01学校に居場所はあるけど屋上でご飯食べたくなるときもあるよね
始業式の次の日。
僕は朝の教室で窓から身を乗り出して、空に流れる雲なんかをぼーっと見ていた。
我が横浦高校は頭のねじが外れた進学校であるため、今日から通常授業が始まる。
別に生徒全員が勉強狂じゃないんだから、せめて三日くらい余裕を持ってから授業開始してほしいよなあ。
……無意味なことと知りつつ学校の方針に刃向いたくなるのはなんでだろうか。
「それはおまえがバアァカだからだよ。きびけん」
「なんだとこのやろう!」
突然の暴言に振り向くと、そこには拳があった。
「ぶへあっ!」
ノウ!僕の顔面が!
あいさつにしては痛えな!
「いきなりなにすんだシズピー!キサマ!今日こそケリをつけてやろうか!?」
「はっはっは。悪い。ちょうどいいところに拳の置き場があったからつい」
「拳の置き場なんて単語聞いたこと無いけど!?」
「おれはあるぞ……来世で」
「今生に未練は無いと言うのか!?」
いや、僕の突っ込みもおかしいだろ。こいつのノリについていくといつもこうだ。
シズピー。雫石圭。
1年のころからのクラスメイトである、僕の悪友。
知的なメガネをかけているが、実際頭の中身はパーだ。
これでもオシャレでシャレも分かるもんだから女子ウケは良い。
まったくこんなやつがモテるなんて世も末だと思う。
ところで、「オシャレでシャレも分かる」っていう僕の表現どうよ?オシャレでシャレてない?
………こんなことを僕が言ってもウザいとかキモイとか顔がキモイとか言われるだけなのだ。
世界は間違ってる。
「ていうか顔関係無いだろ!」
僕は渾身の力で叫んだ。ああしかし悲しいかな、今の僕ははたから見れば突然わけのわからないことを叫びだしたちょっとアブナイ奴。
「ああ、驚くほど関係無いな……」
呆れ声で応じたシズピーのみならず、見ればクラス中から変態を見る目が向けられていた。
そんな目で僕を見ないでください……。
い、言い訳をしなければ。
「ごめんごめん。ちょっと考え事してて、とっさに口に出ちゃったんだ」
「いや、大丈夫だ。お前の考えていることはだいたいわかってる。おおかた俺に嫉妬して『これでもオシャレでシャレも分かるもんだから女子ウケは良い。まったくこんなやつがモテるなんて世も末だと思う。
ところで、「オシャレでシャレも分かる」っていう僕の表現どうよ?オシャレでシャレてない?………こんなことを僕が言ってもウザいとかキモイとか顔がキモイとか言われるだけなのだ。世界は間違ってる。』からの流れで自分の頭の中へのツッコミだろ。いやぁあいかわらず面白いことしてんなお前」
「コピペ!?なんでそこまで正確に僕の頭の中をトレースしてんだよ!あと余計なお世話だよ!」
僕ってそんなに単純かなぁ!?
ていうか単純とかの問題かなぁ!?
「そんなことよりな、きびけん」
「ん?どうしたんだ?てかそういえばなんで僕に話しかけてきたんだ?」
「ああ、それなんだが……ホームルーム、始まってんぞ。」
「なんでそれを先に言わないで茶番なんか演じてんだよ!」
僕はクラスメイトの爆笑に包まれながら自分の席に着いた。
く、屈辱だ……!僕はこのモテ男にもてあそばれていたということか……。
悔しい!でも感じちゃう!(憎しみ的なものを)
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「まったく、シズピーのせいでクラスの笑い者だよ……」
昼休みになり、教室の人がまばらになり始める。
僕は朝のシズピーの暴挙を糾弾すべく彼の席の前まで来ていた。
シズピーの席は窓際のド真ん中。まあまあ良い席ではないか。
ちなみに僕の席は教卓の前。理由はバカだから。
この学校の教育は間違っている………。
「それってデフォじゃない?」
「面白かったから良いよ良いよー」
僕が頭を抱えていると、向こうの席から男子が二人歩いてきた。
ひとりはニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべて。
ひとりは朗らかに人の良さそうな笑みを浮かべて。
「おまえらもやるか?やってやろうかあ!?」
「あー僕は遠慮するよ」
人の良さそうな方は朗らかな顔のままやんわりと断った。
こいつは小山恭平。通称キョン。
僕の悪友の一人にして、この鬼畜進学校において不動の学年3位の学力を誇る秀才。
頼むからその脳細胞を分けてほしい……。
ぱっと見かわいらしく見えるためこいつも女子に人気だ。滅びろ。
「おれはお前とは違うから、みんなに笑われたりしないね」
悪人面もそのままにくそ生意気なことを言っているのはクズ……じゃなくてシバ。芝悠馬だ。
まあこいつはいいや、どうでも。
「おい!ちゃんとしょうかいしろよ!」
「はい?なに言ってんの君?紹介ってなんぞ?変なものでも見えてるの?中二病?」
「ちげーよ!ちがくて、その……う、うああああああ!」
シバは去って行った……。スライム並みに打たれ弱いな。
さて、気を取り直していこう。
ちなみにシバも顔は悪くなく、歌がめちゃくちゃに上手いためかなりモテる。もうなんなん?この世界。
「おまえら、飯はどうするんだ?」
シバが走り去っていく様をスマホで何やら録画していたシズピーが今とった動画を確認しつつ聞いてきた。
ねえそれ盗撮じゃないの?ていうかなんでシバなんか盗撮してんの?ホモなの?
