第一話 私の望み
暗闇の中、水面に雫が落ちたような揺らぎを感じた。
誰か私を呼んでいる気がする。うつらうつらとしていた瞼に陽が射しこむ。
「田仲ミナ先生」若い男の声が聞こえた。その呼ばれ方はちょっと緊張する。
「田仲美奈」今度は呼び捨てにされた。誰が私を呼んでいるのだろう?すっごく眠いけど起きてあげるか。
目を開くと、目の前に見知らぬ青年が立っていた。私は驚いて後ずさる。
「突然呼び出してすみません。田仲ミナ先生ですね?」青年は声も見た目も中性的だが、力強い男性的な鋭さを感じる。見覚えのない部屋はパソコン机と椅子、ベッドだけの簡素な構成だ。
「そうですけど、ひゃっ!」私が状況を掴めずに狼狽えていると、黒い猫が私の足にすり寄ってきた。ベッドの上にも白い猫と茶色い猫がいる。
「僕の名前は鈴来悠夜です。田仲先生とは同郷ということもあり応援しています」私は小説でいくつか賞を取ったことがある。ファンによる誘拐を思いついたが拘束されている訳ではないし、そんな雰囲気ではなかった。
「田仲先生は御自身の状況を理解されていますか?ここへ来る前はどこにいましたか?」青年の言葉に胸の支えを感じた。
「私は、病院のベッドで…」思わず手を口元へやるが、呼吸器は無い。着ている服は高校の制服だ。
自分の両手をまじまじと見る。私の手だ。一瞬、枯れ枝のようにやせ細った手が頭によぎった。なぜか体が軽い。重さを感じない。自分の異常に悪寒を感じて体が震え、両手で自分を抱きしめた。
「何?これ?」青年は目を伏せて言葉を選んでいる。
「僕が田仲先生の訃報を知ったのは三年ほど前です。とても残念に思いました」私が死んだ?ここにいるのに?何を言っているの?
「今の先生は体はいわゆる霊体のような物だと思います」青年の真剣な眼差しにどきりとする。昨日の記憶が呼び起こされる。
病院のベットで横たわる私の手を握る母の温もり、無言で見下ろす父の眼差し、元気に振る舞っていた妹の声。
毎日、苦しくて痛かったけど、家族を悲しませたくなかった。死ぬ気なんてなかった。私は成人すらできずに人生を終えてしまったのか。
泣きたいけど涙が流れない。涙の代わりに暗い感情が溢れてくる。
「田仲先生…」そう呼ばれて私は鈴来を睨んだ。
「私は幽霊なんだね」私はベッドに近寄り、シーツを撫でてみた。私の手はシーツの皺を伸ばせずにすり抜けた。
「僕はイタコ、もしくは降霊術師と呼ばれる能力を持っています。人を呼び出せたのは今日が初めてです」鈴来はベッドの上で香箱座りしている猫たちを撫でた。
「なんで私を呼び出したの?」私の声にはやるせない怒りがこもっている。現実離れしたこの状況を理解したくなかった。
「遊びで呼び出した訳ではありません。僕はこの力を世のために役立てたい。そのために先生に協力していただけると助かります」青年は頭を下げた。
「私に何を求めているの?」鈴来は傷心の私に何をさせる気なのだろうか。
「心霊探偵を始めようと思っています。先生には助手をして頂きたい」死者の声が聞こえるなら探偵業に使えるかもしれないけれど。
「それって私に何かメリットはある訳?」私はお遊びに付き合う気分ではない。こんな気持ちになるなら起こさないでほしかった。
「仕事の報酬として、先生の願いを可能な限り叶えます」願い?私の願いは決まっている。
「生き返りたい。家族に会いたい」私は即座に答えると「承知しました。生き返る方法を探しましょう」鈴来も迷いなく即答した。
霊と話したり自分に憑依させる芸を持つ人は聞くけれど、死者を生き返らせるなんて聞いた事がない。
「できるの?生き返らせるなんて」鈴来の迷いのない返答に少し毒気が抜けた。
