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4.intermission~「マイナス1回目のデートの話、というより、彼にとってはプラス1回目のデートだったのかもしれない話」

 他人の両親がどういう教育をしているのかを知らないので、友人たちの話から想像するしかないのだが、私の両親は、どちらかといえば厳しいほうだったのだと思う。

『完璧』を目指せ、と両親から言われたことはない。しかし両親――特に母は、私に自律と規律を求めた。母は厳しく律し、父はそんな母を諌めながら、しかし一定ライン以上の人物であることを私に求めていた。

そのせいか私は、小学校のころから、自然と自分と周りを律し、統率する役目を受け持つことが多くなった。班長、学級委員長、あらゆる分野でリーダーを任された。

 それは決して辛くはなく、むしろ私の誇りになった。みんながリーダーである私をたたえてくれる。みんなからすれば、厄介ごとを押し付けるためだったのかもしれない。それでもかまわなかった。その役割を完璧にこなせば、賞賛の声は本物となって返ってくるのだから。

『完璧』であることを私に求める両親を窮屈だと思うことも時にはあるが、それでも本心から、私をしっかり育ててくれた両親に感謝をしていた。


 しかし、彼――新田君は、私が『リーダーであること』を一切、見なかった。

 新田君はきっと、人には様々な価値観があることを理解しているのだ。決して人を否定しない彼は、生徒会長で『完璧』で『女帝会長』である私と、その生徒会長が問題視した『問題児』を、優劣なく見ている。レッテルの先にある、人間そのものを見ている。

 だから、新田君は私の肩書を気にせず、私という人間そのものに入り込もうとする。

 そのことに嫌悪感はない。私にも親しい友人はいる。友達は、私のことを『生徒会長』ではなく、私として見て接してくれるし、私も『生徒会長』であることを意識せずに会話をする。


 でも、友人たちと仲良くなるまでには、それなりに時間もかかった。お互いに精神的な距離を見極めながら、すこしずつ、お互いのことを知っていった。そういう蓄積の上に、私の人間関係は出来上がっている。

 それを、新田君は一足飛びで詰めようとしてくる。

 私が両親から教わった作法には、そのようなやり方はない。

 臨むところだ、と思う。私は『完璧』を目指しているのに、そのくらいのことで動じてどうする、と思った。

 だからだろうか。私は、新田君からアドレスを尋ねられたことを古林さんに伝えた以外は、新田君とのことを誰にも話さなかった。



 屋上での出来事のあと、新田君とやりとりしていたのは、他愛のないメールだった。学校のこと、友達のこと、面白かったラジオ番組のこと。

 けれど、ついに彼からの誘いは来た。

 日程は土曜日。時間は午後。場所は駅近くの喫茶店。

 新田君の巧みな話術には負けない。

 私は、手帳のカレンダーに普段より強い筆圧で日程を書き込んだ。

 普段よりほんのすこし強く鼓動をはじめた私の胸のことは、武者震いのようなものと解釈することにした。



 約束の店の前には、私のほうが早く着いた。気温は程よく、天気もおだやか。ただ散歩しているだけでも楽しめそうな日だった。

 喫茶店は、なんてことのない、駅前に位置する大手チェーン店だった。しかし、前に入っていた店からそのまま引き継いだものと思われる内装は適度にシックで、ちょうど西に傾きかけた陽を窓からたっぷりと取り込んでいる。

