第一楽章8番
「ご用件をお願いします。」
「探索者の登録をお願いしたいのですが。」
リィンが手慣れた様子で手続きをしているところを命は静かに見ていた。手続きの初めに命がいくつかの質問に答えたきり、カウンターの女性は淡々と手元の書類に何かを書き込んでいた。
女性はしばらくそれを続けていたが、
「少々お待ち下さい。」
とだけ言った後、奥の部屋に入っていった。
少しすると奥から女性が戻って来た。戻って来た彼女の手には何かの機械が握られていた。機械を見ながら、命はこの世界の技術力がどの程度のものなのか今度調べようと考えた。
机に設置されている淡い光を放つ板に、彼女は手にした機械を置いて命に話しかけた。
「それでは、こちらに右手を置いて下さい。」
「…こうか?」
命は女性の指示通りに右手を置いた。すると淡く板が発光し、数瞬後には光は収まった。
「お待たせいたしました。これで登録は完了です。この端末には多くの機能が搭載されていますので、探索にご活用下さい。さらに端末は身分証明書でもあるので、管理にはお気をつけ下さい。」
「ありがとうございました。」
渡された端末を命が受け取り、軽く礼を言うとそのまま二人は立ち去った。
こうして命は探索者になった。
「で、これからどうすればいいんだ?」
「そうねぇ。まずはあなたの装備を整えて武器を探さないと。」
「武器か…。」
ダンジョンには危険が多く、常に危険がつきまとう。そのためダンジョンの中での準備が絶対に必要となる。しかし今の命は、自分が着ていた学ラン位しか持ち物がない。これから探索者として生きて行く為の装備は一式揃えることから始めなければならない。特にダンジョンの中に巣くう怪物対策に、戦う為の武器が必ず必要になる。
「さて、どうしたもんかな…。」
命はぼやきながらリィンと共に酒場を後に、しようとした。
「おい、さっきぶりじゃねぇか。」
突如声をかけられ、二人は声のした方…つまり後ろを振り向いて見た。そこには多くの屈強な男たちがいた。
「あっ!さっきの!」
「知り合いか?」
リィンが声を上げたのを見て、命が尋ねた。
「私にダンジョンに行けって言った奴らよ!」
「あー、さっき言っていた体よく追い返されたって奴か。」
「初心者だって私を馬鹿にした失礼な奴らよ。」
「いや、町の近くのダンジョン位調べなかったお前も悪いだろう。下調べは基本だってことは子供でも分かるぞ。」
「うぅ…。でも…。」
「これから行くかもしれない場所に考え無しに行こうとしてたってことだろう。だから相手にされなかったんだろ?」
「何よ!そんなにはっきり言う必要ないでしょ!」
「てめえら、人を無視すんじゃねぇ!」
二人でいい争っていると、その様子に痺れを切らしたリーダーらしき男が怒鳴りつけた。その彼の反応に対し、リィンは不思議そうに男の方を見て、命は興味なさそうに男を一瞥しただけであった。
「そういえば私たちに何の用ですか?」
リィンが問いかけると、男はわざとらしいほど大きく肩を竦めた。
「おいおい、しらばっくれんじゃねーぞ。お前さんが新種の怪物をダンジョンで発見したって話は皆知ってんだ。どこで見つけたのか教えろよ。」
「…あ。」
男の話を聞き、リィンが何かに気が付いたように間の抜けた声を出した。
「おい?」
「えーと…。」
命が責めるように問いかけると、彼女はバツが悪そうに視線を反らしつつ話し始めた。
「さっきあなたも渡された端末にはいろんな機能があるって話はしたよね?」
「ああ。聞いたな。」
「その中に『分析』って機能があるの。」
「…それで?」
「その機能は怪物のタイプや大きさの分類をしたり、長年の間蓄積されている協会の膨大な情報に接続して相手の能力を解析したり照合したりできるのよ。」
「あ、わかった。」
「まだ説明してる途中なんですが!?」
「つまり協会の情報に接続する際に、こっちの情報も協会に流れるってことだろう?そうすれば探索者は情報を手に入れて戦いを有利に進められて、協会は最新の情報を手にすることができて一石二鳥って訳だ。そして多分探索者ならば、協会の情報はいつでも確認できる。違うか?」
「…その通りです。」
「ついでに新種の情報を出せば報償金が出たりもしそうだな?」
「…はい。」
「で、その気になればどの探索者がいつ、どんな情報を確認したのか、新種を発見したのかも調べられるってところか?ただしどこで見たのかっていう発見場所の特定まではできないってところか。だからこいつらは、新種の情報が欲しくて俺たちに話しかけた。」
「そこまでわかっているなら教えろよ。情報を共有できないやつはろくなもんじゃねぇ。あんたら、単独活動は辛いぜ?」
話を黙って聞いていた男たちはイライラした様子で二人の話に入ってきた。命はこの男たちの目的があわよくば自分達も新種を発見し報償金を貰うこと、言うならば金欲しさだと見抜いた。しかも言わなければチームを組めなくなるようにする、暗に圧力をかけてきたのだということもわかった。
さて、どうするか…。
命としては正直、情報を教えようが教えまいがどっちでも良いと思った。しかしこの男たちの傲慢ともいえる態度はいただけない。仮にも、理由はわからないが自分が眠っていた場所に気に入らない奴らがウロウロする、そのことに命は嫌悪感を覚えた。
リィンは命の方を困った様子で見ていた。命に気を使ってどうするか考えているようだ。その視線に気が付いた命は、とっさにアイコンタクトで自分が答えると返した。リィンの困惑しながらも納得した様子を見て、命は男たちに向き直った。