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魔法少女☆エイダー・ミライ(仮)

作者: ひさまた病

 そこは到底人など住むことが出来ないだろう、遥か空の上。宇宙そらの果て、次元の狭間に、それらは居た。

 それは決して生命体などではない、概念的存在の住処。居住や自然などありはしない、虚無だけが広大に広がる。

「私は思うのだ」

 故にそこに存在するのは、ただ莫大な時間だけを過ごす暇を持て余した者たち。彼らは俗に、妖精や精霊などと呼ばれていた。

 隙を見ては次元を超えて人間界に干渉する。それは古今東西、どれほどの時間が過ぎても変わりがなかった。

「次なる『遊び』が必要だと」

 彼らは人間たちに、あらゆる存在になって干渉した。それは魔法であったり、魔物であったり、それを根源として争わせたこともある。それが数百年続き、現代になって人間たちの適性によりその技術が失われて久しい。

 それからはただ覗き見て、気紛れに現れては世間を騒がせる程度の事で時間を潰した。

 数百年の遊びの余韻が完全に失せた今、まさにその男の言葉こそが、誰もが求めていたものだと気がついた。

 ただ、前回のように漠然と超大な力を蔓延させるだけでは面白く無い。その経験と結果は、僅か数百年の歴史で明らかだった。

 男は提示した。

「ルールを設けよう」

 彼は言った。

「我らが持つ多岐に渡る力をそれぞれ一つに限定する。その力を、人間の少女に与えるのだ」

 無数に持つ魔法の力の一つを選ぶ。それはおよそ、万能とも言える彼らには無い発想だった。

 敢えて範囲を狭める。彼が言わんとしている事を、彼を取り囲む数千、数万の同胞たちは即座に理解した。

 つまり人間たちの成長を促す。己等ではおよそ想像だにしない展開を生ませる。それはたった二人のいさかいが、やがて戦争へと発展するかのように。

「なぜ、人間の少女なのだ?」

 一人が言った。

 男は答えた。

「確かに成人以降なら我らが力を有効に使えるだろうが、面白みがない」

「なぜ少女なのだ?」

「幼き者は夢想の中を生きる。つまりその精神は、我らが力にひどく順応しやすく――また、その幼さ故に我らが想定を容易く外れてくれる。私は、そこに強い期待を込めている」

 なるほど、と一様に頷いた。

 つまるところ、他の彼らはなんでもよかったのだ。誰かの、陳腐な、あるいは斬新な発想が欲しかったのだ。

「そして少女たちには戦って貰おう。力を与えた貴様らがそれぞれ傍らに立ち、少女を援護する。直接的な武力ではない、主に経験や精神に作用するように」

「最後はどうなる?」

 かつての数百年では、徐々に廃れていった。魔物は歴史の流れに対応できず、魔法は人間の成長と共に枯渇した。

 これもその果ては、結局その轍を辿るのではないか。

「我らも長く生き過ぎた。ならその性質を逆手に取って、『遊び』で終わらせるというのもまた一興」

「……少女の死と共に、我らも運命を共同するという訳か」

「それならば、『遊び』は範囲を超えた『遊び』になるのではないか?」

 男は不敵に笑った。続けて、参加は自由だ、とも言った。

 無理に己等の存在を消す理由もない。ただ死にたい、遊びたい者だけが遊べばいい。

 精霊と言えども、その歴史や力を重きに置くものも居ないわけではない。

「……今から始めよう。私は日本に向かう。また出会えることを期待しているぞ」

 言い始めた男の姿が、粒子のように粉々になって光と共に消え去った。

 それを見送った後、その場に居た半数以上の精霊たちは、それを真似するように虚無な空間から姿を消した。


     ☆     ★     ☆     ★


 葦田あした 美蕾みらい、八歳。小学二年生。

 青みがかかるほど艶やかな黒髪には、その幼さゆえのしなやかさがあった。柔らかく、白く透き通る赤子に似た頬には朱が射し、強く引き締めた口元は淡いピンク。大きな瞳はことさら大きく見開かれていて、相対的に入り込む光が、キラキラと輝かせていた。