 腕時計を見る。時間は集合時刻の五分前。我ながら律義なことだ、と小さく笑う。道の両側を眺めてみるが、まだ新田君がくる様子はない。

 文庫本でも読んでいようか、と考えるが、結局、何もせず待っていることにした。

 なんとなく、落ち着かくて、文庫本の内容が頭に入らないように思ったからだ。

『完璧』としては認めたくないけれど、緊張しているのかもしれなかった。

 それが油断のならない相手と会うからなのか、それとも異性と会うからなのか――私には、判らない。

 ふと、喫茶店の窓ガラスに反射した車道の向こう側に、自分と同じくらいの年の男女が、手をつないで歩いていくのが見えた。

――わたしも、いつかはあんな風に、誰かに片手を預ける日が来るのだろうか。

 思わずそう考えて、自分がこれから誰と会うのかを思い出し、頬が紅潮するような気がして、私は雑念を振り払うように首を振った。

 そういえば『完璧』とは、男女関係においてどうあるべきなのだろうか。パートナーなんていなくても、一人で完成していることだろうか。それとも、完璧な相手が隣にいることだろうか。

「お、早いねえ、ごめんごめん」

 考え事をしていたところに声をかけられ、私は我に返る。

「ううん、ちょっと前に着いたところよ」

 落ち着いてそう声に出したけれど、心は一度大きく跳ねていた。

 新田君は私の頭から足元までを見る。

「さすが完璧、私服の着こなしも決まってる」

 私はほほ笑むことで返事をする。

 いっぽうの新田君はジーンズに、すこしルーズなTシャツを着ている。彼のイメージと違わない、軽快な格好だった。

 どちらともなく店の入口へ。新田君は一歩大きく前に出て、私のためにわざとらしいしぐさでドアを開けた。店内を見渡すと、お昼のピーク時を過ぎた店内は空席も多い。

 外からも見えた、陽の差す窓際の席が気になったが、窓の向こうを学校の人が通りがかり、二人で居るところを見られるのも面倒だと思い、率先して奥の壁際の席に進んだ。

 店内に入り、肩にかけていたショールを畳んで膝元へ。カウンターに掲げられたメニューを一瞥して、無難にアイスコーヒーを選ぶことにした。

「メニュー見る?」

「ううん、もう決めたわ」

「早いなぁ、ちょいまって……」

 新田君はカウンターのメニューを見て、んー、と低い声を挙げてから立ち上がった。

「行ってくるよ、どれにする?」

「あ、じゃあアイスコーヒーをお願い」

「ミルクとシロップは?」

「一つずつ」

「了解」

 手短にやりとりして、新田君は財布を片手にカウンターへ。私はその姿をしばし眺める。

 彼は、私となにを話すつもりなのだろうか。私は胸で一つ呼吸をして、心の中に臨戦態勢を取った。

 新田君はやがて、トレイに二つの飲み物を載せて戻ってくる。真っ黒な私のアイスコーヒーとは対照的に、新田君はたっぷりとアイスクリームの乗ったコーヒーフロートを注文していた。

「ほい、お待ち」

 言いながら私の手元にアイスコーヒーを置く。私はそれにお返しするように、あらかじめメニューボードで確認していた代金をお盆のうえへ。

「そんな、おごるよ、来てもらったのに」

「ううん、悪いわ。ちゃんと出すから」

 意志を込めてそう言うと、新田君は一瞬迷ってから代金を手に取り、着席する。

 ひとまず、対等を保てた、と私は思った。

「さーて、それじゃ」新田君は嬉しそうに笑う。「たっぷり取材させてもらうから、そのつもりで」

 笑う新田君を目の前に、私は一瞬、ひるんでしまった。

 こうしてテーブルを挟んで座ると、こんなに近くに顔が来る。頬がぴりぴりと緊張を伝えたような気がして、私はとっさに視線をアイスコーヒーへと移した。


 それから一時間ほど、私は新田君とおしゃべりをつづけた。内容は当初の約束のとおり、『生徒会長』ではない『黒砂幸』の話。彼は根掘り葉掘り、私に関するあらゆることについて尋ねてきた。ときどき共通する話題については彼自身の話を間に挟み、会話は続いた。

 そしてやはり、それは嫌ではなかった。上手にリードされるというのは、きっとこういうことなのだろう、私の表情の機微を読み取り、踏み込み過ぎたときには身を引く。適度に身振り手振りを加え楽しませる。先日、学校の屋上でも体験した、彼の話術。

