第一楽章7番
「―どういう意味だ?何で俺の名前が書かれている?なんだよ、未来だの願いだの…。」
「ねぇ。」
命が言葉の意味を考えていると、リィンに声をかけられた。
「なんだよ?」
「あなた、未解決言語が読めるの?今まで多くのダンジョンにいろんな未解決言語があったけれど、まだ誰も解読出来ていないのだけど…。」
「…は?」
伝えられた言葉に命は衝撃を隠せない。命にとってはただの日本語である。間違っても謎めいた言葉ではない。
「ちょっと待て、ここは日本の何処かじゃないのか?俺は海外に渡航した記憶はないんだが。」
「ニホン?そんな国聞いたこと無いけど…。」
「じゃあ、ここはどこなんだ!」
「…パルメキラ帝国の東に位置するアンバル地方だけど?」
「…は?」
聞いたことも無い場所の名前を出されたことで、非常に優秀な彼は一瞬で理解した。
―ここは、自分の知らない場所だということに。
「実は俺、記憶喪失みたいなんだ。自分がどうしてここにいるのかもわからない。」
「…えっ、本当!大変じゃない!」
それからの彼の行動は速かった。命はリィンに対して、自分が日本で暮らしていたことは伏せ、記憶が曖昧であること、先ほどは混乱していたことを話し、この世界が三つの大国によって統治されていること、リィンの仕事『探索者』のこと等、彼がこれから生きて行く為に必要な最低限の知識を聞き出すことに成功した。
自分が暮らしていた場所―日本のことを伏せたのは、そんなことを言っても通じないか、余計な詮索をされるだろうという判断だった。それに、全て嘘ではない。記憶が曖昧だということは本当の話だ。ただ話してないこともあるというだけで。
リィンは命の(よく考えてみると非常に怪しい)話を真剣に聞いていた。どうやら彼女は、非常に単純な上に重度のお人好しな性格でもあった。そしてその性格は、今の命にとっては都合が良かった。
「俺、これからどこに行けばいいのかすらわからなくて。」
「それじゃあ私と一緒にくる?」
「良いのか?」
「ええ!困ったときはお互い様でしょ?」
「ありがとう。」
命が少し困ったような顔をして話すと、リィンは予想通り命と行動してくれるようになった。これでしばらくは、この世界で暮らしていくことができるだろう。命は内心そうほくそ笑んだ。
二人がダンジョンから出ると、既に日は落ちかけていた。本格的に暗くなる前にリィンの先導のもと、二人は近くの町にたどり着いた。
町についた後はリィンの案内で、とある酒場に向かった。この酒場は探索者たちを取り纏める『探索者協会』が設置・運営する施設である。飲食ができることは勿論、パーティメンバーを探すことができる集会場、一般人から探索者に対する依頼を取り纏める仲介業等も兼ねている。命は初めて見た場所に内心緊張していたが、そんな姿はおくびにも出さずリィンに話しかけた。
「なぁ、ここで何をするんだ?」
「これからあなたにも探索者になってもらうの。」
「へっ?」
「探索者は過去の経歴を問われることがないの。だから他の職業と比べると、比較的簡単になりやすいってわけ。何より証明書はどこでも身分証明書として使えるから、絶対あった方がいいわ。」
「成る程。けど、おれはあんたみたいな戦闘能力はないんだけど?」
「まぁ戦闘が全てという訳でもないから。その辺りは追々考えましょう。」
「了解。」
命はまだ聞きたいことがあったが、それは後にする事にした。話を終えると、二人は探索者としての必要な手続きのできるカウンターへと向かった。