 葦田美蕾、八歳。小学二年生のその少女は、起き抜けにひどく心臓に悪いものを目の当たりにした。

「少女、貴様に力をくれてやろう」

 白金とも言えるほど純白のマントを払うそれは、腹筋を無数に割り、その分厚い胸板を痙攣させる屈強な変態だった。

 黒いブーメランパンツとそのマント、膝丈のブーツ、白い手袋ばかりが素肌を隠し、それ以外を余すこと無く見せつけるボディービルダーは、精悍な顔つきに口元からもみあげまでをヒゲで繋げている。

 八歳の少女には目に毒というよりも、致死級の猛毒とも言える衝撃を存在だけで見せつける変態は、果たして全ての言い出しっぺとなった精霊だった。

「はっ、えっ、ええっ」

 少女は言葉にならない声を上げる。

 ボディービルダー、もとい『エイド』は鼻を鳴らして腰を落とした。

 腹の下で裏拳を合わせるようにして上腕二頭筋、胸筋に力を込める。筋肉を見せつけるポーズ。

「貴様には魔法少女となって、殺し合いをしてもらう」

 渋く低い声が、不穏なことを口走った。

「私は決めていた。人間に、貴様に授ける力を。我らが源、活力となるのは、すなわち」

 可愛らしいクマの模様がプリントされた布団の中、スプリングが良く効くベッドの上から出られずに居るミライは、ただ理解できぬ言葉だけを聞いていた。お母さんを呼ばなければ、なんて思考はその強烈な肉体美によって吹き飛ばされていた。

肉体強化マッスル・フォルス。貴様に相応しい力だ。そして私は、貴様への援助も惜しまない」

「……あ、あなたは、誰?」

 ようやく出た第一声は、至極冷静なものだった。

 ふん、と鼻を鳴らして男は己の左手首をつかみ、やや横を向く。左踵を上げれば、よりその胸板がアピールされた。

「私はエイド。貴様を魔法少女にしに来た、言わば妖精だ」

 ボディービルダーの妖精は、簡単にそう告げた。


 エイドは少女にも理解できるように掻い摘んで噛み砕いてより簡単に説明した。

 変態の説明は、利発なミライでもよくわからなかった。妖精はみなこういった変態なのだろうか、と思う。未だキャベツ畑もコウノトリもサンタクロースも信じる少女には、尋常ではない夢のぶち壊し具合だった。

 これなら、プリキュアのほうが良かった。断然良かった。セーラームーンでも良い、少なくともこんな変態じゃなければ何でもいい。

 そう祈って目を瞑って、再び開いた先ではボディービルダーが正座していた。

 この世の中はどこかおかしい。齢八歳にして、ミライは悟った。

「少女には些か難しい話なようだ」

 言いながら、ローテーブル越しに手を伸ばす。分厚く大きな手が、少女の頭に乗った。

 大きなおもりでも乗せられたかのような感覚だった。ミライの父親よりもずっと大きく、筋肉質な手。

「まずは力を与えよう。いわゆる『魔法』だ」

 その手の中の重さが一瞬にして下腹部に集中する。身体が突如として重くなったような感覚に支配される。倒れ込みそうになる身体を、エイドの手が支えていた。

 その重さが、ゆっくりと全身に広がる。血流と共に総身を満たしていくように、徐々に、ゆるやかに、爆発的なエネルギーだけを残して、身体が軽くなり始めた。

「これで貴様はいつでも『肉体強化』を使うことが出来る。最も、それは貴様による合図がなければならないが」

「あ、合図って?」

「魔法を発現する為に必要な儀式。貴様に与えたのは非常に容易く非常に強力な魔法故、その儀式は呪文を唱えるだけでいい。何の意識もない、風呂の中でも、便所の中でも不意に口ずさめば発動してしまうということを、良く覚えておくがいい」

「う、うん」

「良く覚えておけ。繰り返すなよ? その呪文は――」

 うんうん、と頷きながら、少女は小さな口で言葉を繰り返す。言い終えるのは、エイドが告げてすぐのことだった。

 そして気づいた時にはミライの身体は突如輝きを放ち、空中に浮かび上がる。

 ゴキゴキ、と音を立てて腕が、足が力任せに伸びる。ミチミチ、と音を立てて衣服を引き裂いて筋肉が発達する。引き裂けた衣服の代わりにその肢体に光の粒子が収束し、新たな衣装を構築する。