「こうして死者と話す事ができるのですから可能性はあると思います。まず僕の力を科学的に解明する必要がありますね」
鈴来は饒舌に科学的なアプローチについて話してくれたが、私には迂遠で不確実な希望的観測に聞こえた。
「手っ取り早く、他人の体を乗っ取るのはどうかな?」私はゆっくり鈴来に近づいた。
「なるほど、憑依ですね。降霊術には」私は鈴来に飛びかかり抱きついた。
骨張った感触が私の体に伝わり、冬の日差しのような微かな温もりが広がる。私の体は鈴来に入ることもすり抜ける事もなかった。
「触れるんだ…」不本意ながら男子に抱きついてしまった。慌てて離れたが、恥ずかしい気持ちで一杯だ。
恐る恐る鈴来の顔を見たが全く動揺していない。私の棘のある言葉に対してもそうだった。霊を呼べる逸材だから結構大物なのかもしれない。
「生き返るのは難しいですが、体を貸すことはできるかもしれません」そう言って今度は鈴来から私に抱きついてきた。
「えっ!ちょっと」肩を引き寄せられたかと思ったら、体が急に重くなり、反射的に足腰を踏ん張った。
視界がぼやけて息苦しい。耳鳴りがする。それとなんかポテチ臭い。
徐々に視界が鮮明になってくる。さっきまでと同じ部屋なのにとても殺伐として見えた。机の隅に埃が溜まっているし、椅子はクッションが破けてボロボロだ。
机の上のスマホを取ろうとして、自分の手の大きさにびっくりした。
「私の手じゃない」呟きが低く響く。鏡の代わりにスマホの黒い液晶を除くと、先ほど鈴来と名乗った青年の顔が映った。
「憑依できたみたい」自分の体をペタペタ触ってみる。一見華奢に見えたけど、どこを触っても硬くて厚みがある。椅子を掴むと軽々と持ち上がった。
「今ならりんごを握りつぶせるかも」父親が灯油缶を片手で運んでいたのを思い出した。「それは流石に無理ですよ」何処からか鈴来の声が聞こえた。
「えっ?何処にいるの?」あたりを見回したが誰も居ない。
「頭を揺らされると酔いそうです」頭上から声が聞こえるが何も見えない。
「感覚を共有しているみたいです。生き返りたいと言う願いと少し違いますが、このままご家族に会いに行きますか?」そう言われ私は一瞬躊躇した。
他人の体だし、私が死んでから三年も経過している。みんな元気にしているだろうか?それでも。
「会いに行く!今すぐ会いたい」ほんの少し怖いけれど、前に進み続ける事が私の信条だ。
「到着しました」運転席の鈴来はそう言ってシートベルトを外した。車で来たこの場所は私の家の近所にある喫茶店だ。
直接家へ行くのはある理由があって避けた。私の携帯の番号に電話をかけたら妹がでたので、喫茶店に妹を呼び出した。
妹の説得は誕生日に何をあげたとか家族しか知らない思い出話をしたらすんなり信用してくれた。
「行こう」私が決心すると鈴来は車を降りた。私も鈴来の後を追って喫茶店へ向かう。
「あの子ですか?」喫茶店の入り口に学生制服を着た少女が佇んでいた。
「そう、あれが妹の華奈」妹は身長こそ変わっていないが女らしく成長していた。
「始めまして鈴来悠夜です」鈴来は子供をあやすようにほんの少し微笑んで挨拶をした。
「はじっ、はじめまして、田仲華奈です」妹は相変わらずあがり症のようだ。妹の頭を撫でようとした私の手は虚しくすり抜けた。
「店は僕が奢るので好きなものを注文してください。お姉さんにかわりますね」鈴来がこちらを向いて頷いた。私も頷き返すと鈴来が近づいて来てはっとする。鈴来が私を抱きしめると視界がぼやけて重くなった。
鈴来の肉体を通して見た妹の姿は、とても大人びて映った。
