勇者と魔王
「私が消滅しても次の魔王が現れ、そして次の勇者も現れる。必ずや貴様を苦しめるであろう……負けるなよ」
魔王の言い残した最後の言葉、私はその意味が分かっていなかった。次の魔王とは彼の意思を継ぐ者達のことだろう。
しかし――次の勇者とは誰のことだ? 私は勇者では無くなってしまうのだろうか。
「……なぜ魔王は負けるなと言ったのだろう」
魔王を倒した今、私は『世界を統一する王』そんな立場に立っていた。忙しさが増していく日々の中、魔王の言葉が頭を離れることはない。
「勇者、またそのことを考えていたのか」
「今は世界の安定を第一に考えるべきだよ?」
冒険を共にした戦士と魔法使いが言った。二人は魔王を倒してからも治世のために力を貸してくれていた。そしてもう一人――
「魔王が最後に言った言葉は、いつか理解できることでしょう。今はただ世界のために働きましょう」
――賢者はすでに魔王の言葉の意味を分かっているかの様に見えた。
しかし彼女は私に教えてはくれない。
教えてくれと頼んでも「本当の意味では納得できないでしょう」そう言われるのは目に見えていた。
しかし彼女の悟りきった目を見ると、不安を感じずにはいられなかった。
不安は行動に現る。
私は世界各国に軍事強化を命じたのだ。これで新たな魔王の出現にも備えることができ、新たな勇者の助けにもなるだろう。
どの国の王たちも、勇者であり世界の王である私に反発することは無かった。自国の強化はどう転んでも悪い方向には行かないことも理解していたのだと思う。
全ては順調に見えた。
――二百年後
「私は長く生き過ぎたのかも知れないな」
「ええ、お互いに」
返事をするのは二百年前と変わらぬ姿の賢者だ。
私と賢者は彼女の錬金術によって、寿命で死ぬことは無くなっていた。いわゆる不老不死のようなものだ。
「もう……私にはどうすることもできないな。私は世界を――壊してしまった」
「ええ、しかしそれは仕方の無いことです。永遠に平和を維持できた統治者など、歴史上にただ一人としていないのですから」
私が死を拒絶したから起きた結果か……
「私でなければ、もっと他の結果になっていたかも知れない!」
込み上げる悔しさに玉座を強く打つ。
「そうかも知れません」
薄く微笑みながら彼女は同意する。
「英雄のまま死んでいった戦士と魔法使いが羨ましいよ」
「ええ、人として死んでいった彼らは美しかった」
二人は不老不死を選ばなかった、そして私と賢者は選んでしまった。
「しかし、仕方が無かったのだ! 次の魔王が誕生したとき、勇者が誕生するとは限らない。私がいなくてはいけないと……そう思った」
「ええ、分かっています」
「しかし、私が死ななかったせいで国々は軍事力を強化し続け、私はそれを良しとした。これも魔王への対策だと」
「ええ……わかっています」
軍事力を持った国々はお互いに争いを始めた。手に入れた力を使わないでいられるほど、人間は優しくない。
終わることの無い戦争は世界を絶望に染め上げ、大衆の怒りは……私に向けられた。
そりゃそうだ、世界をこんな風にしたのは私なのだから。
世界を壊した私のことを人々は皆こう呼ぶ。
『魔王』
「ままならぬものだなぁ賢者よ、二百年前は勇者と呼ばれた私が、今では魔王だよ」
今となっては苦笑いしかできない。
魔王を倒すために強化した軍事力は、いまではもう私の手でも止められない。
「勇者、すみませんでした。私はこうなることが分かっていながら……あなたを不老不死にしました。軍事力の強化でも他の方法で世界を治めても、いつかは破綻する世界です。あなたは優しい人だから、そんなことを聞かせたら自らの死を選んでいたでしょう! ……私はあなたに光を失って欲しく無かった。光り輝くあなたを……愛していたから」
一筋の涙が彼女の頬を伝う。
「二百年生きて、初めて君が泣いているのを見たな、フレア」
「アレン、私を許してください。私はあなたを魔王にしてしまった」
「構わないさ、君と共に生きられたことが、私の光だ」
「アレン……」
私は連れ添ってくれたフレアを強く抱きしめ――殺した。
「これで本物の魔王になってしまったかな」
※※※
今、新たな勇者が私の前に立ち、剣を構えている。
「魔王、今日で貴様の命も終わりだ!」
私は魔王の言葉の意味が今初めて分かった。
魔王の言っていた『魔王』とは私のことだったのだ。
これで『負けるなよ』の意味も分かった。魔王が勇者を応援しては格好がつかないからな。
私も勇者のために言葉を残そう、勇者と魔王の復讐の連鎖を断ち切るために。
「魔王がいなくなる時、勇者もいなくなる」
勇者は意味が分からないといった表情をしていた。
意味が分からないままでいてくれることを望むよ、勇者様