04朝起きるだけの話に一話費やすとかマジ?
木引謙太の朝は早い。
5時に目を覚ますと、まずはベッドの上で10分間ほどぼーっとする。この時間は非常に重要で、人間の一日に動くエネルギーの貯蔵と思考の整理をおこなうための思考停止、いわば戦略的思考停止なのである。ソースは僕。
そんな実にくだらないことを思いながら、ベッドの上でぼーっとしていた。
今日はまた一段とくだらないことを考えていたからなのか、頭が未だに冴えない。
やっぱり朝起きたあとのこの瞬間は最高だ。だって何も考えなくていいもん。ひたすらぼーっとしてても何も言われない。許されるならあと10分くらいぼーっとしてたい。学校でもぼーっとしてたい。いっそ学校行きたくない。勉強させんじゃねえよ……。
途中から言いようのない憎しみに心が支配されたせいで目が覚めてしまった。ほんと進学校ってくそ。この穏やかな朝の時間まで奪いにかかるとか人間とは思えない。そういえば体育の松島先生とか防具つけずに剣道部員二人から2本勝ちしたり、体格が二回り近く大きいラグビー部員のタックルの練習相手になったりしてるし、うちの教師陣ってすでに人間辞めてるんじゃないか?いやそれはなんか意味が違うな……。松島先生がビックリ人間コンテストなだけであって、別に教師陣が心無いわけではないし……。
「超どうでもいい……」
そんなことどうでもいい。いやほんとどうでもいい。松島先生がビックリ人間コンテストなことも、うちの学校が無慈悲な勉強施設であることも、どうでもいい。
そんな煩わしいことは全部ポイして、僕は心地良いぼーっとワールドに帰ろう。そうしよう。
「……って帰れたら苦労しないんだよなあ」
アッハイ。起きます。いや最初から起きる気満々でしたよ?別にぼーっとしてたわけではないですよ?松島先生って誰です?いやさすがにそれは無理あるか。
とにかく、起きると決めた僕の行動力はそれなりのものがある。
とりあえず眠気を抜くために窓際で伸びをした。窓の向こうでは小鳥たちが朝を告げるようにせわしなく鳴き声を響かせている。僕は毎朝この小鳥のさえずりを聞くために、いつも窓を開けたまま寝ている。それほど朝チュンは寝起きに効果的なのだ。なお夏場は蚊に刺されまくる模様。
「んん~~。今日も気持ち良い朝だなぁ」
「そうね」
「うん、この朝の澄み切った空気を吸うと心が洗われるようで一体ルキアはなんで窓の外なんかに立っているんだああああ!!」
目を開けると窓の外にルキアが立っていて、深呼吸する僕の顔をじっと見つめていた。
いや、僕の部屋二階なんだけど………。ていうかおかしいよ。こんなの絶対おかしいよ!こんな朝っぱらから自宅訪問とか、これなんてエロゲ?
僕が呆然としていると、ルキアは何かに気がついたような顔をした。
「ダイナミックお邪魔します?」
「ダイナミックにも程があるよ!もうこれ不法侵入だろ!」
「まだ家には入ってないわ」
「入ってたら通報だよ!」
「じゃあ、謙太の許可が出たところで、お邪魔するわ」
「待て待て待て!いつ僕が不法侵入の許可を出したんだ。てか通報って言ってんだろ!」
不法侵入の許可とかもはや日本語じゃねえ……。
この女、ヤバイぞ……。おかしいとは思っていたが法律すら意に介さないとは……テロリストかな?
ルキアはなんとなーく横にしていた首をちょこんと反対にかしげた。
「違ったの?」
「おまえ単語しか聞き取れてねえだろ!」
そして単語以外の部分を都合よく解釈しすぎている。これはあれですね。新手の難聴系。そのうち、え?なんだって?って言い出すぞコイツ。
っていうか少し僕を休ませてよ!
ほら、地の文が少なくて何が何だか分からくなってきてるよ!
僕はぜえぜえ息を吐きながらツッコミを入れていたので、そろそろ酸欠で顔が真っ赤になっていた。今なら金管楽器とか余裕で吹けそう。響け!ポリフォニカ!あれ、なんか違うな。
ルキアは僕のマジで致死する5秒前☆な姿を見てか、心配そうにこちらの額に手を当ててきた。
「謙太、疲れてる?」
「うん、お陰様でね……」
根は優しいんだよね。でも、この状況を作り出したのも君なんだよね。なにこのマッチポンプ。
しかしそろそろルキアがここに来た理由を聞かないと、尺が………。
まだ少々酸素が足りないけど、仕方ない。聞くか。
「あの、今日はなんで不法侵入未遂なんてしてたの?こんな朝っぱらから僕に何か用でもあったのかな?」
「謙太の、朝のお世話をしに来た」
「なぜ…………?」
全くわからない。
とうとう倫理観という概念を銀河の果てへシュウウウウゥゥゥッッッッッ!!!しちゃったのかな?
それとも破天荒キャラで売っていく気なのかな?
どちらにしろお帰りいただきたいですね……。
思わず渋い顔になってしまった僕を見て、何を思ったかルキアはずいっと身を乗り出して言った。
「セーコに、負けたくない」
「…………」
ああ、例のアレですか。
つい昨日、僕が体験した悪夢。
……あれって夢オチじゃなかったのか。
「夢なんかじゃないわ」
「平然と地の文に突っ込むのやめてくれないかな……」
僕のプライバシーが……僕の尊厳が……。
このままじゃ僕の思っていることは全キャラクターに筒抜けだよ!