 そのおしゃべりも一区切りし、ためらわずに話すことができる話題のほとんどを彼に伝えてしまったのではないかと私が考えたころ、新田君は唐突に、自分の口元に手を当て、テーブルのトレイへと視線を落として真面目な顔をし、それからすぐに顔をあげた。

「黒砂さんさ」新田君はそこで一呼吸する。「生徒会長であることが、ストレスのもとになったりすること、ない?」

「……」

 私は黙った。これは、ここまでも何回か、意識的にも無意識的にも発した、私の『これ以上は踏み込まないでほしい』のサイン。

 だけれど、彼は退かなかった。じっと、私の目を見ていた。

 この質問に窮するということは、すなわちそれが答えになってしまっているということだ。嘘をつけない自分の素直さを恥じた。

 私にとってもっとも厳しい問い。

おそらくそうなることを、新田君も予期していたのだろう。

 きっと私は心のどこかで、自分が望んでなったはずの『生徒会長』という肩書にストレスを感じることがあったし、それをどこかから漏らしてしまっているのだ。

 それを、新田君に感じ取られてしまった。

 ひょっとしたら、もっと前から感じていて、今日はこの話をするのが主目的だったのかもしれない。

 けれど、それでも私は。

 真っ黒いアイスコーヒーを一口、喉に通し、

「――そんなこと、ないわ」

 と、涼やかな顔で答える。心中で、もやもやした気持ちを抱えながら。

 新田君はおよそ三秒、黙っていた。彼は目線をななめ上、天井のどこともつかないところを見て、握っていたグラスから手を離す。

 彼はふうー、とちょっと長めに息を吐いた。

「尊敬してるおじさんが、親戚にいてさ」新田君は穏やかに笑っている。「記者をしてるんだ。すごい人なんだよ。俺や他の人が思ってること、全部手に取るようにわかっちゃうんだ。心の中が読めるんじゃないか、っていうくらい」

 私は黙って、マドラーで手許のアイスコーヒーをかき混ぜる。

「最初は魔法とか、スピリチュアルとか、そういううさんくさいものを見てるみたいだった。でも違ったんだな。おじさんはその人のしぐさとか、服装や持ち物、言葉のはしばし、そういう細かいことを漏らさず観察してた。そういうことから、その人の言葉と、心の中で考えてることのズレを読み取ってた……そんで、俺もそうしてみようと思ったんだ」

 新田君は目線を私に向ける。頬杖をついて、なにを考えているのかわからない笑顔を見せる。

「それが、その人のことをよく知るコツかと思って……うまくできてるかは、自信ないんだけどね」

 そう言って新田君は、もう氷だけになった自分のグラスをあおり、ばりばりと音を立てて氷をかじった。

「できていると、思うわ」私はそう告げた。「そうじゃなきゃ……あんなに、たくさんの人から慕われるはずはないと思うの」

 私の言葉が予想外だったのか、新田君はちょっと照れくさそうに笑う。私はそれを見てしてやったりだと感じていた。

 けれど、思ったことは本当だ。彼が他の人から受けているまなざしは『役職』を持って人前に立つ私が受けるそれと比べて、含まれている信頼に大きな差がある。私はほとんどの人から『生徒会長』として見られているが『黒砂幸』としては見られていない。彼はいつもほとんどの人に彼自身として見られている。その、天と地ほどの差。