「三年経ったんだね…」景色の変化には何の感慨も無かったのに、身内の変化には喜びや恐れを感じる。
「あっ、あのう?中に入りませんか?」私が妹を舐め回すように観察していると妹が顔を赤らめて言った。
「うん、入ろう!ここのパフェをずっと食べたかったんだ!」店に入り店員に案内されて席に着いた。
「カナもいつものスペシャルパフェでいい?あっ!値段が200円も上がってているじゃん。三年で何があったの!?」私は念願のパフェを目前にテンションを上げていたが妹はキョトンとしている。
「お姉ちゃんなの?」「うん、そうだよ」私は店員を呼んでパフェを注文した。
「えっと、私はコーヒーにします」「あれ?パフェ頼まないの?ダイエット?」三年の月日で妹の趣向が変わったのだろうか。
「晩ごはんを食べられなくなっちゃうから…」そういえばもう夕方だった。
「それにしてもカナがコーヒーを飲むようになるとはね」家では私と父がコーヒー派で、母と妹はお茶派だった。
「コーヒー派が増えて嬉しいよ」空いている時間帯のおかげかパフェとコーヒーはすぐにやってきた。
妹がコーヒーに砂糖とクリームを入れるのを見届けながら、私はパフェのイチゴをスプーンですくった。
「あっ…」妹が何かに驚いた様子だ。私は構わずに久々のパフェを食べ進める。
「うーん、美味しい!鈴来もどう?美味しいでしょ?」「味は感じますが、口に流し込まれているような違和感があります」
「美味しいのに…」私に体を動かされているから仕方ないか。
「お姉ちゃんと同じ食べ方…」妹は真剣な眼差しをこちらに向けていた。
「初めにイチゴを食べて、手前側の半分から食べる癖」
「本当に、お姉ちゃんなの?」妹は私の存在に半信半疑なのかもしれない。
「そうだよね。こんな不思議な事があるなんて初めて知ったよね」妹から見たらオカルトな男性が姉のふりをしているだけに見えるかもしれない。私は一呼吸置きながら考えた。
「その制服、私のお下がりでは無いみたいだね。携帯の番号は私のだけど機種は変えたんだね」妹はこちらを見つめながら相槌を打った。
「お父さんに女子校しか認めないとか言われた?高女は偏差値が高いから大変だったでしょ?」私の父は世間的に厳しいと言われるタイプの人だ。
「ううん、お父さんはどこでも良いって言ってくれたよ」三年の間に父は多少丸くなったのかな。
「でも、お姉ちゃんの通った高校に行きたかったの」妹の声が少しくぐもる。
「お母さんも喜ぶだろうし、お姉ちゃんみたいになりたかった」妹は鼻声になり、瞳から涙がこぼれた。私は立ち上がり、妹の隣へ座った。
「よしよし、よく頑張ったね」妹の肩を軽く抱いて頭を撫でる。
「私、お姉ちゃんみたいに頭が良くないから大変だったよ」妹には私のかわりに色々背負わせてしまった。
「私も勉強は大変だったよ。不甲斐ない姉でごめんね」私も涙腺が緩み始める。妹の前で泣いたことはあまり無いから少し戸惑う。一緒に泣いたら気が晴れるだろうか?
そう思っていたら私は鈴来の体から羽化するように抜け出てしまった。
「お姉ちゃん?」鈴来が妹に倒れ込む。
「申し訳ありません。酔ってしまいました…」鈴来は妹の膝を枕にして横たわった。
「人の妹を枕にするな!」私が鈴来の背中をバシバシと叩いていると妹と目があう。
「お姉ちゃん?」妹は霊体の私を見て言っている。
「えっ?見えているの?声も聞こえる?」妹は目を見開いて頷いた。
「ちょっと透けているけど見えるよ。お揃いの制服だね」妹がこちらに手を伸ばしたので私も手を差し伸ばす。私の手は何の感触もなくすり抜けた。
「触れはしないか…」でも何故、私が見えるようになったのだろう?
