第一楽章6番
「…ここは?」
気が付くとリィンは、先ほどまでいた真っ白な部屋とは真逆な暗闇の中にいた。ぐるりと辺りを見回しても、目に入るのは暗闇のみで、何もみることはかなわなかった。
『ごめんなさい…』
「!」
不意に女性の声が響きわたった。その声は何か辛いこと、痛みを声こらえているようなものだった。
リィンは声の主を探したが、女性どころか人の姿すらどこにもない。一体どうなっているのかわからないまま、声が再び聞こえて来た。
『命、私たちはあなたにとても辛い役目を押し付けてしまった…。恨まれても仕方ない。…私たちは罪を犯します。ガーディアンとなった方に対して決して許されない罪を…。』
声が聞こえなくなると同時に、リィンの意識は遠のいていった。
「…、…い、しっかりしろ!」
リィンの意識が浮上すると、目の前には箱の中にいた少年がいた。少年はほっとした顔でリィンを見ていた。
「良かった。心配したんだぞ。…あんた覚えているか?いきなり俺の目の前でぶっ倒れたんだ。」
「…そうなの?」
少年の問いかけに間の抜けた声で答えると、少年は盛大に顔をしかめた。
「…なんかあんたのことを真面目に心配するだけ損する気がしてきた。」
「失礼な少年ね。仮にも女の子に言うセリフとは思えないわ。」
「あんたこそ失礼だろ。俺は少年じゃない。神宮命って名前がある。ついでに言うと歳は十七歳、あんたより歳上だ。」
リィンがゆっくり身体を起こしていると、少年―ジングウミコトは顔をしかめたままそう言った。
しかし『ミコト』と言う名前に引っ掛かりを覚えて、リィンは彼の顔をまじまじと見た。
「なんだよ。俺の顔になんかついてんのか?」
「いや…、そういう訳じゃない―」
リィンの不躾な視線に耐え兼ね、命はリィンに話しかけた。そしてリィンは、命の言葉に答えようと身振りを加えて話をしかけ、思わず言葉を失った。
彼女の右手の甲には、タトゥが刻まれていた。その意匠は、盾に茨が絡み付いたもの―先ほどのトカゲから現れたものと同じだった。
「…何、これ?」
リィンが呟くが返事はない。部屋に重い沈黙が流れる。二人はどちらともなく顔を見合せ、お互いに首を傾げた。
「あんた、こんなタトゥしていたんだな。気が付かなかったよ。」
「いやさっきまでは間違いなく、こんなものなかったんですけど?」
「まぁ、身体に異常がなければ問題ないだろう。」
「いや、もう異常出ているけど。だって知らないうちにタトゥが出ていたんだよ。タトゥって本来彫り込むものでしょう?」
「細かいことだろう。」
「あなた、自分に関係ないからって投げやりになってない?」
二人で軽口をたたくが、どちらとも頭の中は疑問符だらけだ。しかしお互いに聞いても答えが出ないということは、お互いの態度で悟っていた。
二人はしばしの沈黙の後、ほぼ同時に振り向いた。二人の視界に今はもう動かなくなったトカゲ『だったもの』が目に入った。それは光を飛ばしたと同時に、バラバラの金属片になり崩れたのだ。
「とりあえず、この部屋を調べないといけないかな?」
そういうとリィンはおもむろに金属片の山に近づき、端末を駆使してトカゲだったものを検分し初めた。命には何をしているのか分からなかったが、検分の様子をリィンの隣で見ていた。
「いくつか素材として使えるものはあったけれど、それ以外のことは全くわからないわね。」
「じゃあ一体なんだよ、そのタトゥ。」「分かるわけないでしょう?…とりあえず、今は打つ手無しってことね。」 リィンはそう言うと、今度は、箱の方に向かった。箱の色はやはり純白。飾りは一切無し。内側には寝心地の良さそうな白い布が敷かれていた。箱を見ていた命は内心(棺桶みたいだ。)と思ったが、その理屈ならば自分が棺桶に寝ていたということになる為、首を軽く振り自分の考えを打ち消した。
「あら?」
「どうしたんだ?」
「箱の内側、文字が書いてあるのよ。読めないけど…。」
「…あんた文字読めないのか?」
「失礼な。日常生活に困らない位には読めるわ。ただ、見たことがない言語なのよ。」
「はぁ?どんな文字だよ。」
命が呆れたように呟き、箱に近づいて文字を見る。そして、その文字を見て拍子抜けした。
「なんだ、ただの日本語じゃねぇか。少し掠れているが、読めるか…?」
命は隣にいたリィンが目を丸くしたことには気付かず、その文字を読み上げた。
「えっと、『神宮命・人類の未来を守る為、方舟に眠る…、』」
命の文字を読み上げる声が若干震える。さらに小さく呟いた。
―我らの願いを託し、永き眠りについた彼の行く末に幸あれ、と。