 ガラスが弾けるような音と共に、白いショーツ。それを覆い隠すピンクのフレアスカート。腿に食い込むオーバーニーブーツは純白で、踵に車輪を備えていた。

 ノースリーブでへそ出しルックのシャツが着こまれ、首元に華のようなフリルをつける。肘先までの手袋を嵌め、腰に無骨なベルトと共に無数の凶器を出現させる。

 少女は肩に大きな白いマントを羽織り、その黒髪を透明に近い白に変え、足元まで長く伸ばした。それを両側頭部生え際に大きすぎるリボンで結ってツインテールに。

 ミライがゆっくりと目を開いた時、変身は終了して、力強く床を踏んだ。

 あらわになる腹部には深く刻まれたシックスパックの腹筋。細腕は力を込めれば何かが締まる音を立てて二回り以上の筋肉を出現させる。

 その背丈は一・五倍ほど成長し、心なしか立板のような胸にもたわやかな膨らみがあった。

 エイドの腰ほどまでの背丈は、今では胸板ほどまで到達している。少女は強制的な成長を遂げ、その肉体強化という魔法を実感していた。

「な、なにこれェッ!?」

 部屋にある姿見鏡で己の姿を見て、ミライは大声を上げながら自分の身体をまさぐった。長く伸びた白い髪、膨らんだ胸、割れた腹筋、長い足。まるで別人だ。

 確かに衣装こそ魔法少女ルックだが、その素体となる人間がこうまで筋肉質になればただのコスプレだ、と思う。

「わけがわからないといった顔だな」

「最初からだよ! なにこれ!」

「嬉しいのはわかるが、少し落ち着いて貰わねば話が出来ん」

「喜んでないよ! なんでもっと女の子女の子してないの!?」

 涙目で訴える少女をよそに、エイドは鼻を鳴らし、両手を頭の後ろで組んで、やや足を前に出すポーズをした。

 瞬間、放たれた純粋な怒りによる拳撃がエイドの割れた腹筋を捉え、炸裂する。

 不意をつかれた妖精は勢い良く弾かれ、部屋の壁を突き破って外へと吹き飛んでいった。激しい轟音ともうもうと立つ煙の中、ミライは「うわーん」と泣きながら後を追って外へと飛び出した。