まあホモは後々追求するとして、昼飯は確かにどうしようかな。
あーでも図書室に用事あるな……ちょっと申し訳ないけど待っててもらうか。
「僕は図書室に本返しに行かなきゃいけないから……」
「そうか、食堂行こうぜキョン」
「うんー」
少しはためらえよ………。
2人は足早に食堂に向かってしまった。
なにこれ僕がボッチに耐性無かったら涙ちょちょぎれてたわ。
はあ。僕もさっさと用を済ませるかな。
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図書室で本を返した僕は、屋上で弁当を食べることにした。
この時間の食堂の混雑に巻き込まれたくないしね。
「さて……どこで食べようかな」
屋上は人がポツリポツリと見える程度で、十分にスペースが開いていた。
適当な場所に腰を落ち着けると、鞄から弁当箱を出して―――
ふと、目の前に立っている女の子に目がいった。
うちの学校の制服である、ブラウスに蝶ネクタイ、チェックが無数に走っているスカートを身につけた、学校内であるならばごく一般的な服装。
服装は、一般的。
しかし彼女の顔は、一般ってどんくらいよ?っていうくらいに可愛かった。
なんていうか、今にも壊れてしまいそうな……そんな儚い印象を受ける可愛さだった。
いいよね!儚さ!萌えポイントだよね!
唐突にテンションが高いだぁ?可愛い子見たらテンションが上がるのは自然の摂理!!!
僕は今、本能と直結している、、、!!(犯罪者心理)
よく見たらスタイルもかなり良いなぁ。もうこれモデルかなんかなんじゃないの?
ネクタイが赤……ということは同学年じゃないか!
これは、クラス外に人脈を作るという意味でぜひ!お近づきになっておいた方がいいんじゃないか!?
いや、いいに決まってる!!
「ねえ、きみ……」
声をかけようとしたそのときだった。
その少女はおもむろに屋上を囲う手すりに手をかけ、ひょいと飛び越えてしまったのだ。
いやいやいやいや!
「きみ!危ないから戻ってきなよ!」
僕はとっさに叫んだが―――それがいけなかったのだろう。
少女は驚いて体を浮かせ、そのまま落下してしまった。
――ところで、古くから人には火事場の馬鹿力なるものが備わっているという話がある。
人生のここぞ!というときに発動するそれは、時に筋肉の星の王子を助けたりもするほど、強大な力らしい。
僕は今まさにその力を使っていた。
跳躍したのだ。
一瞬にして手すりを飛び越え、少女の身体を抱きしめながら落下し、下の階の教室に飛び込んだ。
この間わずか3秒。
そしてこの後僕の意識は無くなるのだった。
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僕は痛みで目を覚ました。
ここは……ベッドの上?保健室か?
まああんなことをしたのだから当たり前か。むしろよく生きてるな自分。さすがゴキブリのごときしぶとさと呼ばれるだけはある。誰がゴキブリだ!!
