る

はるか昔に書いたやつです。よろしくお願いします。

夢のない眠りから目が覚めた。

 目を開けたとたん、真っ白な妖精のつり上がった瞳と目が合った。手のひらサイズの妖精は、細い腕を組みながら不機嫌そうに口を開く。

「また夢を見なかったのね、バク」

「……ごめん」

 起きるなり冷ややかな声音でなじられ、僕は情けなくあやまった。

 僕と一緒に暮らしている妖精は、名をセッカという。漢字で書くと『雪花』らしいが、僕は正直せっかちの『セッカ』だと思っている。

「ちょっと。今、何考えた?」

「何も」

 セッカはこういう所、変にするどい。

「何か嫌な事考えたでしょう」と言いたげに、透けるほど綺麗な白銀の髪をひらめかせ、薄い羽根をいらだたしげにぱたつかせた。

 あきれたそぶりで細い腕を組みなおし、一つ小さく息をつく。ガラス玉のような瞳に、僕の姿が映る。

「あのねバク。簡単な事よ、ただ花を作る夢を見るだけよ? 夢の中で花を作って種を取る、それだけの事がどうして出来ないの?」

 一方的な言い方に、さすがに少しむっとする。僕はくちびるをとがらせて、ぼそぼそと言い返した。

「だってさあ、このごろは条件も悪いしさ。温暖化に、異常気象に……」

「言い訳無用。どれだけ条件が悪かろうと関係ないわ。ようはあなたが夢を見れば良いだけなのよ」

 僕は何も言い返せず、だまってベットから起き上がる。軽く身じたくをして、ミルクとパンの朝食をとる。

 トーストをかじる僕の目の前で、セッカは氷砂糖を一かけら口にした。まるで満足していないみたいだ。小さな肩に、変に力が入っている。

「さ、食べたら寝る事。もう寒くなってきたし、いいかげんで例の夢を見る事ね」

「僕に仕事もさせない気? 夢を見るのは副業なんだよ」

 言いかけて仕事場にひっこもうとする僕に、セッカはまつわるように絡みつく。

「あの夢を見る事以上に、大切な事なんてないでしょう?」

 僕はだまりこみ、ダイニングにセッカを残して仕事場の戸を閉めた。

 ドアごしに何か言いつのるかすかな声をBGMに、さまざまな色の上質の絹を組み合わせ、造花を作る。見る間に造花は光を放ち、後から後から本物の花になってゆく。

 これが僕の仕事。僕は天上の花職人だ。

 本業ではそこそこの腕を持っているけれど、夢を見る副業は上手くない。毎年冬が近づくたびに、副業の監視役のセッカとは折り合いが悪くなる。

 仕事を終えてダイニングへ戻ると、セッカはテーブルの上のマフラーを毛布代わりに、ふて寝をしていた。僕は彼女を起こさずに、そのまま寝室へ入り、ベットヘもぐり込む。

 今日こそは、夢を見られれば良いな。

 頭のうちで念じながら、祈るように目をつむる。すぐに眠気が体の中にたちこめて、僕は意識を手放した。


 夢の中で、僕は花を作っていた。

 けし粒みたいな黒いねんどの種をまき、じょうろで庭一面に水をやる。しばらくすると芽吹くはずのない種は次々芽吹き、幻のようにすくすく伸びてつぼみをつけた。

 やがて薄桃色のアネモネに似た花が咲き、見る間にしおれて種をつける。種は皆ふわふわの、雪のような綿毛を持っている。

 種たちは今すぐ飛びたいと言いたげに、そよ風にゆらゆら揺れていた。

「そうら、飛んでいけ!」

 僕が大きく右手をふると、ざあ、っと大きく風が吹き、種が一気に舞い上がる。

 雪のように、花のように、綿毛は飛んで踊って散らばった。

「やれやれ、今年も何とか間に合ったか……」

 ほっとしながら呟くと、自然に笑みがこぼれてきた。


 そうして僕は、淡い夢から抜け出した。

目を開けると、嬉しそうな顔の妖精と目が合った。

「よくやったわね。雪、ちゃんと降ってるわ」

 雪の妖精の指さす先に、小さな氷の花びらが後から後から舞っていた。

 僕の副業は、『天上に雪を降らす事』。今年も何とか完了だ。後は夢の花のなごりで、春が来るまで自然に雪が降ってくれる。

「どうなるかと思ったわ」

 甘く苦笑したセッカが、ねだるような上目づかいで僕を見る。僕は笑ってうなずいて、寝室のガラス窓を押し開けた。

 セッカが雪の中に飛び出して、上を向いて口を開ける。

 ひらひらと舞う雪の花が、二三つぶ妖精の口の中に舞いこんだ。満足そうに微笑んで、セッカが頬に手をあてる。

「ありがとう、バク。これでまた一年は生きれるわ」

 セッカは雪の妖精だ。一年に一度雪を食べないと、彼女は死んでしまうのだ。

 けれど雪を食べ続けている限り、セッカは永遠に生きていられる。

 機嫌良さそうに頬を赤らめたセッカが、小首をかしげて微笑んだ。

「けれどバク、雪を降らすの少し上手くなったんじゃない?」

「またまた、おせじは良いよ」

 大げさに手をふってみせた妖精が、もっともらしく言いたてる。

「おせじじゃないわ、初雪が降るの、去年より少し早いもの」

 めずらしく素直にほめられて、僕は何と言って良いか分からずにだまりこむ。ふたつ分白い息をはいて、頬をかきながらつぶやいた。

「……先代の、じいちゃんにはかなわないけど」

「そりゃあ年の功だもの。そのうちきっと、グランパより上手な雪の職人になるわ」

 調子の良い事を言われて、僕はほてった頬をおさえてはにかんだ。

 何かと口うるさいけど、時々むっとさせられるけど、僕はセッカを嫌いじゃない。

 冷たくて重くて、雪かきなんかは正直もううんざりだけど、僕はこの副業もそんなに嫌じゃない。

 互いに何かしら文句を言いつつ、時々けんかしたりして。でも、きっとずっと、僕らはこうして生きてゆく。

 命の糧の、雪と共に。

                                      (了)

   

全体に可愛い雰囲気が、自分では気にいっています。

いかがでしたでしょうか……?

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