「お姉ちゃん、家に帰ろう。お母さんにも会ってよ」姿を見せられるのなら両親の説得は問題ないか。「そうだね。帰ろう」家に帰れるのは何ヶ月ぶりだろう?
「鈴来、起きられる?」私が呼びかけると、鈴来は怠そうに起き上がり向かいの席へ移動した。
「あれっ?お姉ちゃん?見えなくなった」妹があたりを見渡している。
「おーい。見えないの?」私は妹の前で手を振って見せるが妹の反応は無い。声も届いていないようだ。
「おそらく、私に触れるのが条件なのでしょう」鈴来はテーブルに頭を伏しながら右手をカナへ伸ばした。
妹は恐る恐る鈴来の手に触れた。
「見えるようになったよ」妹は安堵の表情を私に向けた。
「私の家だ…」自宅の前まで来た。家の周囲は以前と変わらない閑静な住宅街のままだった。妹が玄関を開けてくれたので続いて私も家に入る。
「ただいま」「ただいま」私と妹の声が重なった。
玄関も三年前と変わらないままだ。家族旅行の時に買ったお土産の小物達が並んでいる。
「お母さんを呼んでくるね」鈴来を玄関に待機させて、妹は母を呼びにリビングへ向った。
暫くすると妹に連れられて母さんがやってきた。母さんは少し痩せた気がする。
鈴来は自己紹介して右手を差し出したが、母は突然の来客に困惑気味だ。妹が母の手を掴み、その手を鈴来の手に押し当てた。
母は一瞬跳ねるように驚いて、視線を私に向けた。「ミナ…?」
「お母さん、ただいま」母は状況が掴めずに硬直してしまった。
「突然帰ってきて驚いたよね。晩ごはんを一緒に食べても良いかな?」母は晩ごはんの準備中だったらしくエプロンをしている。
「お母さん、お姉ちゃんだよ」妹が鈴来の能力を母に説明してくれた。
「ミナなのね?」「うん、私だよ」母の手がゆっくりと私の頬へ伸びて空を撫でた。
「死んじゃって、ごめんね」私がそう言うと母は涙を流した。私にはそれが別れで悲しいのか再会の嬉し泣きなのか分からなかった。
私の家族は、私の死を乗り越えて私のいない日常を過ごしている。
今更会いに来てよかったのだろうか。考えなしだったかもしれない。
母が泣き止むまで、私は触れることのできない母の手を握った。
「私の部屋だ!」気分を切り替えて鈴来と妹を引き連れて自分の部屋に入った。私の部屋は当時とほとんど変わらないままだった。一つ違うのは机の上に私の写真を飾っているくらいか。
写真は私が高校に入学したときに撮影したものだ。せっかくなら家族で写っている写真を飾ってほしいな。
私がクローゼットの前に立つと妹が察して開いてくれた。
「服や引き出しの物とかはそのままになっているよ」別に使って構わないのに、色々思うところがあるのだろう。
「体を貸しましょうか?」鈴来が気を回してくれたが、憑依は負荷が大きいと思う。
「ううん、食事の時間まで鈴来は休んで」鈴来にはリビングで休んでもらう事にした。
リビングで食事を待っていると、玄関からドアが開く音がして、大きな足音がこちらへ迫ってきた。
