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6.Intermission~「2回目のデートの話、というより、あの人に伝えたい大切な話」

 あれから一週間が過ぎたが、古林さんの失恋について、私と古林さんの間で共有されることはなかった。

 大輪田君と国分さんが付き合いだしたことは学年中に知れ渡った。国分さんがオープンな性格のためだろう、毎日二人で一緒に登校していることも、お昼ご飯を食べていることも、特に二人と親しくはない私のところまで噂が届いた。

 古林さんはほんの少し、いつもより寂しそうだった。

 その反動かはわからないが、古林さんは、私と新田君の関係の追及を強めた。

 新田君にメールアドレスをきかれたあとにどうなったかを尋ねられ、私は新田君と何度か二人で会っていることと、自分が新田君に惹かれていることを古林さんに伝えた。

 不思議なもので、古林さんと携帯で『恋バナ』のメッセージをやりとりすることで、私の心は少し軽くなった。


 部屋のベッドに転がって、メッセージアプリを開く。

『新田君と次のデートの約束はあるの?(^◇^)』

『来週の日曜日に会う約束してるの』

『きゃあああああ(*>▽<)なんて誘ったの??』

『ふつうよ? 日曜日に服を買いたいから、一緒に来てって』

『男子にそんなこと頼めないよー! もう押せ押せだね!!(^^)/』

『そうかしら…変かなぁ( 一一)』

『でも、OKしてくれるってことはきっと脈アリだよ! いけるいける』

『そうだといいな』

『私の分まで、幸せ掴んでね!(*^_^*)』

 そこで、メッセージを受信した私の手が止まる。

 きっと、ここで気を遣うことを、古林さんはよしとしないだろう。いたずらに慰めることは、彼女にとってなんの救いにもならない。

『うん、頑張る』

 私はそう返信して、携帯をスリープモードにした。

 古林さんの気持ちを受けて、私はもっと、勇気を出さなきゃいけないと思った。



『生徒会長』という肩書ではなく『黒砂幸』として挑み、想いを伝えるための舞台。

 待ち合わせは駅から。目的地は電車で数駅行った繁華街。高校生でも手が届くくらいの価格帯の店が集まっているところだ。

「あんまり服のセンスとかは自信ないんだけどなぁ」

 電車の中、新田君はつぶやく。

「思った通りに感想を言ってくれればいいから」

 そう答えた私だが、新田君のファッションセンスに疑いがあるわけではない。すくなくとも二度会った彼は、自分に似合う服を理解していた。

 そもとも彼は、挙動を含めた全体が整っている。芸能人やスポーツ選手が持つ、人前に立つ者としての機能美。

 私も『完璧』としてそれを意識して、目指しているからこそわかる。

 人のことを言えたものではないが、さすがに新田君が芸能人クラスだというわけではない。それでも同じ学年の男子と比べれば、彼が整っている、くだけた表現にすれば『イケてる』のは明らかだ。