「それは、さっきもらった答えと矛盾しちゃうと思うんだけど」

 新田君は困ったような顔で笑う。

「じゃあ、当たってるか当たってないかは考えないで、勝手に話すよ」

 私が返事をする前に、彼はつづけた。

「『生徒会長』たまにはやめちゃっても、いいんじゃない?」

「そんな……!」

 思わず大きな声をだしたことに自分で気が付いて、いったん口を閉じる。周りの客の視線が刺さった。

「そんな無責任なこと、できるわけないでしょう」

「いや、生徒会長そのものを辞めるってわけじゃなくてさ、もう少し学校で、普段の『黒砂さん』でいる時間を増やしたらいいんじゃない、ってこと」

「私を私として見てくれる友達は居るわ」

「でも、それでもストレス感じるとしたら、足りてないってことじゃないの?」新田君は頭をちょっと掻く。「感じているとしたら、だけど」

「なんで……そんなこと」

 私は怒りとも驚きともつかない感情を覚えていた。唇のあたりに力が入る。

「怒らせたらごめん。けどさ、なんかここしばらく黒砂さんと接してて思うんだよ、前も『気楽にやろうよ』なんて言ったけど、俺が普段見てた黒砂さんって、ほんとに外側だったんだなって。ちゃんと話してみたら、なんか、全然違う、気軽な人っていう印象だったからさ。もったいないと思うんだよ。もっとそういう黒砂さんを出していけばいいのに」

「……そうかしら」

「少なくとも、俺はもっと見たいよ」

 ストレートにそういわれて、私は少しどきりとした。熱くなった体と心を冷やそうと、アイスコーヒーに手を伸ばす。

「っていうか、黒砂さんを学校で見かけると、いつも気を張ってるみたいだったからさ」

 ……見てくれていたんだ、と、私は思わず考える。

 それが自分にとって喜ばしいのかどうなのかは、また保留をした。

「あ。そういえば、黒砂さん、彼氏とかいるの?」

「っ! ふっ! げほっ!」

 コーヒーを口に含んだ瞬間の不意打ちに、私は思わずむせてしまった。

 ついにきたか、と思う。

「……居ないわ」

 用意しておいた言葉で簡単に答えた。

 私には、今まで恋人と呼べるような人がいたことはない。恋に憧れたり、人から交際を申し込まれたことがないわけではない。けれど、恋人と言えるような関係にはならなかった。

 これまでに交際を申し込まれた人の隣に私が立って一緒に歩くことを、私は想像できなかった。恋人がいる状態に憧れないわけではない。でも『彼氏ができるならだれでもいい』というのは、違うと思っていた。

「そうかー」

もはや氷も無くなったコップをいじりながら新田君は言う。

「そういう新田君はどうなの?」

 私はお返しと、それから純粋な興味で尋ねてみる。学校一の情報通の女性遍歴。これは思ったより、レアな情報ではないだろうか。

「今は居ないよ」

 過去は、と聞こうか迷うほどの間もなく、新田君は続ける。

「中坊のときは、二人、付き合った人がいたけど、なんかうまくいかなくってさ。はっきり別れようなんて言うこともなく、自然消滅だったよ。高校に入ってからは潤いのない毎日でさぁ」

 と、新田君はおどけてみせる。

「……そう」

 返事をした私は、いっぽうで自分の心の反応に戸惑っていた。

 私はいま、新田君が『付き合ってる人は居ない』と答えたことに、嬉しさを感じてはいなかっただろうか? 『過去に付き合った人がいる』と答えたことに、動揺を抱いてはいなかっただろうか?