ついに来たかと私は思った。
我が家の掟の一つに、父不在時は家に男性を上げてはならないというのがある。
リビングの戸が開いて父が入ってきた。
「誰だね。君は」父が厳しい表情で鈴来に近づく。
「お邪魔しています」鈴来が立ち上がり挨拶をし終える前に、父の手が鈴来の襟を掴んだ。
「出ていけ!ん?!」父が怒鳴ると同時に私と父の目があう。
父は片手で鈴来を掴みつつ、空いた手でメガネの角度を何度も調整した。
「お父さんおかえり、それとただいま。お父さんは相変わらずだね」父は白髪が増えて眉間の皺が深くなった気がする。
「なんだこれは?」私が話しかけると父は周囲を見渡して挙動不審になった。悪戯かと思ったのだろうか。
「お父さん、お姉ちゃんだよ」台所で手伝いをしていたカナがやってきて事情を説明した。
父はしばらく無言で私を見つめてから鈴来を開放すると、台所へビールを取りに行った。
「鈴来、そろそろ体を貸してもらってもいいかな?」鈴来は頷くと私を抱き寄せた。
自分の家の床の感触、台所からの調理の音と匂い、とても懐かしく感じる。
テーブルで新聞を読みながらビールを飲む父の向かいに私は座った。
「お父さん?驚いたでしょ?」
「貴様に父と呼ばれる筋合いはない!」うちの父らしいセリフを聞いて爆笑しそうになる。
「ふふ、そう言えば小学生の頃に小山君にも同じ事を言ったよね」小山君は幼馴染の男の子で、今日の鈴来みたいな目に何度もあっている。
「小山君はお父さんとの約束を守って病院の面会には一度も来なかったね」病状が悪化してからはメールでのやり取りもあまりできなかった。
「小山には墓の場所を教えてやった。葬儀は身内だけで行ったからな」自分の葬式。あまり想像したくないな。「付き合ってもいないのに、断ち切ってもあげられず、かわいそうな事しちゃったな」小山の事だから毎年律儀に墓参りに行ってそうだ。
「東京の大学へ行ったそうだ。たまに帰って来て土産をもってくる。元気にやっているのだろう」今日の父はよくしゃべる。いつもの父は話しかけても相槌を返すか返さないか程度なのに。
コツンと空になったコップがテーブルに置かれた。私は缶ビールを手にとって父のコップに注いであげた。
「そうだ!三年経過しているんだよね!私も二十歳過ぎたのだからビールを飲んでいい?」
「…好きにしろ」父の許可を得て私は自分のグラスとビールを取りに行った。
「鈴来、お酒を飲んでもいいよね?」「ビール程度なら飲んでも問題ありませんが、飲むのは初めてですか?」
「うん、飲んだことが無い」鈴来はお酒の飲み方についてアドバイスをしてくれた。
「久々の帰宅に乾杯!」私は自分のグラスを父のグラスに軽く当てて、鈴来のアドバイス通りにビールを一気に喉へ流し込んでみた。
「ぷはー、結構美味しい。私もお父さんと同じコーヒー派だから味覚が近いのかもね」なんだか体がふわふわしてきた。これがアルコールの作用?