おい作者!おまえはキャラクター全てを平等に愛する心を持っていないのか!
「作者ってなに?……謙太、大丈夫?」
首を少し傾げて僕の顔を覗き込むように聞いてくるルキア。
なるほど、これは僕、作者に愛されてませんね……。
それにしても可愛らしいな。性格はアレだけどやっぱりルキアは可愛いし、不思議と落ち着いた雰囲気があってそこがまた魅力的なんだよな。
まあ言わないけど。絶対に言わないんだからね!
「それで……えっと、なんだっけ?そうだ。わざわざ家まで来て僕のお世話だなんて、一体何をするつもりなんだ?朝食作ってくれるとか?」
これ以上滞ってはいけないと、僕は話を進めにかかった。
まあ、朝食を作りにくるとういうのは、妥当な推理かな。お世話って言ってるし。
「わたし、料理なんてしないわ」
「じゃあ何しに来たんだよ!」
僕にはルキアさんの考えていることが全くわかりません!
でもちょっと食べてみたかったな…ルキアの料理。
「謙太が食べたいなら、頑張って料理する……満漢全席」
「それは料理名じゃないぞ……」
そしてルキアには多分無理だ。
「まあ別に料理だけが家事でもないしな。世話をするっていうのはいまいちピンと来ないけども」
「でも、それでセーコに勝てるかしら?」
「……………」
それを僕に聞いちゃうかしら?
本当にこいつは常識がないというか人の心情を気にしないというか……。
僕だって戸惑っているんだけどなあ。
突然二人の少女から告白(?)を受けて、僕をめぐって戦争をするなどと言われて、戸惑わないわけがない。
だって僕普通の男の子だもん。
それでも二人は止まる気配はない……っていうかルキアなんて早速不法侵入だからね。すでに二人に常識や良心なんていうものは通用しない。
「うーん、僕からコメントすることはできないから、頑張れとしか言えないんだけど」
「謙太からの応援……………………やった」
「…………」
少しうつむいて、僕が見ていないと思っているんだろうなあ、ふんわりと優しい微笑を浮かべながら小さくこぶしを作るルキア。
思わず沈黙してしまった……可愛すぎるだろう!
もうお前の勝ちでいいよ!
「ルキア、もう戦争は終わりだ!この勝負ルキアの…」
「ふざけんなバカ謙太ッキー!!!」
「ギャベレ゛ッ!?」
突然現れた暴徒のドリルキックによって人ならざる声を上げる僕。
ああ、これは確実にセーコだな……。
「なに勝手に私たちの戦争を終わらせようとしてくれてんのよ!」
「いや……僕が選んだ時点で終了じゃないのか……?」
だって僕を奪い合ってるんでしょ?
「あんた何様なのよ!?そんな権利あるわけないでしょう!この戦争は私と小野さんの真剣勝負よ!あんたに人権はないわ!」
ついに言ったー!!僕に人権がないとか言ったーー!!
っていうか戦争に僕が口を出す権利が無いのはわかったけど、僕の人権がないのはどう考えてもおかしい!
「いや僕の人権は日本の法律に保護されてるよ!おまえにホイホイ人権クラッシュされてたまるか!」
「あら、日本の法律ごときどうってことないわ」
「セーコおまえ……何者だ!?」
「人々を縛るルールから抜け出し、秩序を壊して生きる者……かしらね」
「ただの無法者だー!!?」
顔に手のひらを当て、ニヒルにつぶやくセーコ。
こいつはきっとバカだ。
「ケン、あんた後でお仕置きね」
「べつにセーコってバカだなあ、とか思ってないよ!」
「あんたは自分のバカさをまず省みるべきじゃないかしら……」
むう。失礼な。僕はルキアよりは頭がいい自信があるぞ。
「……ちなみに小野さんは学年第二位の秀才らしいわよ」
「なんだとぉう!?」
ばかな!あのルキアがそんなに頭がいいだなんて!
ルキアはちょこんと首をかしげていた。
僕は悔しさに歯噛みしていた。
世の中間違ってる……。間違ってるよ………。
「ふん。あんまり女の子相手に失礼なこと考えちゃダメなんだからね?私たちには分かるんだから」
こくこくと頷くルキア。
なるほど、それで僕の思考がことごとく読まれるわけか。すげえな女子。みんな異能持ちかよ。そら女子会恐ろしいわな。
「まああんたの場合は特別だけど……」
頬を染めて目逸らしながら言うセーコ。
僕だけは特別?
やっぱりアホな作者のせいってことか?僕だけセンテンスが暴露しちゃってるのか?
「まあいいわ、ケン、あんた早く着替えて降りてらっしゃい」
「お、おう……なんだ?飯でも作ってくれたのか?」
ルキアに対してと同じようなことを聞いてみる。
こいつも何しに来たんだかわかんないしな。
「そうよ」
「え!?」
思わずセーコをガン見だよ!
セーコは不敵な笑みを浮かべて僕を見返してきた。
そんな中、ルキアは一人不服そうな顔をしたまま僕を見ていた。