「黒砂さんならなに着ても似合いそうってか、なにが似合うかちゃんと理解してそうだからさ」

「……それでも、他人の目は欲しいのよ。男子の目も参考にしたいし」

あなたの目で見てほしい、とは言えなかった自分に心中で歯噛みする。

「へいへい、及ばずながらがんばりますよー」

 新田君はそう言って、曲げていた背筋を伸ばした。


 ショッピングモールを歩く。目はショーウィンドウや店頭を物色しているけれど、頭の中の半分以上は、別のことを考えていた。

 今日、新田君に気持ちを伝えることは決心している。

 けれど、いつにするかは決めていなかった。

 きっと、別れ際になると思う。別れる直前じゃなきゃ、告白をした後にどうやって過ごせばいいのかわからない。

 なんて言って切り出せばいいだろうか。

 もやもやと考えていたとき、一つの店のショーウィンドウの前で目がとまった。

 気がつくと、よく服を買っている店だった。自分の好みにも合い、高校生でも手が届く程度のお手頃な値段のお店。

「ここ、入る?」

 新田君が私のとなりに立つ。

「ちょっと、待ってね……」

 ウィンドウの服をざっと眺める。前に来た時は春物のセールのころだったか。店はこれから本格的に訪れる夏に向けて様変わりしていた。

「黒砂さん、ここ好きそうだよね」

「そうね、割とよく来るわ」

 答えたときに、ふとウィンドウに反射した二人の姿に焦点が合った。

 私の隣に新田君が立っている姿を見て、まるで道を行く恋人たちみたいで、鼓動が早まる。

 こうして並ぶとよくわかる。私のほうが少しだけ背が高い。

 彼は、それを気にするだろうか。

 ガラスに反射した新田君のほうを見る。

 ――彼と目が合った。新田君が少し目を見開き、私がどきりとしたその瞬間。


「……黒砂さん、俺は――――。」


 音は左側の耳に聴こえた。

 反対側の耳は、繁華街の景色の音をずっと取り込んでいる。

 ガラスに映った彼の唇が動いていたのは見えた。

 次の瞬間に、彼が視線を外したのも見えた。

 言葉は、何を言ったのかは『認識できなかった』。

「なんて――」

 言いかけて、でも私は自分で気づいた。言われたことの意味は分かる。

 私が聞き取ったのは、告白だった。好意だった。吐露で、カミングアウトで、最大級の承認だった。

 けれど、言葉は聞こえなかった。

 音は、たしかに聞こえたのに。

 気づけば、両方の耳から、音が聞こえない

 景色はさっきまでのまま。私は自覚する。耳が聞こえなくなったのではない。頭の理解が追いついていないのだ。

 呼吸をしようとして、上手に吸えないと思い焦ったとたん、強く息を吸い込んでしまい、私はその場で咳き込んでしまう。

「だ、大丈夫?」

 音が戻っていることに気づいて、私は顔をあげる。心配そうに私を見る新田君がそこにいる。

 自分の右の目から、涙が一粒、ぽろりとこぼれた。

「あ……」

 私を見て、新田君が小さく呻く。

「なんで――ううん、でも、その、違うの、でも、なんで――」

 私の口からはよくわからない言葉だけが漏れていった。

 心臓が飛び出るかと思うほどに強く鼓動している。

 耳が熱くて、頭のてっぺんは冷たくて、きちんと気を保っていないと倒れそうで。

 自分を守ろうとして、私は思わず、私の心の中から『生徒会長』を引っ張り出した。

「ごめんなさい、少し、休ませて――」

 絞り出すように言うと、新田君は戸惑ったように頷いた。

 私は店と店のあいだに立つ電柱まで歩くと、電柱に背を預け、深く息をつく。

 新田君はなにも言わない。所在なさげに、私のななめ前に立っていた。

 少し冷静さを取り戻した私は、思う。

 また、不意打ちだった。

 ずるい。私が先に、言うはずだったのに。

 いや、言われた言葉はうれしい。これ以上なくうれしい言葉の――はずだった。

 それなのに、新田君の気持ちはこんなにわかったのに、肝心の言葉が、記憶からすっぽり抜けている。

 まるで、記憶を食べる化け物に、そこだけを食べられてしまったみたいに。

 どうして、こんなに大切なことをこぼしてしまったのか。

『生徒会長』ではない私はどうしてこんなにも無力なのか。

 そう考えた瞬間に、もう一度涙がぽろぽろとこぼれてきた。

 ハンカチを取り出して目じりをぬぐう。

 涙が止まらないので、途中で私は、ハンカチを使うのをやめた。

 動揺しすぎだ。

「突然、ごめん」

 いままでの彼からは想像もできないくらい弱い声で、新田君はそうつぶやいた。

 私は二度、首を振って、謝る必要はないと伝えようとする。

「ううん、ごめんなさい、驚いてしまって」

 ごくりと唾を飲み込む。

「でも、今日は……もう、だめみたい、ごめんなさい」

「……うん」

「かならず、私から連絡するから、ごめんなさい」

「うん」

 私は必死に笑顔を作る。

「大丈夫、落ち着いたら、一人で帰れるから……その、ごめんなさい、本当に……」

 新田君はしばし私のほうを見て迷っていたが、やがて「わかった」と言い、私を残して、その場から離れていった。

 道行く人が私のほうを怪訝な顔で見る中、わたしは深呼吸を繰り返す。このまま戻らないのではないかと心配するほど大きくなった鼓動は、やがて収まった。

 けれど、頭の中はずっと、熱を帯びたようだった。

 夏の暑い日、クーラーのつかない教室でずっと勉強し続けたように。

 一度鼻をかんで、私はようやく帰路につく。

 家に帰ってからも、今日の一日の出来事はずっと、私の頭の中で繰り返し再生され続けた。

 それでも、肝心な一か所だけは、霞がかかったように、思い出すことができなかった。


 その夜は、寝付けなかった。

 古林さんからは、今日のデートがどうなったかを尋ねるメッセージが来ていた。けれど、私はそれに返事ができなかった。

 挑むはずだったのに、私は舞台にすら上がれなかった。

 新田君の言葉はうれしかった。今でも、跳ね起きて叫びだしたいくらいうれしい。

 けれど、私は結局、自分の気持ちを伝えるという当初の目的を果たしていない。

 それどころか、新田君が伝えてくれた言葉に動揺して何もできなくなり、『生徒会長』としての自分を演じる暗示でなんとか心を保つことしかしていない。

 新田君の言葉に「ありがとう」も伝えられてない。

 なにが『完璧』か。なにが『生徒会長』か。

 私はこんなにも弱い、十六歳ぽっちのの小娘でしかないじゃないか。

 自分の弱さが、恥ずかしくて仕方がなかった。


 ただベッドの中で、時計の音を聞きながら天井の電球を見つめていた。

やらなくてはならないことは決まってる。

 けれど、弱い自分にそれができるのか。自信がなかった。

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