しかしどさくさに紛れて僕の上半身をサバ折りしたやつ、マジ許さねえ……。あれが決定打だったでしょう。確実に意識落としにきてたよあれは。誰がやったんだ……シバかな。
とにかく、どうやらここは保健室のベッドの上らしい。
いつまでも寝ているわけにいかないなあ。とりあえず時間を確認しないと。
まだ痛む体を起こし、まぶたをこすると、、、
なんと目の前に美少女が現れたのだった。
僕は眉間に手を当てて再び目を閉じる。
……しまった~。ここ天国だったかー……。
いやもしかしたらそうかなって思ったんだよ?まぁ飛び降りたわけだしね。死んだよね、うん。
恐る恐るもう一度目を開けると、先ほど屋上から投身自殺を図った少女が、僕の顔をじーっと見つめていた。顔に穴が開きそうです。
あ、さっきの子か!なんだよおどかすなよ死んだかと思ったじゃんかよふぅ〜。
ってか近い!もう少しなんかこう、異性との距離を測ろうよ!
な、なんか危なっかしい子だな……。
いろいろ気になるけど、まずは何で飛び降りたりしたのか聞かないと。
「あのー、」
そういえば名前……
「ルキア」
「へ?」
急に喋り出すものだから、思わず間抜けな声を出してしまった。
「わたし、小野、ルキア。あなたの名前は?」
あ、自己紹介だったのか。なるほどね。何かと思ったよ。
それにしてもルキアなんて珍しい名前だなぁ。
普通の人なら間違いなく名前負けするであろうキラキラネームだけど、この娘の神秘的な雰囲気にはぴったりマッチしている。
「僕は、木引、謙太です……」
なんとか、絞り出した自己紹介だった。あー、僕ってコミュ症なんだなぁ……。
おっかなびっくり述べられた名前に、ルキアは満足そうな無表情(?)を見せた。
「さっきは、ありがとう。わたし、あなたにお礼がしたい」
「いや、いいよ、お礼なんて。」
どうやらこの子、ルキアは、自分を命の恩人だと思ってくれているらしい。
てっきり「あともう少しで死ねたのに!」とか言って胸ぐら掴まれたりするかと思ってたのに。なんか僕が思ってたような感じじゃなかったのかな。
でも自殺未遂ではないとすると、いったいルキアは何がしたかったんだろう。
僕が思考の泉に足を突っ込みかけている間、ルキアごそごそと不穏な音を立てていた。なにしてるんだいったい。
「そう、なら、代わりに私がお礼をもらうわ」
「なんでだよ!」
意味分かんないよ!
言ってる間にも自らのブラウスのボタンに手をかけて一つまた一つとその結びをほどいていくぅぅぅぅ。
「待って!手を止めて!」
「そうね……謙太の、初めてをちょうだい」
「話聞いてぇぇぇぇええ!?」
僕の話は全く耳に入っていないようで、表情一つ変えず童貞奪取を願い出るルキア。
とりあえず手を止めようね!!!もう下の二つのボタンしか止められてねえよ!!?
こ、このままではアカン。本来ターゲット層であるローティーンの方々にお見せできないという矛盾が生まれてしまう……!なんとかしないと!
「待った。待ってくれ。色々と突っ込みたいことはあるけど、とりあえず落ち着け」
「わたしは、おちついているわ。謙太の」
「おちつけえええええ!!」
全力だった。
「なんなんだ君は!羞恥心とか常識とか叩き割っちゃったの?盗んだバイクで走りだしたいの?」
「わたしは、バイクを盗んだりしないわ」
どうやら冗談は通じないようだ。
なんで常識を諭す保母さんみたいな顔してるの?今のは例え話だよ?あと君に諭される常識なんて無いよ?
あ、頭痛くなってきた、、。
いや、落ち着こう僕。そうだ、冷静になれ。僕だって熱くなっているじゃないか。
もしかしたらルキアはもっと別のことを言いたいのかもしれない。いや、きっとそうだ。
冷静になって考えれば、命を助けられたとはいえ初対面の男にいきなり体を許すなんてありえない話だ。
……ありえない話だよね!!
勇気を持て。もはやルキア本人になにを考えているか聞かないと大いなる過ちが生まれる可能性が大いにアリだ、、、!!
「じゃあ、えーっと、僕に何をしてほしいんだ?言っとくけど、お礼とか言われても僕にできることなんて限られてるからな」
「そう……。なら、わたしを娶って」
どこが、なら、なんだ、、、。
つづく