     ★     ☆     ★     ☆


 ミライはこれでも変身ヒロイン物のアニメが好きな女の子だ。中でもプリキュアが好きだった。

 変身するという理由で仮面ライダーも好きだった。そんなだから、笑顔でサムズアップをする仕草に理解を示す友人はいなかった。

 いつか変身してみたい。本気でそう思っていたが――まさかその念願が、こんな形で叶うとは。

 肩を落として、適当な民家の屋根に座り込む。

 隣でエイドも、膝を抱えて座っていた。

「さすがに本人の承諾を得るべきだったか」 

 彼は心中で呟くべき言葉を声にして言っていた。

「あたりまえだよ! もうクーリングオフしたいんだけど」

「不可能だ。私には与えた力を取り除く術はない」

「もう、無能!」

「貴様を殺せば力は還るが……参ったな、自殺ばかりは本望ではない」

 不穏な言葉が背筋を凍らせるが、ミライはそれでも引っかかる言葉を気にせずにはいられない。

「じ、ジサツって? なんで?」

「貴様が死ねば私も死ぬ。力を与えた時に、そうなるようにした。この世界に出現し始めるだろう魔法少女の全てに我らが付き従うが、誰もが魔法少女と運命を共にする」

「……え?」

「無限を生きる我らは、その死さえも遊びで終える。だが遊ぶ前に死ぬのは御免だ」

「わ、わたしたちの事は考えてないの?」

「死んでも湧くだろう。気にすることはない」

「わたし死んでもわかないんだけど!!」

「そうか」

 はあ、とエイドが嘆息する。大きく息を吐いて、立ち上がった。

「これも何かの縁だ。貴様を最後まで生き残らせる為に援助する――ん?」

 そう言って手を伸ばした瞬間、エイドは感知する。

 同胞の気配。それも近い位置に。

 いずれ戦わなければならない運命ならば、相手がまだ未熟な内に経験をつけさせておいたほうがいいだろう。

 エイドは考え、力任せにミライを立たせた。そのまま腰に手を回して、抱え上げる。

「え? なに? どこいくのっ?」

 悲鳴じみた問いに、エイドは答えない。

 それを行動で教えるようにエイドは力強く跳躍し――僅か一度で、そのまま気配の根源へと肉薄した。


 エイドが着地すると、その衝撃で地面に放射状の亀裂が走る。

 その爆裂音に――目の前の少女は、驚いた顔をして彼らを見ていた。

「え……」

 傍らには細身長身の女。豊満な胸を見せつけるようなチューブトップの衣装に、腿までスリットを入れるロングスカート。そして上に、濃紺のカーディガンを羽織っている。一件ただの人間のようにも見えるが、彼女も妖精なのだろう。

 そして少女は既に変身を済ませていた。ミライとは対照的な、黒を基調とするシックな衣装。黒のマントに、総身を覆う黒い装甲のようなスーツ。肩から背には裏地を赤く染める黒のマントを羽織り、その手には先端に稲妻をかたどったような宝石をつけるロッド。だがその長さは、少女の身の丈を容易く超えていた。

「み、ミーちゃん、なの?」

 少女が言った。

 それでやはり、とミライも思った。

「タカちゃん?」

 国東くにさきタカコ。彼女はクラスメイトだった。共に学び共に遊ぶ、幼稚園時代からの幼なじみでもある。

 少女の顔は困惑に歪み、だが恐らく避けられないだろう運命を悟り、涙を貯めていた。

 その遥か頭上を行き交う言葉が、場違いなまでによく響く。

「ほう、フェイか。世間は狭いな」

「エイド、ここは虚無あそこじゃないのよ? 当たり前じゃない」

 彼女は飽くまで余裕の表情で腕を組んだ。殺し合いをも厭わないという態度に、エイドは満足気に頷いた。

「でも、貴方が初めての相手で良かったわ」

「私に殺されるのが嬉しい、と?」

「面白いこというのね」

 彼女はにやり、と笑みを浮かべる。冷徹な、氷をも思わせる冷たい笑みだった。

「言い出しっぺを最初に殺す。面白い展開じゃない」

「なるほど、存外」

 ふん、と鼻を鳴らす。エイドはリラックスするように全身に力をみなぎらせた。

「貴様の頭は弱い」

「ほざきなさい」

 言いながら、両者は勢い良く後方へ飛び退いた。

 そこでミライはようやく気づく。ここがどこなのか……少女の奥に見える見慣れた建物、その学校を背景にしているのが、良く見えた。

 ここはミライが通う小学校のグラウンド。まだ時間が早いため誰も居ないが……。

「わ、わたし……」

 ――殺し合う。その言葉が脳裏をよぎる。頭から離れない。

 それと同時に、既にタカコが武器を構えているのが見えた。彼女の中に、不安がよぎる。殺されなければ殺される。戦わなければならない。

 こればかりは、回避出来ない。恐らく、妖精などというふざけた存在が、そういった洗脳を及ぼしていても。


「少女、腰のナックルを嵌めろ」

 長大なロッドが振り下ろされる。身を翻して寸でで頬を掠めるほどの距離で通過を見送った彼女は、言われるがままに腰に手を伸ばす。ベルトに備えられた、五指に収まるサックが対になっている。