カナが料理と食器をテーブルに並べだしたが、酔った状態で手伝うと危ないかもしれない。
私がふわふわ感に浸っていると晩御飯の準備が終わり、母と妹が席に着いた。
今日の晩御飯は味噌漬けの豚肉と野菜たっぷりのお味噌汁、ナスのお漬物とヒジキのお惣菜だった。
「いただきます!」まずはお味噌汁を口にする。
「やっぱり実家の味はちがうね。甘すぎず、辛すぎずって感じで、なんか落ち着く」次に漬物と白米で口を整えて、メインのお肉を食べる。
「天国ではご飯は食べないの?」カナが質問をしてきた。
「うーん、天国ってなんだろうね。見たことが無いよ。ずっと眠っていたような感じだった」
私はヒジキの惣菜をご飯にふりかけながら答えた。
「その食べ方、本当にミナが乗り移っているのね」母が鼻声て呟いた。
「パフェを食べている時にカナにも言われたよ。私の食べ方は個性的なのか」指摘されると恥ずかしいな。
「私のことよりカナの事を聞きたいな、部活は何に入ったの?」カナの学校生活を色々聞きながら楽しく食事をした。
「風呂」父さんは食後すぐにお風呂に入るのが日課だ。
「まったく、ミナが居るとかしましくてかなわん」父さんはつぶやきながら風呂場へ向かった。
「お姉ちゃん、今日は泊まっていけるの?」そうだった、私の家だけど体は鈴来なのだった。
「鈴来、泊まっても良いよね?」「はい。大丈夫です。それにお酒を飲んでしまいましたから」「色々ありがとう」しばらく鈴来を休ませてあげる事にした。
「さてと」鈴来の体を借りて脱衣所にきた。姿見に映るのは今日知り合ったばかりの青年だ。
お酒の勢いもあり、自分の家のお風呂に入りたいと頼んでしまったが、いざ服を脱ごうとするとどうしたら良いかわからない。
上から脱げば良いよね?手際よくスピーディーに脱衣する。
人の体をジロジロ見ないほうが良いとは思うけれど、癖で姿見を覗いてしまう。
華奢で白い体だけど、程よく締まっていて節々がしっかりしている。
「筋肉すごい」前髪を後ろへ撫でた時に肘を上げたら、肩周りの筋肉が膨らんで顔ぐらいの大きさになった。
「球技をやっていたの?」「はい、スポーツは色々と経験があります」背中なら良いだろうと思って鏡に背を向けてみる。男子の身体は陰影が鋭くてかっこいい。
おしりは小さくて可愛かった。
「家のお風呂だー!」久しぶりに湯船に浸かった。体の芯が温まる感じが心地よい。
鈴来の体を洗って色々わかった事がある。
自分の体じゃないから皮膚の感覚が鈍いのかと思っていたけれど、これは性差なのかもしれない。
男性は皮膚が硬いのだと思う。敏感な箇所はちゃんと敏感だった。
見栄をはっていつもよりも入念に体を洗ってしまった。
鈴来には悪いけれど、お陰で良い勉強になった。
男子の体はシンプルかつ頑丈で良い。髪の手入れが適当でも周囲が気にすることは無いだろうし。
でも、男に生まれ変わりたいかと言われると女のままで良いかな。男子は何かと雑に扱われるからね。
鈴来が女子だったらもっと気を使ったと思う。
「満足しちゃったかも」私は自室のベッドに寝転がった。自分のベッドのふわふわ感で改めて家に帰ってきたと思った。ずっと帰ってきたかった。
「成仏しちゃいそう。約束は守れないかも。鈴来ごめん。それとありがとう」心地よい疲労感で瞼が重くなる。
「今日一日はとても有意義でした。自分の能力の実験台にしてしまい、こちらこそごめんなさい。ありがとう。おやすみなさい」
鈴来は良いやつだ。きっと良い相棒が見つかると思う。
「うん、おやすみ」私は鈴来に最後のあいさつをして目を閉じた。よく眠れそうだ。
深い呼吸音が聞こえる。
瞼の裏には無作為なイメージが流れる。
幼稚園で書いた母の似顔絵。
車を運転する父の横顔。
赤ん坊だった頃の妹を世話をする母。
祖父母の家のこたつと祖父母。
何度も告白してくれた幼馴染の男の子。
友人たちとの楽しい高校生活。
鈴来との今日一日。
これが走馬灯かな。初めて見た。
現世に未練が無いわけではないけれど、人生ってこんな物かなって、肉体がないから達観できるのかもしれない。
体が、心が、世界に溶けてゆく。
眠いけれど、何か聞こえる。
「お姉ちゃん、起きて。朝ごはんだよ」妹の声に促され私は瞼を開いた。
私の部屋だ。妹が眠っている鈴来の肩を揺すっている。
「私はこっちだよ」声をかけると妹はこちらへ振り返った。
「おはよう。お姉ちゃん」




