02君の名は
僕は奇跡的に背中と足の打撲程度の怪我で済んだため、放課後には保健室から出て自らの足で帰ることができるようになった。
結構すごいことしたつもりだったんだけどね。
保健の先生はやれやれ仕方ない子だよまったく、と言った口調で完全回復を告げると、僕らを保健室から追い出した。仕事雑すぎやしませんかね……。
まあ怪我についてはもう大丈夫なんだろうけど、問題はすでに別にあるんだよなあ。
「謙太。わたしを、嫁にして」
「だあああ!だからそういうことを平気で言うなって言っただろ!」
突然のお嫁にしなさい!宣言にたじろぎつつも僕はなんとか叫んでごまかして反論した。いやもう叫ぶしかないっしょこれ。
僕の戸惑いを知ってか知らずか、常識なんてものは邪魔なんです。偉い人にはそれが分からんのです。とでも言いたげな堂々とした無表情のルキアはこてっと首をかしげる。対話をしている(ハズの)僕としては「ねえ今どんな気持ち!?」と言われているに等しい。なるほど可愛さ余って憎さ百倍ってこういうことか(錯乱)
「わたしは、へいき」
「そ、そっか」
本当に怪我一つ無くてよかったね!おかげで僕は怪我だらけだけどね!
会話が通じていないのはもはやスルー。
まあ本人に僕の怪我のことで文句を言うつもりはないし、ルキアに怪我がなくて本当によかったと思うけど……このルキア自体が僕に新しくできた出来物みたいなものだからなあ。
まず冒頭から会話が通じないとか、キャラとして致命的すぎる。
小野ルキア。僕が助けた少女。
この子はだいぶ、変わってる。
あの昼休みから放課後まで、ずっと僕のそばにいたらしいルキアは、僕が目を覚ましたとたんに猛烈なセクハラ攻撃(?)を加えてきた。
娶ってだの僕の初めてをくれだの、常識がないんじゃないかね。………っていうか寝てる間になんかされてんじゃないの!?もしやキキキキッスゥとかされてたりして……。いやん!返してよ!アタイのファーストキスを返しておくれ!←ここまでおすぎ。
くっ、これもすべてゆとり教育が原因か……!げに恐ろしきはゆとり溢れるフレキシブルエデュケーション。
……ん?あれ?それって僕もヤバくない?
いやいやいや、確かに僕はバカだけどこんなに常識知らずじゃない、はずだ!
「健太、バカみたいな顔してる」
「生まれつきだよコノヤロウ!文句は僕の両親に言ってくれ!あと僕のモノローグ読んだわけじゃないよねお願い嘘だと言ってマイダーリン」
「違う。なにか、考え事してた?」
ルキアが心配そうにこちらの顔を覗き込む。相変わらずの無表情だけど、そこには確かに想いやりのようなものを感じた。ルキア……。
っていうかバカっぽい顔してるからきっと考え事かな?ってなるのおかしいでしょ。この子完全に僕のこと見下してますよね?なにこの巧妙に隠されたdisりつらい……。
ルキアは割とガチで裏切られた気分の僕の手を取ると、今度は真っ直ぐに僕の目を見て言った。
「謙太の悩み、聞きたい。力に、なりたい」
「ルキア……」
ひたむきな言葉。
うーん、一応僕に申し訳ないと思っているのかな?でもそのわりにさっきの隠し刀は威力ありすぎましたねー。あれは完全に心折りに来てましたねー。
そんな僕の気持ちがたっぷりと表れた半信半疑の視線を受けて、ルキアは年相応に育った胸をとんとこぶしで押した。
「大丈夫。わたしの方は、もう心の準備、できてる」
「なんの準備だよ!」
男の人の悩みって性欲が治まらないことでしょう私知ってますって今にも言いそうな顔してるーー!
なんか僕の心情がものすごい誤解と偏見のスプーンで汲み取られてるーー!
ていうか結局そういう話かよ!僕のこと心配してくれてたわけじゃないのかよ!
「それは」
「いや!いい!聞きたくないから!」
なおも誤解という霊装を纏った言葉のナイフをかざそうとするルキアに僕はたまらず静止をかけた。なんだこのとどまるところを知らないボケっぷりは……。このままでは全自動ツッコミマシーンにされてしまう。いちいちツッコむ僕って律儀だなあ……。
「そう……」
僕の言い方が少し強かったのか、ルキアは少し残念そうな顔をしていたが、一応素直に引き下がってくれたみたいだ。
いやよかったよホント溜息とかついちゃう。はあ。危うく心無いお笑い兵器にされるところだった。心無いお笑い兵器ってなんだよ矛盾の塊じゃん。ほこ×たて!
しかしルキアはやっぱり納得がいかなかったらしく、頭をぷるぷると振ると再び僕の方に向き直った。
「でも、それじゃ、健太の悩みを、解決できない」
「そんなことねえよ!」
なんでエロいことしないと悩みが解決しないんだよ!こいつ僕のことを色情魔か何かだと思ってるのか?淫夢を見せてあげる(はーと)。完全にホモじゃないですかやだー!
淫夢厨のルキア(冤罪)は僕の熱いツッコミに対して凍えるようなノーリアクションをくれていた。これは、そんなことねえよ!に対する否定の意を表しているのかな?つまり僕のこと淫魔だと思ってるのかな?
恐ろしい可能性を払拭するために頭をガシガシと掻きながら、僕は多少投げやりにでも言ってやった。
「あー。悩みとか、別に無いから」
「ほんとうに?」
ルキアはじっと僕の顔を見つめながら尋ねてきた。
やめてください穴が空きます。
とにかく、ここで誤解をそのままにしておくのは得策じゃない。この子放っておいたらどこまでも突っ走っていっちゃいそうだし……。ていうか本当に?っておま……。
「本当だよ。僕は悩んでなんかない。キミの早とちりだ」
なるだけルキアの方を見ながらそう言った。僕の目をよく見るんだ……かかったな!ギアス!……ってなったらいいなあ(願望)。
ギアスに囚われたルキアは僕の目をまっすぐに見つめたまま少しの間黙っていたが、やがて、
「そう、よかった」
と言ってふわっと笑みを浮かべた。
それはもうこの世のものとは思えないくらいに可愛くて、ついつい見蕩れてしまうほどで。
可愛いしスタイルもいいし、これで中身がまともだったらなあ……。
なんて、言ったところでどうこうなるわけでもないし、第一中身が良くなったら僕とこんなふうに話してはくれなくなるだろう。なんなら今も会話が成立してないまである。これ事実なんだよなあ……。
――キーンコーンカーンコーン
唐突な鐘の音が二人を襲う!……じゃなくて、次回に続く。