 嵌めて、引き剥がす。すると両手に連なる、それぞれ十色となる宝石を埋め込んだ指輪が装備された。

「貴様の基本戦術だ。それは私が選択した『知識フレ結晶ーム』。それが貴様に戦う術を、生き残る術を教えてくれる」

 考えるより早く、右手親指の宝石を押し込んだ。かちり、と音と共に腰のベルトが変形する。腰部に備えられた兵装が、一瞬にして変わった。

 ロッドの先端が頬を掠める。それを腕で払いのけて、バックステップで距離をとった。

 武器を手に取る。それはさらに拳に嵌めるような、肘先までの手甲だった。

 エイドがガッツポーズをとる。それは嬉しいからではなく、単純にその筋肉を見せるためのポージングだからだった。

「こ、これでどう戦うの!?」

 逃げ回りながらミライが叫んだ。その間も、ロッドによる刺突の嵐が止まない。

「戦え」

「だからどうやって!」

「拳を振るえばいい。力はおよそ、貴様の想定を遥かに超える」

 刺突が脇腹を掠める。ロッドが退く。

 そのタイミングに合わせて振り返り、虚空を殴り飛ばした。

 轟、と音が響き――弾かれた空気はさながら砲弾の勢いで噴出し、瞬く間にタカコへと襲いかかる。それを馬鹿正直に受け止めた彼女は、空気の炸裂と共に吹き飛んだ。滑空の後地面に叩きつけられ、巻き上がった砂埃の中に姿を消す。

「な、なに……これ」

「武術も教養の無い貴様の為の装備だ。単純に莫大な力を備える。使い方次第で様々な戦術にも対応する。私はこれを『我王ノーキング』と名づけた。王は我のみ。故にこの場の王は貴様だ。場を支配しろ」

 そして、とその視線は学校屋上にまで退いたフェイに向いた。

「貴様はナンセンスだな。魔法少女を洗脳するなど、それではただの生き残り合戦だ。『遊び』を理解できていない」

 言葉が届いているかわからないが、女は彼から目を逸らしたような気がした。ふん、と鼻を鳴らして後ろ手を組み膝を曲げる。上腕三頭筋への意識が高まる。

「せ、洗脳?」

「ああ。国東タカコは洗脳されている。そうでなければ初見の同級生へアレほどまで勢いのいい攻撃は出来ないだろう。最も、貴様が国東タカコへ尋常でない恨みを買っていれば別の話だが」

