転機
それから半年も経つと、国語や外国語はライが、数学や理科はバンがお互いに教え合うようになっていました。
教科書を使って互いに教え合うと、ますます二人の勉強への熱意が増しました。この頃になると、ライとバンはよきライバルになっていたのです。
初めは暇つぶし程度だと考えていたバンは、ライを親友だと考えるようになりました。そして、彼とずっとこうして親友でいたいと思っていました。
一方ライはバンと親友でいたいと思いながらも、身分の違いがあることを知っていました。彼と自分はすむ世界が違うということを、バンの服装や言葉遣いによって思い知らされていたからです。
「バン、実は僕、今度違う学校も回ることになったんだ。お父さんが病気になってしまったから、お父さんの代わりに別の学校にも行くことになって・・・。だから、こうやってバンと勉強できなくなるんだ」
ある日、ライは唐突にバンに言いました。
最近、流行り病が猛威を振るっていることはバンだって知っていましたが、まさかライの父親も罹っていたとは知らなかったのです。
「えっ。でも、ライの父さんが治ったら、また勉強できるだろう?だったら、俺、それまで待つよ」
「ううん。お父さん、結構病状が重いみたいでね。大きい病院で手術しないと、治らないみたいなんだ。だから、そのためにお金をたくさん稼がないといけないし。もし、お父さんが死んじゃったら、僕が家族のために働かないといけないから」
相談してくれたら自分の父親に頼んだのに。バンはそう言いそうになるのを必死でこらえました。ライが、バンから可哀想な貧乏人だと見られるのを嫌いっているのを知っていたからです。
(でも、ライのためになることを、俺だってしたい)
バンは、見舞いに行きたいということを理由にライの家の場所を聞きだしました。最初は病気がうつるといけないからと断っていたライでしたが、近くまでという条件で家の場所を教えました。
その日の夜、バンは父親が帰宅するのを待っていました。
「ただいま。バン、まだ起きていたのか」
「うん。父さん、頼みがあるんだ。
ライの父さんが病気で、大きな病院で手術しないと助からないみたいなんだ。もし、助からなかったらライと勉強できなくなる。俺、せっかく勉強が面白いって思えるようになったのに…」
バンは、病院の院長でもある父親にどうにかならないかと頼もうと思っていたのです。しかし父親は、貧乏人の狡さも知っていましたから、その話が本当か確かめる必要があると思いました。その一方で、ライの才能も認めていました。
「お前の気持ちは分かった。でも、私だけの考えで手術するわけにはいかないんだ。とりあえず、その子の家に案内してくれないか」
バンは、きっと父親ならなんとかしてくれると思い、次の日の朝に早速ライの家近くに行きました。その後、二人でライの家を探し、とうとう集落から少し離れたところにあるぼろ家の前に着きました。
そこにはライに聞いたとおり、病気の父親がぐったりと横たわっていました。母親は父親の看病をしながら、近所で畑仕事をしているとのことです。その話を聞いて、バンの父親は話し始めました。
「お母さん、ライ君をうちで預からせてくれませんか?彼はちゃんと勉強すれば、もっと伸びる。そうすれば、いいところに就職できます。うちで雇ってもいい。うちの息子が、勉強をする気になったのもライ君のおかげだと聞いています。どうですか?」
「お言葉は嬉しいですが、うちは夫が病気です。ライがいなくなったら、働き手がいなくなって困るんです。まだ下に子どももいますし、教育よりお金が要るんです。申し訳ありませんが、帰ってください」
ライの母親は本当に困ったような顔をして、バンの父親に頭を下げました。そこへライが水汲みから帰ってきました。バンの来訪に驚いているようです。
「ライ君、君はもっと勉強したくないか?もし、君が勉強したいんだったら、うちでちゃんとした教育を受けないか?もちろん、君のお父さんのことは、私の病院で面倒を見よう。費用は出世払いでいい」
母親に断られたことによって、バンの父親は余計にライに教育を受けさせたいと思ったようです。
すると、寝ていたはずのライの父親が口を開きました。
「俺のことはいい。ライ、お前昔から勉強したかったろう。せっかく勉強させてもらえるんだ。させてもらえ」
「でも、うちはどうするんです?まだ、下の子たちもいるんですよ!」
「俺がどうにかするさ」
「ライ君のお父さんは、私の病院に来てもらいます。うちはきちんとした設備も整えていますから、安心して下さい」
バンとライの父親の説得によって、ライの母親もとうとう折れ、ライはバンの家に行くことになりました。そして、ライの父親はバンの父親の言ったように、彼の経営する病院に入院することになったのです。