 そんなこと、思う必要なんて、どこにもないはずなのに。

「黒砂さんに似合う男の人かぁ。どんな人なんだろうな」

 笑う新田君をよそに、私は残ったアイスコーヒーを一気に飲み干した。

 グラスの底にシロップが溜まっていたのか、最後の一口はとてつもなく、甘かった。

「ん、じゃあそろそろ、出ようか。いやー、楽しかった」

 新田君は私の分のグラスもトレイに乗せ立ち上がり、返却口へと持っていく。

 こういう気取らない気づかいはさすがだと思わされる。見た目は軽薄そうなのに、実際に接すると驚くほどに丁寧なのだ。

 私は隣の椅子に乗せていたハンドバッグを取り、新田君と共に店から出た。陽光が差し、まぶしさに思わず目を細めたとき――

「あれ、新田じゃん、何してんの?」

 店の前には、私や新田君と同じくらいの年齢と思われる一組の男女がいた。記憶で思い当たるところがないので、他校の生徒かもしれない。新田君はおー、と簡単に返事をする。

 男子のほうは私をちらりと見たあと、ニヤニヤした笑いを新田君に向ける。

「なんだよ、すげーキレイじゃん。彼女?」

 言われて、私は思わずびくりとした。

「んー? はは」

 新田君はあいまいに笑う。男子は新田君を小突くようにしてからかっていたが、やがて連れていた女子に袖を引かれ、その場を去っていった。

「……なんで、否定しないのよ」

 否定してほしかったのかどうかを棚上げして、私は少し苛立った声で新田君に言う。

「否定したってしなくたって、どっちにしたってからかわれるんだから一緒だよ。変に否定するのだって怪しいだろ」

 そう言って新田君は軽く笑う。こんな場面は、新田君にとっては慣れているということだろうか。それもちょっと、悔しかった。

「……もう」

 私は腕を組み、そう言って不機嫌さをアピールするしかなかった。

「ま、冷静に聞いてもらえそうなときにちゃんと説明しとくよ。黒砂さんはこれからどうする?」

「……家に帰るわ。駅の向こうだから、こっちね」

「ん、じゃあ俺も駅までは一緒だね。行こうか」

 どちらともなく歩き出す。

「いやー、楽しかったよ」

「そうね」

 私は素直に肯定する。いろんなことを聞かれてしまったが、楽しかったのは本当だ。新田君のこともたくさん知ることができた。

「また遊ぼうよ。ヒマなときでいいからさ、……こんどは黒砂さんから誘ってもらえるとうれしいかな」

 そう言われて、動揺を隠して「気が向いたらね」と返事をすると、彼は「おう、待ってる!」と言った。

 私はそれを見て、思わず彼から視線を外す。

 だって、新田君は本当に嬉しそうな顔をしていたから。

 それを見た私は、顔から火が出るような気がしたから。


 やがて、私たちは駅前に到着し、軽く挨拶をして別れた。

 日が傾き、少しずつ夜の気配を見せ始める帰路を一人で歩きながら、私は今日の一日を反芻する。

 メールで誘われ、お店で一緒に時間を過ごし、また会おうと言って別れた。

 これって、もしかしてデートだったのかな。

 そう考えると、想像以上に動揺してしまう自分に気づく。

 それは悔しい。人から『完璧な生徒会長』と言われている私が。

 けれど、新田君はもっと私が『黒砂幸』である姿を見たい、と言った。

 黒砂幸である私は、完璧とは程遠く、こんなにも動揺しているというのに。

 「次は、私から誘ってほしい、って……」

 つと立ち止まり、携帯電話を開いて、新田君とのこれまでのメールのやりとりを読み返す。

 誘うとすれば、いつごろ送るべきなんだろう。いつなら、自然なのだろう。

 よくわからなくなって、私は自分の胸に手を当てる。

 鼓動が早くなっているのは錯覚でもなんでもない。

 私は彼と、もっと話をしてみたいんだろうか。

 それを自分にテストをするために、もう会わないとしたら、と仮定して考えると、ぎゅっと胸が締め付けられるような気分がした。

 答えが出てしまった。私は、もっと新田君と、会いたい。

 ずっと、新田君は私の心の中に入ってきていると、わかっていたはずなのに。

 結局、こんなに近くにまで、取り返しがつかないほど接近を許してしまうなんて。

「うう、不覚だわ……」

 誰にも聞かれないように、口の中で小さくつぶやく。

 私は帰り道から逸れて、家の近くの公園に向かうことにした。こんなに紅潮したまま帰宅しては、きっと両親から不審に思われる。

 公園のベンチに腰掛け、風に揺れるシロツメクサをぼんやり眺めながら、私は自分自身が落ち着くまで、実に三十分近く待たされることになった。


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