「そ、そんなのないよ!」

「ならば洗脳されている」

「ど、どうすればいいの?」

「殺せ。最低限でも一時でも意識を失わせるしか無い。つまり攻撃あるのみだ。貴様の装備に、防御や回避はない」

「も、もう!」

「冗談で言っているわけではない」

 恐らく初めて見るだろう冷めた顔に、ミライは初めて本当の寒気を覚えた。

「救いたい、救われたいならば戦え。でなければ、掬われるぞ」

 ポーズさえも忘れて送られた冷たい激励に、ミライはただ頷くことしか出来なかった。

 そして故に、タカコの肉薄に気づけずに居た。

 ロッドが迸る。即座に胸の前で腕を交差させるが、構わず解き放たれたロッドは稲妻の速度でミライにぶち当たった。

 貫く衝撃。意識がとびそうになる。

 ――掬われるぞ。

 結局、殺さなければ殺されるという話。

 冗談じゃない。連中の手のひらで踊らされるのはいいが、その一つ一つの動作に文句をつけられる云われはない。

 力強く踏ん張る。大地が抉られて、その軌跡を刻む。

 すぐさま次の行動に移ろうとした時、タカコは頭上より遥かに高い位置へと跳躍していた。

「轟け、轟雷」

 ロッドの先端、その宝石が眩く輝く。そう認識した瞬間に、稲妻の奔流が解き放たれた。

 認識できたのは青白い閃光のみ。気づいた時には、全身の筋肉が硬直する衝撃と、激痛とがミライを焼きつくしていた。

 口から白い煙と黒く焦げた唾液を吐き出して、ミライは受け身もなく背中から倒れこむ。

 ふん、と鼻を鳴らして、エイドは両腕を上げて手首を外側へ向けた。

「軟弱が。だが、そこがいい」

 ガン、と拳が地面を打ち付ける。ただそれだけの衝撃で、蛇のようにうねる亀裂が刻まれた。

 ミライはうつ伏せになって、ゆっくりと立ち上がろうとしている。魔法少女のその衣装は建てではない。全ての現象から彼女を守るようになっている。

 ミライのソレは特に対衝撃性能を誇る。彼の言うまま、防御を不要としたコスチュームだ。

「エイド……わたし」

 少女はゆっくりと立ち上がる。マントは焦げ付き、スカートは引き裂けている。それでも構わない。

「あなたを、許さないから」

「それでいい。だが私を殺す前に、するべきことがあるだろう?」

「うん」

 言って、身を翻す。その軽やかな動きに、ダメージによる後遺症は見受けられない。

「タカちゃん、今助けてあげるから」


 ミライは大地を駆る。するとまるでその為に高められたかのように筋肉が動き、数秒はかかろう距離が一瞬にして消え去った。

 タカコの表情は変わらない。その代わりに、総身から電撃が迸った。

 構わず拳撃。堅牢な装甲に喰らいつく。だが触れた拳から、激しい電流がミライの身を苛んだ。

「効かない……もんね!」

 歯を噛み締めて拳を更に穿つように弾く。その反動で激しくふらついたが、その間にもタカコは吹き飛ばされて遥か彼方だ。

 自分に厳しく、追撃を選択する。

 ミライが駆ける。景色が怒涛となって流れ、タカコに追いついた。

 滑空を強制終了するように拳を落とす。腹部に打ち込まれた衝撃が、容赦なくタカコを地面に叩きつけた。

 大地が砕け、陥没する。少女の身がそのまま埋まりそうな穴の中で、ミライは大きく息を吸い込んだ。

「これで、最後ぉっ!」

 彼女なりに渾身を込めた一撃を、爆風のような呼気と共に放つ。硬質な装甲の腹部に、その鋼鉄の手甲を振り落とした。

 衝撃。穴が深まる。激しい風圧が上空にまで舞い上がり、衝撃が地表を撫でるように伝播する。学校のガラスが粉々に吹き飛ぶ音がけたたましく響き渡った。

 ――その一撃が、タカコの装甲に亀裂を刻んだ。それを致命とするように、そのヒビは徐々に広がってやがて自壊する。

 粉々に砕けた装甲の中で、ぴっちりとしたスーツに身を包んだタカコが意識を喪失して横たわっていた。


「私のほうが強かった、という話ではない」

「……わかってるわ」

「その思想を操ることで、少女の力は大幅削られた。国東タカコは逸材だよ、良く見つけたな」

「あなたのミライだって、いい娘じゃない。素直で友達思いで」

「それほどでもないさ。少女は弱い。だからこそ、鍛えがいがある」

「……そうね。じゃあね、エイド。短い間でも、楽しかったわ」

「これでお別れ……というわけでも、なさそうだが」

「え?」

 グラウンドの端で見守る二人の元へ、タカコを背負って走ってくるミライの姿があった。


「わたし、タカちゃんと一緒に戦う」

 うむ、と頷きながらエイドはポーズをとる。屈強な背筋を見せつけるポーズは、だがマントに遮られていた。

「……ありなの?」

 フェイが問う。エイドはただ二人の少女へ顎をしゃくった。タカコはまだ意識を取り戻していないが、恐らく目覚め、フェイの洗脳が消えれば同じことを言うような気がした。

「戦う張本人が言っているんだ。我らが口を挟むことはそれこそ無粋」

「……あなたの『遊び』が、良くわからないわ」

「わからなくていい。私は、私が楽しいと思っていることをしているだけだ」

「――それでいつか、あなたを斃すから」

「それでいい」

 エイドは大きく頷いた。

 互いの妖精が戦闘終了を意識すると共に、二人のシルエットが、再び元の姿を取り戻した。

 

 魔法少女の殺し合いはこれから始まる。全ては妖精たちの思惑を大きく外れる結果を導くために。

 そうしてミライは、与えられた全身の筋肉を駆使して走り続ける。

 いずれ全てが元に戻る……そう信じて。


「って、いやあ! ハダカ!」

 筋肉によって衣服を引き裂いてしまった少女は、その裸体を抱くようにしてその場にうずくまる。

 それを眺めながら、先はまだ長そうだ……エイドは漠然とそう思いながら、腕を上げて肘を曲げ、逆三角形を強調することにした。

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